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03・元服

会話の節回しが難しく、文章が安定しません。

 小鹿範満を使者に関東へと下向させる。目的は範満の岳父・上杉政憲に龍王丸の烏帽子親になってもらうために。


 烏帽子親とは、現代の我々が想像する以上に、当事者に影響を与える存在で。主君の倅が元服する際は、有力家臣を充てるのが常識であった。これによって取り込みを図り、家の繁栄を願うのである。この名残を現代に当てはめると、お見合いの仲人になるだろうか。夫婦関係で揉めた場合の仲裁や相談などを請け負う事もあるが、烏帽子親も後々まで相談役を務める事が多い。


 小鹿範満にしても、自分の岳父が龍王丸の烏帽子親になるメリットは計り知れない。御曹司より上位者になれる機会をおさおさ逃すはずもなかった。片道半月と考えれば、その程度の働きで今後有利に運ぶならと考えるのも自然の成り行きで。見送る龍王丸たちを背にして、一路、騎乗の人となった。


 入れ替わるようにして、父・義忠の遺骸が駿河へと帰ってきた。その亡骸を前にして、龍王丸は叔父・盛時と母・北川殿を前に決意を露わにしている。


「……では、盛時の叔父御。私の元服一切の儀、お任せしました」

「!? 範満殿を待たぬのか!」

「ええ、待つ必要もないでしょう。元服後、直ぐに領内に触れを出します。父上の弔い合戦をするために」

「い、いや、しかし……弔いも何も横田、勝間田の両氏は果てておると聞いたが」


 盛時にしても範満と並立出来るとは微塵も考えていない。いないが、当座は範満が当主代行を務め、龍王丸成人後に家督禅譲が穏健ではないかと考えていた。これは何も彼だけの考えではなく、関口、瀬名などの有力親族も同意である。


「父上の死は、斯波義廉が裏で糸を引いています。遠江の国人はその意に沿った駒に過ぎません」

「そのような話しをどこから聞かれたのか、龍王丸、母は初めて聞きましたぞ」

「でしょうね、今、私がでっち上げた話しですから」

「でっち上げ……」


 ケロリと吐露する息子に母親も呆気に取られる。何が悪いと嘯くような態度の息子に、母親は眩暈がしてきた。


「弔い合戦に託けて、遠江の国人を片付ける所存ですが、何か問題でも?」

「堀越氏、原氏、狩野氏、どれも一筋縄ではいかぬが」

「山間部の奥山、天野両氏は様子見でしょう。叔父御の仰る氏族を討滅出来れば遠江は今川の物に」

「言葉にすれば容易いが……」


 三河寄りの浜名氏や大河内氏も、この際無視するとしても、先に挙げた三氏だけでも勢力的にはバカにならない。堀越氏は元を辿れば、遠江今川氏の後裔に当たる。交渉次第で味方に引き込むのも無茶ではないが……。


「最大勢力の原氏と遠江府中を領する狩野氏を下さなければ、彼の地は落ちませぬ。一戦で滅ぼした上で、返す刀で……小鹿範満にも……父上の後を追ってもらいましょう」

「ぬぅ……っ!?」


 盛時にしても躊躇いを一切見せない龍王丸の言に背筋に冷たいものが走る。応仁の乱にしても死屍累々ではなかった。この時代の戦は様式美の片鱗を幾分か残しており、一戦した結果、相手を悉く討ち果たすのは例外と言える。遠江の国人はともかく、範満は正真正銘、今川一門であった。


「あの御仁が、私が成人後に家督を大人しく譲ると思いますか? 賭けてもいいです、絶対に譲り渡さずに居座るでしょうね」

「…………」


 そう言われると盛時にしても、それを否定するだけの根拠が無い。誓詞の文書を取り交わしたところで、実行力が伴わなければ絵に描いた餅になる。京の都で将軍家や公家が、所領を強奪され実権を失い困窮する様を見てきた盛時には、龍王丸の言い分が痛いほど理解出来る。それに見切りを付け、姉・北川殿を頼り、今は甥から頼られていた。


(龍王丸殿は内気な質と思っておったが、父御の死で一皮剥けたやもしれぬ。どのみちワシも足場を固めねば、姉の七光り頼りの客将で終わってしまう……)


 将軍家直参の肩書きも、日を追う毎に目減りしていく昨今の状況では、早晩手詰まりになってしまう。居候から脱却するには、ここで次期当主に恩を売るのも悪くない。名門なだけにしがらみも多かろうが、無能な室町殿より何倍も将来性がある。ここまで考え、どうせなら大きく賭けてみようと盛時は腹を括った。


 二日後、小鹿範満が駿東の地を抜けた事を確認して、領内に一斉の触れを出した。先代討ち死にの報は、誰も彼も知っているだけに、欠席するわけにはいかない。親族、譜代は無論、国人衆も着到順を競うようにして守護屋形に集まった。


 この着到順が重要で。戦の触れを出したとする、その場合、各勢力は一族郎党を引き連れ、軍奉行に員数を報告する義務があった。員数が多く、早く着陣した方が評価が高いのは当たり前だが。率いる将の質も問われる。惣領自ら率いるのと、代将が率いるのでは、陣営での席次にも影響が出た。


 先代死去、その上で集合の触れが出た。もし、無視でもしたら自領の相続やらを認められない可能性が出てくる。家に依って異なるため一概には言えないのだが、当主が交代する場合などでは、各々の所領を改めて新惣領に認めてもらう儀式のようなものが存在する。欠席裁判ではないが、重要な節目に席を外す愚は、皆も避けたい。


「今日これより、龍王丸改め、今川氏親と称する。足利氏の通字に習い、氏の字を拝借した」

「「「おめでとうございます」」」


 伊勢盛時が恭しく烏帽子を、龍王丸改め氏親の頭に被せる。それに併せて、関口、瀬名などの親族衆が祝いの言葉を被せてきた。


 どちらかといえば範満寄りであった、家臣の三浦氏、朝比奈氏などは血の気を失っていた。しかし、この場でケチを付ける理由も権利も無い彼らは呆然と見守るしかない。


「父・義忠が無念の死を迎えたのは、皆も知っての通りである。その父の葬儀を元服もしてない者が見送るなど末代まで親不幸故、このような慌ただしい仕儀と相成った。皆には私から礼と謝罪を申す」


 上座にて一同に平伏する御曹司。そこまでされて胸を反り返らせる者は誰もいなかった。それでも、範満派の人間としては確認しなければならない事がいくつかあり、このままで終わらせるわけにはいかない。


「お待ち下され、範満様が関東に下向しております。それも、龍王丸様……もとい、氏親様の意向が働いておるとか。彼の御仁を無視して、葬儀を取り仕切るのは、あまりにも横暴ではござらぬか」

「朝比奈兵部か……。誰が葬儀をすると言った?」

「えっ!?」

「無論、葬儀はする。約定通り範満殿がお戻りになられたらな」

「いや、しかし……あれ!? 範満様の外祖父・政憲様を烏帽子親にすると聞き及んでおりましたが」

「情勢の変化による変更だ、気にするな」

「気にするなと言われましても……」


 元服したばかりの御曹司に好き放題され、盛時と北川殿は顔を俯かせて笑いを堪えている。


「元服せねば外聞が悪い事が他にもあると思うが?」

「……外聞が悪い」


 元服とは内外に大人としての権利と義務を広言する事になる。仮に戦などで負け、所領を奪われ、敵将の前に引き摺り出された。そのような場合、元服前なら助命されるかもしれないが、元服後なら打ち首でもおかしくないし非難もされない。謂わば覚悟を決めたと宣言するようなものだ。そこから導き出される答えは一つしかない。


「まさか、御曹司は……」

「一同に申し渡す! 此度、父が亡くなったのは、運不運、時の流れ、優勝劣敗は兵戈の常と心得ておる。故に横地、勝間田に対し怨み辛みは……まったく無いとは言わぬが、過半を占めるほどでもない。本来、遠江守護は今川も襲名してきたが、室町の意向か斯波氏がしゃしゃり出てきおった。その余勢を駆って、今川に弓引いた事を彼らに思い返してやりたい」

「で、では、弔い合戦をなさるおつもりですか?」

「端的に言えばそうなる。ただし、敵は横地、勝間田の両所ではない。遠江に存する国人すべてと心得よ。この弔い合戦に参戦する、しないは諸将の判断に任せるが……。この氏親の代にて、相応の地位と発言を保持したいのであれば、叶う限りの働きを見せて欲しい」

「「「…………」」」


 元服したばかりの小僧が見せた裂帛の気合いに諸将言葉を無くす。普通なら母親の隣でさめざめと泣いていてもおかしくない少年が、居並ぶ大人を相手に恫喝紛いの要請をしたのだから。駿河守護屋形から、各々の所領に急ぎ戻り、兵を取り纏め始めたのは言うまでもなかった。


今川は品川

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