秀秋は何処へ?
隆景:「ところで官兵衛殿。」
官兵衛:「何でしょうか?」
隆景:「秀次様の話をしていてフト思ったことなのであるが
金吾殿(のちの秀秋)は如何されている?」
「確か彼はこれまで太閤殿下。関白秀次様に次ぐ
序列3位として活動されて来たように思うのであるが
拾(秀頼)様誕生に伴い、
自動的に序列順位を落としただけでは無く彼は
太閤殿下の子でも無ければ
秀次様の子でも無い不安定な立場に居るように思うのであるが。」
官兵衛:「金吾様でありますか。彼はこれまで
金吾:『我は未来の関白であるぞ。
と言うことは
わかっておるよな。
そうじゃ。
馬になれ。
馬となってわらわと戯れるのじゃ!!』
と諸将の主立った元服前の美童を見つけては
追いかけ回す日々を過ごして来たのでありましたが
拾様がお生まれになられてから。
と言うモノ。
これまで未来の投資とばかりに送り込まれていた
諸将の美童集団は彼のモトを去り。
まだ齢12と幼いのではありますが
幼いなりに
自らの身辺の変化を察してなのかわかりませぬが
寂しさ紛らしなのか。酒に溺れる日々を過ごしているようであります。」
隆景:「この年齢で世の移ろいの儚さを肌で感じ取られているのであるか。」
官兵衛:「このままでは。
と殿も心配されております。
ところで隆景殿。」
隆景:「何でしょうか?」
官兵衛:「隆景殿の主君。毛利輝元様にはまだ。」
隆景:「不惑を迎えるのであるが、まだ世継ぎはおらぬ。」
官兵衛:「このまま世継ぎが定まらぬまま輝元様に
もしもの自体が発生してしまいますと……。」
隆景:「それは私も心配しておるところではある。」
官兵衛:「となれば話は早い。
殿・秀吉は
嫡男拾様生誕に伴い豊臣家での居場所を失った金吾様が今後。苦労されぬよう
現在。その引き受け手となるところを探しておりまして。
新たに家を興す。
と言う選択肢も存在しているのでありますが
そうなりますと何処かの大名家の土地を削らなければならなくなります。
それでは金吾様はエコ贔屓の誹りを受けることになってしまいますし、
削られた大名家から豊臣家は恨みを買うことにもなります。
それは避けたいと考えておられる所存。
出来ることであれば既存の諸大名の配置を弄ること無く、
金吾様の身が立つように出来ないものか?
と探していましたところ。
中国地方の雄。毛利輝元様には未だ世継ぎが居ないと聞きます。
このままでは毛利家の内紛の火種ともなり兼ねない。
毛利家は豊臣家にとって大事なパートナー。
毛利家の動揺は豊臣家の動揺に繋がることにもなる。
それは避けねばなりません。」
「そこで殿・秀吉は、
雄藩毛利家の後継者と
豊臣家から溢れる立場となった金吾様の新たな居場所の確保
と言う2つの難問を一挙に解決。
なおかつ毛利・豊臣両家の絆を更に強める妙案を思いつきまして。」
「隆景様。
金吾様を輝元様の養子とされるのは如何でありましょうか?
これは我が主君・秀吉。達ての願いであります。」
隆景:「(目的はそれであったのか……)
官兵衛殿。しばし待て。
貴殿はいつもそうである。
頭が良過ぎる。
頭が良過ぎるが故。
結論を急ぎ過ぎるきらいがある。
後悔することも多いであろう。
幸い私は頭が弱ぅござる。
それ故。ことを為す際。
悔いが残らぬようじっくり考えるようにしておる。
しばし待たれよ。
考える時間を与えてくだされ。」
官兵衛:「それは隆景殿は主君と血の繋がる。
しかも今は、その主君よりも強い立場にあるため
出来る芸当でありまして、
翻って私は使われている身。
結論を急がざるを得ぬ事情があることはわかってくだされ。」
隆景:「殿下の狙いは厄介払いだけでは無いようであるな。」
官兵衛:「……と言いますと。」
隆景:「丹羽殿の相続の件を御存知であろう。」
官兵衛:「長秀様時代120万石を超えていた所領が
長重様相続と共に徐々に削り取られ
今やその石高は10分の1。」
隆景:「特に理由も無く。難癖を付けて……。」
「今、我が毛利家の所領も長秀殿時代と同じ120万石。」
官兵衛:「そこにまだ元服もしていない金吾様が送り込まれることになる。」
隆景:「我が殿・輝元はまだ40を迎えたばかり。」
官兵衛:「隠居するにはまだ早い年齢であるところに。」
隆景:「他家から。それも太閤殿下の息の掛かったモノが入って来る。」
官兵衛:「隆景殿が小早川に入った頃も揉めたそうでありましたね。」
隆景:「殿・輝元は女が嫌いなわけではない由。
しかも昔から目を付けていたモノを側室に迎え入れているため
まだまだ実子を諦めては居ない御様子。」
官兵衛:「輝元様よりお歳を召された我が殿・秀吉ですら世継ぎが誕生したことを思いますと」
隆景:「豊臣家で起こり得る危険性のある後継者争いの火種が。」
官兵衛:「毛利家に飛び火することも考えられる。」
隆景:「それこそ応仁の乱の二の舞ともなり兼ねない。
かと言って太閤殿下の要請を無視するわけにも参らぬからな……。」
(しばし沈黙し、)
隆景:「そうじゃ。官兵衛殿。」
官兵衛:「何でしょうか?」
隆景:「毛利家には既に主君。輝元の従弟が後継者となることが決まっており、
その報せを上坂した折、殿下に承認して頂きたいと準備しておりました故。
金吾様を毛利家に迎え入れることは御勘弁願いたい。
その代わり。金吾様は我が小早川家がお迎えします。
と言うのは如何であろうか?」
官兵衛:「小早川家には既に隆景殿の弟君。秀包様を養子に迎えているではありませぬか?」
隆景:「秀包は我が弟。元々毛利の人間であるため
毛利家中で別家を設けても問題とはならぬし、
事情が事情故。
文句を言うモノもおらぬであろう。
加えて秀包は太閤殿下から贔屓されている立場。
そのまま毛利の中に埋没させるようなことはせず、
金吾様とは別の小早川家が創設されるよう配慮されることにもなろう。
ワシも還暦を過ぎた。
さすがに実子を設けることは諦めておる。
金吾様も安心して養子に入ることが出来ると言うモノである。
たぶん私亡きあと。小早川領は削り取られることになるとは思われるが
小早川の元々の所領を思えば大き過ぎる上、
金吾様の今の石高は10万石と聞く。
削り取られたぐらいが管理するには丁度良いのではないかな?」
官兵衛:「確かに今の金吾様の年齢で
対明最前線の筑前の所領を殿が任されるとは思えぬ。」
隆景:「それが筑前と畿内を結ぶ中国地方の大半ともなれば
尚更のことであろう。
官兵衛殿。太閤殿下との面倒臭いやりとりはそなたに任す。」
官兵衛:「了解しました。」
「ところで隆景殿。」
隆景:「なんであるか?」
官兵衛:「金吾様が小早川家となった場合の私案の1つに
秀次様を毛利家へ。
と言うのもあるのでありますが?」
隆景:「それなら金吾様を毛利家に送り込んだ方が
まだマシであるな。」
官兵衛:「日本の5分の4が与えられることになりますけれども。」
隆景:「畿内からの火種は将軍義昭の時で懲りておる故。ご勘弁を。」
官兵衛:「ですよね。」
隆景:「金吾様以上に秀次様が苦しまれていることは承知しておるが。
さすがに彼を引き受けるにはリスクが大き過ぎる。
下手に動かぬが上策。
枕元で殿下を動かしているモノがいる以上。」
その後、太閤秀吉と対面した両者は
金吾(秀秋)を送り込むことにより
毛利家中分断を目論み、
小早川への養子縁組を渋る秀吉を説き伏せることに成功。
秀秋は豊臣家を出。小早川家を継ぐ立場になるのでありました。
金吾:「我は未来の五大老であるぞ。
五大老は関白家を動かす立場となるモノであるぞ。
……と言うことは
わかっておるよな。
さあ馬になれ。
馬となってわらわと戯れるがよい。」
少し元気を取り戻した御様子。
そんな彼に待っていたモノ。それは……。