隆景隠居-その3-
官兵衛:「ところでフト思うことがあるのでありますが。」
「大きなカリスマとその後継者を失った後、
遺されたあとを継ぐ資格を有する身内が
カリスマの孫と
その孫よりも多くの権限を有する叔父2人。
と言う構図となった織田家と毛利家。
似たような状況にあったにも関わらず
毛利は現在も盤石の地位にあるのに対し、
織田はああなってしまいました。」
「この違いは何処にあるのでありましょうか?」
隆景:「1つはそのカリスマと称するものより
後継者として定められたモノが
毛利は存命であったのに対し、
織田には居なかったこと。」
「加えて何処かの誰かさんみたいな輩が叩き上げの番頭を焚きつけ、
天下を奪うよう策謀するような不届きモノが
毛利には居なかったことも関係しているのであろう。」
官兵衛:「……確かに(苦笑い)。
とは言え。たとえ焚きつけるような輩
(俺のことかな?)
がいたとしましても
上司にその意志が無ければ
そのようなことも起こりませんし、
織田家に関しましては
後日改めて清州にて後継者は選定され、
ほかの身内もカリスマの孫を後継者として認めたにもかかわらず
後継者の叔父2人は仲違いを始めてしまった。」
「それをまとめるために殿は仕方なく重い腰を挙げたのでありまして、
主家を乗っ取るために行ったわけではけっして御座いません。」
「事実。殿は豊臣と言う別の家を興し、
後継者である秀信様は今。
岐阜の地で織田家を継承されているのでありますから。」
隆景:「その割には主家と家来の採り分が歪なように感じるのではあるのだが。」
「……そうですね。」
「兄・元春共々毛利の当主となる意志が無かったこともありますし、
当面の敵となるような勢力も存在していなかったため、
輝元に時間的猶予があったこともあります。
逆にその時間的猶予を狙って太閤殿下は……。
なのではありましたが。
……強いて挙げるとするならば、
私と兄・元春。そして主君・輝元ないし輝元の父・隆元の三者を
父・元就は独りで全てをやらなくても済むよう。
正しくは三者揃わなければ成り立たなくなるよう。
それぞれの役割分担をハッキリ分けることにより、
仲違い即。滅亡とならぬよう策謀していたのかもしれませんね……。」
「その点は織田家の信雄様や信孝にも似たところはあったのかもしれませんが
家臣についてはその限りでは無かった。
現に太閤殿下は備中高松での講和を独断で行い、
主君・信長殿に対しては事後承諾と言う形で追認させようと試みるなど
各方面を担当された支社長クラスに与えられた権限は
とてつもなく大きなものであった。」
「これは他家でありましたら
身内ですら赦されないモノであり、
ましてやそれを中途採用組にまで適用させた信長殿の
度量の大きさを感じずにはおれませんね……。」
官兵衛:「ただその与えた権限の大きさが禍し。」
隆景:「そなたの上司に僥倖をもたらすことに相成った。と……。」
官兵衛:「(否定せず)隆景殿にその権限は。」
隆景:「無い。ただ今は太閤殿下直属の部下である故。
私個人でやらなければならないことが増えているのではあるが。
少なくとも毛利家に関することについては
主君・輝元の承認を得て初めて動くことが出来る仕組みになっておる。」
「で。我が殿・輝元と亡き兄・元春。そして私の役割分担についてであるが
これは太閤殿下に対する時が分かりやすいことと思われる。」
「まず兄・元春が強面で持って殿下に迫ろうとしたところを。」
官兵衛:「隆景殿が間に入り、とりなしたところで。」
隆景:「主君・輝元が国民的浪曲歌手のモノマネをしながら登場し、」
官兵衛:「輝元様を柱に括りつけて折檻する。」
隆景:「往年の『さあ行きましょう3人組で』のような
別々で活動するよりも
3人が集まった時のほうが
何かと成果を挙げることが出来る。
と言った実利が伴っていたから
考えかたは異なれど、決定的な仲違いをすること無く、
ここまで来ることが出来たのではないのかな?
そうで無かったら
たとえ父・元就の遺命があったとしても
今を生きることのほうが重要でありますので。
織田家のようになっていた可能性も
充分に考えることが出来ます。」
「官兵衛も豊臣が傾いた時、心の何処かに留めておくと良いと思います。」