#08 地獄への階段その肆
ここは工業地帯最大の工場「ソウル」、新人たちは同志の手引きでここに侵入していた。
そしてそこで見たものは・・・
「なんだこれ・・・、スライムマンがどんどん出てくる・・・」
そこは明らかにスライムマンの製造工場であった。
呆気に取られる新人たち。
「待っていたよ、新人。いや別の世界の俺」
そういって、1人の老人が工場の中に入ってきた。
「お、おまえは、ドクター・ニート!」
ゲンが叫んだ。
「えっ?ゲンさん、どういうことですか?」
「新人、お前は知らないだろうが、このひとは先の大戦の英雄だ。この人の働きで勝つことができたんだ」
「英雄なんてういなよ。俺の研究がたまたま役立っただけだよ。なあ、ゲンイチロウ、もう1人の俺と話をさせてもらえないか?」
「えっ?なぜ俺の本名を知っているんですか?」
「俺のいた世界にもいたんだよ。ゲンイチロウ、君が」
ドクター・ニートは新人に手招きをした。工場の奥に詰め所がある。そこに新人たちを招いたのだ。工場は変わらず稼動している。しかし、ドクター・ニート以外の人はひとりも見当たらない。
◇
「さてどこから話せばいいのかな?新人、君はこの世界をどれだけ知っている?」
そう訊ねられ全く答えられない新人。考えてみれば自分がどうやって存在していたのかもわからないのだ。親兄弟の記憶すらない。かろうじて思い出したのは、就職活動がうまくいかず自殺したこと。それがうまくいったかどうかもわからない。
「ゲンイチロウ、君はどれだけ知っている?」
ドクター・ニートはゲンに話を振った。
「新人が自殺未遂を図ったあと、東京オリンピックがありました。活況のうちに終わりましたが、ひとつの大きな闇を抱えたままの終了でした。それは・・・」
「福島だろ」
答えるドクター・ニート。
「はい、世界各国にその廃炉に向けての工程が順調であることを喧伝したにもかかわらず、その実は・・・」
「何も進展していなかった」
「そうです。しかし、政府はそれをひたすら隠しました。その後、国際経済は悪化、くすぶっていた地域紛争をきっかけに戦争が始まりました。戦争はミサイルで始まりミサイルで終わりました。結果として日本はここ満州を獲りましたが、代償として東日本を失いました。」
「そうだ、この世界はそうなったようだな。俺のいた世界では戦争は起きなかったがな。ではなぜ俺が英雄と呼ばれているか知ってるか?」
「詳しいことは知りませんが、敵ミサイルを発射させない研究を成功させたと聞いております」
「具体的にどうやって発射させないようにしたと思う?」
ゲンは答えられなかった。
「まあ、答えられなくて当然だな。これを説明するには少し遠回りしなくてはならん」
ドクター・ニートは、自分の出自を語りだした。
◇
「もうわかってると思うが俺もワンダラーだ。そして俺も内弁慶 新人だ」
新人たちに衝撃が走る。
「俺は自殺未遂をした。気がついたときは病院のベッドの上だ。落ちたときなにかゼリー状のものに突っ込んだ気がしたがそれ以上のことは憶えていない。かすり傷程度だったのですぐ退院となった。そのあとすぐある人物と再会したのだ。それが大友、受けた大手企業の面接会場で隣に座っていた男だ。やつは俺が落ちたことを知っており、自分の仕事に協力してくれるなら、裏口入社の手引きをしてやると持ちかけてきた。やつは親類縁者にコネを持っており、そのくらいならできるやつだった。俺はその話に飛びついた。そして連れて行かれたところが・・・」
「福島だったんですね」
ゲンが答えた。
「そうだ、オリンピック前だったからな。廃炉の工程、汚染水の処理が順調であることを世界にアピールするためにみんな必死だった。俺が回された場所は研究所だった。そこの事務員として働き出したのだ。だが、うまい話には裏がある。これもそうだった。」
新人たちはドクター・ニートの話を食い入るように聞いた。
「研究所は純粋に廃炉の為の研究をする部門とそれをサポートする部門がある。後者は完全に裏方だ。想像がつくと思うがそこは完全に情報統制された場所だ。廃炉のために非合法なこと非人道的なことも行われていたが、一切が黙殺されていた。俺はその裏の汚れ仕事を任されていたんだ。はじめは騙されたと思った。いや、実際騙されたんだ。だが、これがおれの転機になった。ある人物とそこで会ったんだ。それがゲンイチロウ、お前だ」
「俺が福島に・・・」
「そうだ、ゲンイチロウ、お前は研究者だった。俺はお前と気が合い、いつも間にか君の研究を手伝うようになっていた。その過程で俺も付き合わされるかたちで研究を始めたんだ。はじめは分からない事だらけだったが、君が助けてくれた。そしてそれから十数年、俺と君は一緒に研究をしたんだ」
「一体なんの研究をしたんですか?」
「AI,人工知能だよ。研究所では2つの研究をしていた。1つは放射線をどうやって封じ込めるか、もうひとつはそれをどう管理するかだ。半減期が長い放射線をずっと人間が管理し続けるのは不可能だ。そこでAIに任せてしまおう考えたんだ。俺と君はAIの研究をしていた。そしてその研究が実を結ぼうとしたとき、研究所が何者かに襲われたんだ。俺とゲンイチロウは撃たれた。それでもどこかに逃げようと研究所内を彷徨ったのは憶えている。しかしそこまでなんだ。気がつくと俺は手足を縛られどこか知らない部屋に転がっていた。撃たれた傷はない。そして目の前にいたのが、この世界の大友だった。」
緊張する新人たち。ドクター・ニートは話を進めた。
「俺の知っている大友より若かったが明らかに大友だった。どうやら俺は元いた世界で死んだみたいなんだ。そしてなぜかこの世界に飛ばされた。そして大友は俺に言ったんだ。これから始まる戦争に備えて、各国のミサイルを制御下に置けと。俺のいままで研究したAIで、世界中のネットワークを乗っ取れと」
「そんなことは可能なんですか!?」
「どこのミサイルもなんかしらのネットワークに組み込まれている。独立系のネットワークには物理的に侵入してからでないとダメだが」
AIの学習能力をミサイル制御システムのハッキングに使っていたのだ。驚く新人たち。
「物理的な侵入にスライムマンが利用された。これは俺のいた研究所で、放射線下で作業をさせる目的で創られたんだ。こうやってこの世界の日本は戦争に勝ち、俺は英雄として祭り上げられたんだ」
ドクター・ニートの話が一区切りついたとき、ゲンが訊ねた。
「どうしてここにいるんですか?ほかにひとも見当たりませんし」
「それについては俺も驚いている。ある程度想像はしていたがな。だが詳しいことは俺もわからん。ひとつヒントがあるとすれば、ここが満州でスライムマンの製造工場であるということだ。俺もここに来たのは数日前だ。ミサイルが撃ち込まれたことを受けてここに来たんだ」
そこまで話したところで急に警報が鳴り出した。
◇
「おい、お前たち、すぐに逃げるぞ。恐らくミサイルだ。シェルターまで走るぞ!」
ドクター・ニートは新人たちを導いて走り出した。ミサイルはそこかしこで着弾し始めた。爆風と熱で一気に工場内は修羅場と化す。間一髪地下シュルターにたどり着く新人たち。だが、入り口直前で新人が躓く。
爆風が新人を襲う。新人は死んだかと思った。だが死んでないなかった。恐る恐る目を開くと背中にはドクター・ニートがいた。新人を庇ったのだ。
「新人、早くしろ!」
ゲンがドクター・ニートの肩を持ちシャルターに運び込んだ。新人も続いて入った。
シャルターの中で身を潜めていると、ミサイルの衝撃はしばらくして止んだ。
「ドクター・ニート、すいません、俺なんかのために!」
「いや、いいんだ。新人、君は若いな。自殺したときとそんなに歳は変わらないんじゃないのか?もしかしたら君が特異点なのかもしれんな」
「特異点?」
「ああ、君がオリジナルなのかもしれん。俺たちは君の影かもな・・・」
「それは一体どういうことですか!?」
問い詰める新人。しかし、ドクター・ニートはもう虫の息である。
「全てをここで説明はできん。福島に行け、そこの自衛隊基地の研究所に全ての答えがあるはずだ」
最後の力を振り絞りしゃべるドクター・ニート。
「それとな、ニート王に気をつけろ・・・」
そういうとドクター・ニートはこと切れた。
「ゲンさん、おれは・・・」
「気にするな新人、だが、これで次に何をすればいいのかハッキリした。行くぞ、福島に!」
こうして彼らは満州を離れ、一路、福島に向かうことになった。
そこになにが待ち受けているのか?
特異点とは?ニート王とは?
新人たちの旅は続く・・・