#06 地獄への階段その弐
ゲンは新人にここ50年間の日本の歴史を語りだした。
「少子高齢化は社会の活力を根こそぎ奪っていった。一時期この国の人口の半数は老人だったんだ。彼らに掛かる社会保障費は現役世代からから搾り取られた。それがすべての元凶だったんだ。」
ゲンは続けた。どんなに働いても給料は上がらず毟り取られるだけの生活が続き、現役世代はドンドンやる気を失っていってしまった。結婚や子育てをしていく自信がなくなり、人生を楽しもうという気力も失せていった。そのため消費が減り国内の経済はドンドン衰退していった。
「経済がダメで税収が落ちると、それを補おうと政府は赤字国債を乱発、結果、税金はドンドン上がっていった。政府や役人たちは、いずれ老人人口もピークを向かえ減少しだすだろう、それまで耐えられれば、景気は上向いていくはずと楽観的に考えていた、いや、それ以上考えたくなかったというのが正解か・・・」
だが、老人人口はなかなか減らなかった。寿命が90歳近くなり、老人ひとりに約20年の社会保障が必要だった。
「新人、君が自殺した時点でもかなり景気が悪かったと思うが、実はそのときはまだ序の口だったんだ。一番人口の多い世代がその時はまだギリギリ現役世代だったから。そのあとからが悲惨だった。老人はドンドン増えていき、逆に子供はドンドン減っていった。政府は『未来のために』を連呼しながら役人に言われるがままに税金を上げていった。現役世代はさらに毟り取られ、経済はドンドン失速し、赤字国債がさらに乱発され、また税金が上がるという、負の連鎖が続いていた」
話を聞いていた新人がたまらず聞いてきた。
「どうして現役世代は声をあげないんです?」
その質問にゲンは
「あげたさ、でも、ねじ伏せられた。決定権を握っているのは老人側だったからね。それに老人には自分の家族も含まれている。それで老人を切り捨てろといえるかい?いずれ自分も老人になると考えれば、納得せざろうえなかったのさ。なので暴動とかは起こらなかったのさ」
なるほどと新人は思った。暴動が起こらないのは日本人が我慢強く冷静なのか、チキンなのだけなのかはわからないが・・・
「それじゃ、そのまま日本の社会は衰退していったんですね?」
新人が聞き返した。
「いや、実はそのままではないんだ。社会に影響を与える人たちが出てきたんだ、ある共通項を持った
人たちが・・・」
「へえ、どんなひとたちなんです?」
ゲンはそこで一呼吸置いてしゃべった。
「そのひとたちこそがワンダラーなのさ。つまり新人、お前のようなひとたちのことなんだ」
新人はその場の空気が一瞬重くなったように感じた・・・
◇
ゲンは話を続けた。
「ワンダラーは、いい意味でも悪い意味でも社会に影響を与えてきた。人によっては救世主、人によっては疫病神といわれてきた。最初のワンダラーが出現したのは東京オリンピックの後。次に現れたのは、戦争の直前。そして終戦後だ。ひとりだけで現れることもあるし、複数人で現れることもある。突然現れ、いつの間にかいなくなっている。いたことはわかっているのだが、なぜかみんなの記憶からも記録からも、その名前が完全に消去されていて、思い出すことができない。存在を示す写真や映像もすべてブラックアウトしている。」
新人はゲンの言葉に多々疑問を感じながらも、辛抱強く聞いていた。
「彼らの与えた影響というのは、一言で言えば『現状の打破』だ。だれもがその状況がマズイと分かっていても、手出しができない、あるいは、損をするからしたくない、というときに現れ、それをするのが彼らだ。それで助かるひともいれば都合が悪くなるひともでてくる。救世主とも疫病神ともいわれるのはそのためだ。いずれにしても為政者たちにとって要注意人物なんだよ。突然現れ社会に大きな影響を与えられては迷惑だからな」
自分がそんな人物だと思われている現実に、血の気が引く新人。
「世界になんらかの変化が起きそうになると現れるといわれている。そして生活保護者や浮浪者たちの中で誰かに成りすましていることがあるといわれてるんだ。まあ、成りすましはワンダラーだけじゃない。死んだ人間に成りすましている『過去に傷があるやつ』なんかたくさんいるからな。だが、今回お前が追われたのはそのためだ。そのきっかけとなったのが、お前も知ってると思うが、3日前の満州国への攻撃だ。政府の連中はいま、血眼になってお前を探しているはずだ」
「そんな、俺なんか捕まえてどうなるっていうんです?なんの力もないんですよ!社会への影響?そんな影響与える力なんか持ってないですよ!どうして俺がこんな目に・・・」
泣き出す新人、それを哀れんだ目でみるゲンたち。
「心配するな新人。俺たちはお前の味方だ。だがな、泣いていてもなにも変わらないぞ。立ち上がれ、戦うんだ。俺たちと共に!」
そこで新人ははっと気がついた。まだ、ゲンたちが何者かと知らないのだ。
「ゲンさん、あなたたちは一体何者なんです?どうして僕を助けてくれるんですか?」
そう聞かれてついにゲンは正体を明かした。
「俺たちは真日本同盟。いまの売国奴政府を倒すために戦っている。新人、奴らから日本を取り戻すために一緒に戦おうじゃないか!」
そういって新人に握手を求めるゲン。その顔は嘘をついてる顔ではなかった。
強力な仲間が自分を迎えに来てくれていたんだとわかり、安堵する新人。その差し出された手をガッチリと握った。
「よろしくお願いします!」
ゲンと力強く握手する新人。さっきまで泣きべそをかいていたとは思えない表情だ。
「よし、新人。今からお前は俺たちの仲間だ。じゃあ、行こうじゃないか」
「行くってどこへ?」
新人が聞き返す。
「決まっているだろ、満州国だよ。今、そこで何が起こっているのかこの目で確かめに行くんだ。そこにはきっと、君がこの時代に現れた理由があるはずなんだ」
戦うべき相手がなんなのかわからなければ、戦いようがない。ゲンの発言に皆、異論は無かった。
こうして新人はゲンたちとともに、満州へと渡ることとなった。