#03 地獄の入り口
「ほら、さっさと進め!でくの坊ども!」
小銃を構えた鬼軍曹が新人たちをどやしつけた。新人たちが向かうのは敵の前線基地である。彼らは全身に爆弾を巻きつけられこれから人間爆弾として使われるのだ。敵は通称「スライム」人類未知の殺人生物である。前線基地とは元々自衛隊の基地であったがスライムに乗っ取られ根城とされていた。彼らは中国・朝鮮半島経由で日本に来たらしい。彼らに取り込まれると窒息死し、その体内で消化されてしまうのである。襲い方は水道など水が流れるところから突然出現し、人類を捕食するのである。その生態は不明。ひとつだけわかっていることは内部に核のようなものがあり、これを粉々にすると消滅するらしい。そのため新人たちは爆弾をしこたま巻き付けられているのである。新人は軍曹に背中を小銃でつつかれながら歩いていた。
「ふははははっ!いい様だな。まあ最後ぐらいお国に貢献しろよゴクツブシども!いっとくが俺はお前らが死んでもな~~んとも思わないからな!」
軍曹の不愉快な言葉に反論ひとつできない。どうしてこんなことになってしまったのだろう?新人は天を仰ぎこれまでのことを思い返していた。
◇
高いビルの上、靴を脱ぎ、きれいに揃えておく。あたりは暗い、もう夜だ。新人はフラフラと前に進みだした。金網を乗り越えると眼下にはきれいな街並みが見える。しかし高い。吸い込まれるような恐怖を感じる。見ているとこのまま落ちてしまいそうだ。いや、怖がることはない。今から身を投げるつもりなのだから。新人はこれから自殺しようとしていた。
彼には昨日大手企業からお祈りメールが届いた。そこはプライドを維持できる最後の砦であった。もはや彼に地上に存在できる場所はなかった。未来は閉ざされたのだ。頭の中でそのことを知った高校大学の仲間や親族が指を指して笑ってる。いままでリア充としてスマートに生きてきた自分にとって耐え難い屈辱であった。
(もう、死ぬしかない)
彼にとって妥協するという選択はありえなかった。「自分はリア充である」という自尊心が彼の残り全ての選択肢を奪っていた。彼の頭の中でこれまでの人生が再現される。小学校中学校はトップではないが学年で上位クラスの成績、運動もそこそここなし、高校は地域の上位校に。友達も彼女もいた。大学だって悪くない。そこでもいままでと同じく過ごして来た。
(そんな俺が大手企業に入れない?ありえんわ!)
もはやこの世に未練なし。生き恥を晒して生きて行くくらいなら死んだ方がマシなのだ。誇り高い彼は勇んで一歩前に出た。そして思った。
(高い!こええ!)
あと一歩前に踏み出せば思いを遂げることができる。誇り高い彼にとってそれは造作も無いことのはずだった。だが、その誇りは「下」をみた瞬間吹き飛んだ。そして
(そういえば、あのアニメの続きどうなるのかな?あのマンガの最終回も近いし。死ぬならそれを見届けてからでいいかな?)
などと自殺延期の積極的な理由を考え出していた。そして
(死ぬのはいつでもできる。やりたかったことを全てしてからでも遅くは無いわ!)
そう自分に言い聞かせ、踵を返し戻ろうとした。だがその瞬間
「死んじゃダメ~~!」
そんな大きな声が聞こえてきた。そして同時に腹部に大きな衝撃が走る。ものすごい力で押し出される。あっという間に新人の身体は宙を舞った。見事ビルの屋上からビル外にテイクオフ!そんな中彼の目には一瞬、セーラー服を来た女の子の姿が映った。だがそこまでであった。彼は人生最後のアトラクションを楽しむことになる。遊園地のジェットコースターやフリーフォールのような絶叫マシンと同等、いやそれ以上のスリル、リアルバンジージャンプ。
彼は人生最後に最大の快楽を味わいつつ暗いビルの谷間に消えていった・・・
◇
「起きて、ねえ起きてよ!」
(誰かの声が聞こえる、身体を揺すられている?)
新人は目を覚ました。白いもやがあたりに立ち込めている。辺りを見渡す。暗くは無いが明るくもない、全てが白である。振り向くとそこにはセーラー服を着た少女がいた。じっとこちらを見つめている。どこかで見たことがある娘である。だが思い出せない。
「あなた、やっちゃったわね」
少女はぼそっとしゃべりだした。
「あ、あの、ここはどこですか?君はだれ?」
新人は少女に語りかけた。
「わたしはカナメ、女神カナメよ。ここはいわゆるあの世よ。あなた、やっちゃったわね」
カナメと名乗る少女は真顔で新人を責めるようにしゃべった。
「あの、やっちゃったって、なんのことですか?僕がなにしたっていうんですか?」
そのセリフを聞いて、はあ?とでもいいたげな顔をするカナメ。
「なにをしたもなにもあなたやったじゃない!自殺を!」
それを聞いてウッと息苦しくなる新人。確かにやろうとしていた。しかし直前になって思い直したはず。引き返したのは憶えている。だがその後どうしたっけ?彼の記憶はそこからあいまいになり思い出せなかった。
「いい?自殺はね、いかなる生命にとっても1番してはいけないことなの。でもあなたはそれをしてしまったの」
新人を責めるカナメ。冷静な物言いにだけに反論もできない。冷たい言葉が心に突き刺さる。
「本当はね。あなたは予定されていた人生が終わるまで自殺を延々繰り返すはずだったのよ。自分が死んだこともわからずひたすら死に続けるのよ。それはなんの意味もない行為よ。あなたは罰として死の痛み苦しみを味わい続けることになるはずだったのよ」
新人は凍りついた。他人を殺すならともかく自殺は自己責任だと思っていたのだ。そしてその罰の過酷さに心の底から震えが来た。
「でもね、それじゃあまりにも無責任よね」
カナメは続けてしゃべりだした。
「いい、この世界はあらゆるものが存在することで安定しているの。生と死のバランスがきちんととれているのよ。でも、最近はあなたみたいに自分勝手に死を選ぶ生命が多くてね。世界の一部としてその生を全うしてもらわなければならないのに、勝手に途中退場されては困るのよ。」
「だから罰としてその罪を償ってもらうわ」
あくまで冷静に語り続けるカナメ。
「あなたが今ここにいるのはそのためよ。延々自殺し続けられてもなんの意味も無いからね」
ここでようやく新人が口を開く。
「あの、罪を償うとは?」
そのセリフにカナメは即座に答えた。
「あなたがいなくなってバランスが狂ったことへの責任をとってもらうわ」
「へっ?ど、どうやって?」
「もう一度戻りなさい。そして狂ったバランスを元にもどしなさい」
「そ、そんな!いきなり無茶だ!」
「罪人のあなたに拒否権はないわ」
そういうとカナメの目の前から新人は消えていた。
◇
目の前が明るい。新人は目を覚ました。起き上がるとそこは小汚い部屋であった。ハアッと欠伸をし背中をかきながらいつものように洗面所に行く。鏡を見るとぼさぼさの髪の毛、無精ひげの自分の顔。歯を磨いて髭を剃りブラシで髪を整える。
「あれ?俺なにしてたんだっけ?」
新人は今になってなにか忘れているような気がしてきた。しかし、思い出せない。考えてみても何も不思議が無いのだ。いつもの部屋で起きいつもと同じ事をしていた。昨日はゲンさんたちと公園で酒盛りをしていた。その前の日はパチンコに行き、さらに前の日は・・・
(なにしてたっけ?)
思い出せない。しかし、そんなことはどうでもいい。する必要も無いから。
(あ!思い出した!今日は振込みの日だ!)
それを思い出すと新人は意気揚々と部屋を出て行った。
◇
ATMに着くと、カードを入れ慣れた手つきで操作する。
(うっしっし、入ってる入ってる!)
思わずニンマリ笑う新人。さっそく引き出すとうれしそうに数え始める。そしてそれをズボンのポケットに押し込むとすぐさまパチンコ屋に向かった。
数時間後
「ふんふんふ~~ん!」
パチンコで大勝し更に懐があったかくなった新人。スキップしながら町を歩いていた。すると店と店の間から腕が伸びてくる。その手は新人の首を掴み、店と店の間に引き込んだ。
「おう、新人。おめえ羽振り良さそうじゃねえか!」
「お、大友さん!」
新人が大友と呼ぶこの男、新人を世話している人物である。新人にとっては1番苦手な人物である。
大友は新人のポケットに手を入れ金をつかみ出す。
「そ、それは困ります!」
新人が抵抗すると大友は彼を殴り飛ばした。
「うるせえ!誰のおかげで飯食えてると思ってるんだ」
そういうと大友は金を数え始めた。
「ほらよ!」
そういうと金のほんの一部を新人に投げつけた。大半は懐にしまいこんで。
「そんだけありゃ十分だろ?」
そう捨てゼリフを吐き大友は消えていった。新人は悔しそうに切れて出血した口元を腕で拭い、投げつけられた金を拾い集めた。ふらふら立ち上がると、残されたお金を握り締めて歩き出した。
◇
「いらっしゃ~~い!」
新人はラーメン屋に来た。さっき大友に会ったばかりに調子が狂ったが、いつも金が手に入るとここのラーメンを食うのが新人の楽しみであった。
新人はおとなしくラーメンを食べる。うまい。この瞬間だけは生きててよかったと思った。そんな新人の目の前には大型のTVがあり、ちょうどニュース番組が放送されていた。
「政府与党は世論の高まりを受け、来年度予算のうち社会保障費の分配について抜本的な見直しを迫られる見通しです。現在の若い世代の負担が戦前の2~3倍となり、ほとんど消費活動ができない状況をなんとかすることができるのでしょうか?」
なにやら放送してるが、生活保護を獲得した自分には関係ないと全く聴きもしない新人。そんな中、突然、緊急速報のテロップ音がTVから流れ出した。
「緊急ニュースです。ただいま満州国の首都、新東京に多数のミサイルが撃ち込まれているとのこと。詳細は不明です!」
世界はまたよからぬ方向に動き出していた・・・