#05 地獄への階段その壱
「そこで待ってな」
そういうとゲンは部屋を出た。眼鏡の男の声がする。ゲンを知っているような感じである。そのまま悲鳴、怒声が飛び交いだす。だがしばらくすると急に静かになった。そしてゲンが戻ってきた。
「お待たせ、直ぐにここを出るぞ!」
ゲンが新人に指示を出した。
「ゲンさん、俺・・・」
泣きだす新人。
「泣くな、話は後だ。まだ安全じゃないんだぜ」
そういうとゲンは新人に手を差し伸べ、新人を助け起こした。そのまま部屋を出、玄関へと誘導する。外に出ると浮浪者の男が2人、ゲンを待っていた。ゲンはその2人に声をかける。
「様子は?」
「まだ気づかれてはいないようです」
「すぐにここを離れよう」
そういうとゲンと2人の浮浪者は新人を誘導しながら屋上へ向かった。そしてそこには・・・
「ヘリコプター」
新人の目の前に現れたのは黒いヘリコプターであった。
「あれに乗るんだ」
ゲンはそれに乗るよう新人を促した。ヘリに乗り込む4人。ゲン以下3名はテキパキと発進準備をする。明らかに玄人である。すぐさまヘリは動き出した。
「新人、もうしばらくの辛抱だ。これから俺たちのアジトに向かう。悪いがこのアイマスクをしていてくれ」
そういうとゲンは新人にそれを渡した。アジトがどこにあるのか新人に分からせないためだろう。これはこれで新人に不安を与える行為なのだが、もう後戻りもできない。ここでそれを拒否できる立場ではないのだ。
「わかりました」
そういうと新人は素直にそれを身に付けた。
「すまんな」
ゲンはそういうと他の2人に発進の指示を出した。新人は少し耳鳴りがする。ヘリのプロペラが回りだしたのだ。しかし奇妙なほど静かだ。この黒いヘリが特殊なものである証だろう。
「発進します」
パイロットシートに座った浮浪者の男から発進を知らせる声がした。そしてヘリは異様なほど静かに飛び立ち、そのマンションを後にした。
◇
あれから数時間が過ぎた。
新人はゲンに案内されたアジトに到着。アイマスクをはずされたのは今いる部屋についてからだ。ここがどこなのか全く分からない。しばらくここで休むようにいわれ、ゲンたちは足早にどこかに行ってしまった。ドアにはカギが掛かっており出ることはできなかった。
(一体なにが起こったのだろう?なぜ自分が追われていたのかさっぱりわからない。そしてゲンさん、明らかにおかしい。浮浪者のふりをしているが、只者ではない)
新人はそんなことを考えながらベッドでまどろんでいた。
(どこだここは?白衣を着た人たちがたくさんいる。実験室?なんだあの人は?緑色のスライムのようなものがある。人の形をしている?ひとなのか?あれがひとなのか?)
そこで目を覚ます新人。夢を見ていたようだ。
(なんだったんだ?あの夢は?)
新人はその夢のおかげで汗びっしょりかいていた。その得体のしれない夢について考え出したとき、部屋のドアが開いた。
◇
「新人、待たせたな」
そういいながらゲンが部屋に入ってきた。さっきの2人もだ。ただ3人とも見た目は別人のようだった。髭を剃り髪を切り風呂に入り清潔な服に着替えていた。同じなのは声だけである。
「なるほど、浮浪者の姿はダミーだったんですね」
新人は薄ら笑いをしながら3人を見渡した。
「俺たちのことは後で説明する。まずはお前のことを聞かせてくれ」
ゲンは椅子を引き、新人の前に腰かけた。他の2人は無言で一人はゲンの後ろに立ち、もう一人は机でこの会話を記録する係のようだ。
「いいですよ。ここまできたらあなたを信用します」
「すまないな。決して悪いようにはしない」
ゲンは新人を見据えて話し出した。
「まず名前を確認させてくれ、内弁慶 新人、これで間違いないな」
「はい」
「出身地と生年月日は?」
「東京です。生年月日は・・・」
なぜだろう、思い出せない、こんなことは当たり前だったはずなのに・・・
新人が答えられないと悟ると、ゲンは質問を変えてきた。
「なら、親兄弟は?友達は?」
それも答えられない。新人はどんどん不安になっていった。知ってて当然と思っていたことが、自分は思い出せないのだ。今まで、気にもしてこなかったのが不思議なくらいだ。
「ゲンさん、俺、自分のことがわからない。思い出せないんだ。記憶喪失なのかな?」
泣きそうになる新人。だが、そんな彼を憐れむようにゲンは声をかけた。
「心配するな。俺たちが付いている。それにお前は記憶喪ではない。もしそうなら、本人はそれを自覚しているものなんだ。だがお前はいままでその自覚がなかった。なんの違和感も抱かず、俺たちとあの公園で酒盛りをしていたんだ。」
励まし、慰めるゲン。さらに言葉を続けた。
「大丈夫、お前のことは俺たちが知っている。さっきお前の髪の毛から年齢を読み取らせてもらった」
「髪の毛?」
「ああ、テロメアを調べれば大体の年齢がわかるんだ。新人、お前は22~25歳だ。それとお前の過去も調べてある」
「平成5年8月22日生まれ、MARCH大学の4年生だったんじゃないか?」
そういわれた途端、新人の脳裏に過去の記憶が流れ込んできた。
「そうだ、俺、就活が上手くいかなくて、ビルの屋上から・・・」
何かを思い出そうとした途端、ゲンがそれを遮った。
「そうだ、お前は自殺したんだ。だが、かろうじて命はとりとめた」
「えっ?僕助かったんですか?」
「そうだ、そしてそれから人が変わったかのようにコツコツ働き出し、小さいながらも会社を設立。そこでも朝から晩まで働き続けたんだ、死ぬ直前まで」
「あの~それって?」
「そう、この世界でお前という人物はすでに死んでるんだ」
信じられないという顔の新人。ゲンに聞き返した。
「本当ですか?別人じゃないんですか?」
「さっきテロメアを調べた時に確認した。お前は間違いなく内弁慶新人だ」
きっぱりと言い切られ、返す言葉もない新人。しかし、全く理解できない。なら自分はなんなのだと・・・
そんな彼にゲンはまた質問をした。
「新人、今、平成何年だと思う?」
新人は少し考えて答えた。
「えっと、その人を別人とするなら、ゲンさんの話からすると、平成30年くらいじゃないですか?」
自分はここに生きている。ならその会社を建てた人は別人である。その考えのもとに新人は答えた。だが、それを聞いたゲンが冷静にそれに切り返してきた。
「今は、元安20年。新人、お前が自殺を図った平成27年から50年経っているんだ・・・」
あまりの突拍子のなさに言葉が出ない新人。そんな彼にゲンは言葉を続けた。
「本来、この世界に存在してはいけないはずの者。そんな人たちを俺たちはこう呼んでいる、『ワンダラー』と」
ゲンはこの世界がどんな軌跡を経てきたのか新人に語りだした。