太閤秀吉の命数-その2-
官兵衛:「拾(秀頼)様が名実共に元服の時を迎える前に殿の身にもしものことが起こった場合。
すんなりと拾様が天下を掌握されることになるのであろうか?」
隆景:「そのことについて殿下が最も警戒されているのが、そなたなのではないのかな?」
官兵衛:「いえいえ。私が天下を握ろうなどと言う野心はそもそも抱いておりませぬし、
仮に殿が亡くなられたことを好機と見。立ち上がったところで
私のもとに馳せ参じるものなど誰独りとしておりません。」
隆景:「別にそなたが大将になる必要はござらん。
軽い神輿となるものなら幾らでも御座ろう。」
官兵衛:「例えば?」
隆景:「野心があるのか?」
官兵衛:「そう言うことではありません。
近い将来訪れるであろう拾様の危機に備えてであります。」
隆景:「例えば。
であるが
今。主人である太閤秀吉が亡くなったとしよう。
遺された後継者である拾様はわずか3歳であるため
自らの意志で動くことは勿論出来ない。
ここで
『これはチャンス。』
と考える人物が登場する。
その名は黒田官兵衛。」
官兵衛:「私を例えに使うのでありますか(苦笑い)。」
隆景:「この黒田官兵衛。
亡くなった主人。太閤秀吉が天下を掌握するまでの過程において
多大なる貢献を果たすも。
あまりの切れ者ぶりを太閤殿下に警戒され、
都から見れば僻地とも呼べる九州に飛ばされてしまった。
不満に思う官兵衛であったが
殿下の周りには数多の忠臣が存在するため
幾ら軍略に長けた官兵衛と言えども
殿下に刃を向けることは出来ず。
悶々とした日々を送ることになった。」
官兵衛:「けっしてそのようなことは思っておりませぬ。」
隆景:「そんなある日。突如、殿下がお亡くなりになった。
遺された後継者たる拾様は、わずか3歳。
とは言え殿下の正当なる後継者である拾様でありますから
殿下恩顧の諸将が盛り立てる運びとなる。
と普通は思うのでありますが。」
官兵衛:「ありますが?」
隆景:「先年発生しました関白秀次粛清の折、
殿下から言われ無き疑いを掛けられ
一時失脚の憂き目にあったモノ。
秀次と連座する形で身内を失ったモノからしますと」
官兵衛:「その原因を作った拾様に対し、
素直に頭を下げる気にはなれない。」
隆景:「しかも拾様自らの意志で政務を執ることは出来ない年齢である。」
官兵衛:「そこで天下の野心を抱く官兵衛が採る選択肢は」
隆景:「次の3つ。」
官兵衛:「1つは単独で挙兵することにより、賛同者を集めること。」
隆景:「しかし人望の無い官兵衛のもとに集まるモノは誰独りとして現れず、
憐れ賊軍となった官兵衛は敢え無い最期を遂げることになるのでありました。」
官兵衛:「愚の骨頂ですね(苦笑い)。」
隆景:「2つ目は。」
官兵衛:「まだ自らの意志では政務に携わることの出来ない拾様を通し、
官兵衛の思い通りの政治を行う。」
隆景:「ただ現状。官兵衛は、政治の実権を握る大老でも無ければ、
実務を担う奉行職にも無いため
我が物顔で西の丸に詰めることは出来ない上、
殿下が生前。官兵衛を警戒していたことを
殿下恩顧の諸将も知っているため、
誰も拾様の声=官兵衛の命令を聴くモノは現れない。
結果。拾様の求心力は更に小さなものとなり、
再び天下が乱れる要因の1つとなる。」
官兵衛:「挙兵するなら、そのタイミングになるのでありましょうが
また地方予選からの戦いになってしまいますね。」
隆景:「そこで浮かび上がる選択肢の3つ目となるのが。」
官兵衛:「自らの実績ではありませんが。
大きな所領と武力を併せ持つも
人望も無ければ能力も無いため、
気に入らない家臣は粛清で持って対応することでしか
掌握することもままならない。
虚栄心に満ちた大名を担ぎ上げ、頃合いを見計らって放逐する。」
隆景:「かつての織田信雄様のような武将を大将とする。」
官兵衛:「今、私。官兵衛のリストの中で最も上の位置にいるのが。」
隆景:「我が甥である毛利輝元。」
官兵衛:「良いんですか。担ぎ上げても?(苦笑い)」
隆景:「私の目の黒い内はそのようなことは許さぬが。
私もいづれ寿命が尽きることになる。
そのあと。あの苦労知らずがどうなってしまうのかが心配でならぬ。」
官兵衛:「秀元殿にすんなりと。
とはならぬ事情が毛利にも発生してしまいましたな。」
隆景:「輝元に子が誕生したことは
勿論喜ばしいことなのではあるが。」
官兵衛:「出来ることなら早いうちに輝元殿には隠居して欲しかったのが。」
隆景:「偽らざる本音ではある。」
官兵衛:「これも全て殿・秀吉が長生き出来れば
笑い話で終わることなのではありますが。」
隆景:「左様。」
(以下続く)