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諸良、仇討ちをする事

作者: 水無風人

 褐色の肌をした男が都に向けて、ただ走り続けていた。右手には黄金の剣、左手には男の生首を持っていた。なぜこんなことになったのか、彼は思い出していた。


 一時間ほど前、一人の男が森の中を歩いていた。彼はしがない商人で、名を諸良といい、街を点々としては細々と商売をしていた。長い行商を終え、久々に都への帰路に着いていた。

 最近、この国中にあるおふれが出されていた。王の命を狙う李統という男を捕らえたものに高額の報奨金を与える、と言うものだ。李統は身の丈二メートル近くもある大男で、褐色の肌、腕力は凄まじく、男十人でもかなわないと言われていた。国中の男が李統を捕まえようと張り切る中で、諸良は小柄で力にも自信がなかったので、ただ李統に出くわさないことを祈るだけだった。

 日は西に傾きだし、刻々と森は暗くなる。諸良は日が沈むまでに森を出ようと、都への道を急いでいた。いつもなら、多くの商人がこの道を行き来しているが、今は諸良以外に人の姿を見ることはできない。

 諸良が道を急ぎ足で歩いていると、道の外れの茂みから、物音がした。彼は足を止め、茂みの方を睨んだ。彼は恐る恐る茂みに近づくと、こっそりと中を覗いた。そこには一人の男がこちらに背を向け座っていた。諸良は訝しげに男を見つめると声をかけた。

「そこで何をしてるんですか」

男は諸良の存在に気付くとのっそりと立ち上がった。諸良は立ち上がった男の姿を見てギョッとした。男は身長が二メートルは有ろうかという大男だったのだ。そして振り返った大男の顔を見た諸良は腰を抜かし、尻餅を着いた。褐色の肌――李統だ。

 李統は右手に黄金の剣を持っていた。諸良は逃げようと慌てふためいたが、立ち上がることさえできず、尻を着いたまま後退りをした。李統はゆっくりと諸良に近づく。諸良は目の前に立ちはだかる大男を見上げると、人生の終わりを覚悟した。大男は諸良を見下ろすと、ゆっくりと左手を差し出した。思いがけない大男の行動にはじめは戸惑ったが、敵意はないと感じた諸良は恐る恐る左手を差し出した。大男はムンズと諸良の左腕をつかむと、ヒョイと軽々諸良を持ち上げ、立たせた。

「あ、あなたは李統ですよね」

諸良は大男に問い掛けた。

「いかにも、俺が李統だ」

男は自分が李統であることを、あっさりと認めた。この男はおふれのことを知らないか、あるいは単にバカなのだろうと諸良は思った。

 諸良は男の顔をもう一度、今度はじっくりと眺めてみた。肌は確かに褐色だが、とても優しい顔つきをしていた。これが王の命を狙い、怪力無双と恐れられる男の顔だろうか。その時、どこからともなく、

「グゥ」

という音がした。李統は苦笑いをしながら頬を赤くしていた。諸良は急に肩の力が抜けた。

「よかったら、一緒に食事しますか」


 諸良が自前の食料を手際よく料理すると、李統はキラキラと目を輝かせ、一心不乱に料理を貪った。そんな姿を見て、諸良は李統に対して親しみを覚えた。そして、なぜ李統が王の命を狙うのか興味が湧いてきた。

「なぜ、王の命を狙うのですか」

李統はピタリと食べるのをやめて、手に持った皿を置いた。

「やつは父の仇だ」

諸良は李統の顔を見てギクリとした。今までの優しい顔とは打って変わって、憎しみに満ちた鬼の形相であった。もうすっかり夜になり、森は闇に包まれていた。

「李慶という男を知っているか」

諸良は商人の仲間から、その名を聞いたことがあった。稀代の名工で、剣を打たせれば右に出るものはなかった。しかし、突如として姿を消し、もうかなりの時間が経っていた。

「李慶が俺の父だ」

そういうと、李統は語り始めた。



 昔、李慶という一人の鍛冶屋がいた。彼の打つ剣はすばらしく、百の戦を戦っても刃こぼれせず、百年経っても錆び一つ付かないといわれるほどだった。彼は、都から離れた田舎に住んでいたが、その名を知らないものはいなかった。

 そんなある日、李慶の家に一人の役人がやってきた。王の言葉を伝えにきたのだ。王が言うには、

「私のために世界で一番の剣を造り、自身で持って来い」

とのことだった。それだけを伝えると、役人は李慶の答を聞くこと無く、帰っていった。

 李慶には妻がおり、彼女のお腹には子供がいた。妻は役人の話を聞き、宮中直属の鍛冶になるチャンスだと喜んだ。しかし、李慶は浮かない顔をしていた。

 それから李慶は工場にこもり、徹夜で剣を造り続けた。七日目の朝、彼は二振りの剣を手にして工場から出てきた。黄金の剣と白銀の剣だった。そして、彼は妻に告げた。

「この二振りの剣は夫婦の剣だ。黄金の剣を『干将』白銀の剣を『莫邪』という。私は莫邪を持って都に行く。おそらく、私は王に殺されるだろう。もし、お腹の子が男の子なら、成人したのちに干将を与えてくれ」

夫の突然の告白に妻は涙したが、

「解りました」

と答えると、都へと向かう夫を見送った。

 李慶が都に着くと、すぐに王の前に通された。王は白銀に輝く剣を見ると、大変喜んだ。

「さすがは李慶、噂に違わぬ名工よ」

王は李慶の前に歩み寄る。李慶はただひれ伏していた。

「確かにすばらしいが、まだ世界一ではないな」

王は足元でひれ伏す李慶に目を落とした。

「おまえが生きていては、これ以上の剣を造るやもしれん」

そういうと、王は莫邪を振り李慶の首を落とした。ゴロリと転がった首を見て、王は高らかと笑った。

「これでこの剣が真の世界一だ」


 その後、李慶の妻は夫の言うとおり、干将を守りつづけ、半年後に褐色の肌をした男の子を産んだ。



 話しおわると李統はまた食事を始めた。

「そんなことがあったとは」

諸良はいたたまれない気持ちになった。李統の不幸を知り、彼に協力したくなってきた。

「私にできることはないでしょうか」

李統は手にした皿を置いた。いつのまにか料理はなくなっていた。

「俺の顔は国中に知れて、都に近づくことさえできない。俺の代わりに仇を討ってくれ」

李統の願いを聞いて、諸良は驚いた。協力したいといったが、せいぜい都に忍び込む手助けをする程度で、まさか代わりに仇を討てと言われるとは、夢にも思わなかった。しかし、確かに都に入れば李統は目立ちすぎる。

「確かに私なら都に簡単に出入りできますが、王に会うことができません」

「俺の首を持っていけばいい」

また、諸良は驚いた。確かに李統の首を持っていけば王には会えるだろう。

「しかし、それでは……」

「いや、俺は父の無念を晴らしたいのだ。そのためなら命など惜しくはない」

李統の目は本気だった。諸良は彼の熱意に心を打たれた。

「しかし、私は剣を振るったことがありませんし、力にも自身がありません」

「俺の血を飲めば俺の力のすべてがおまえに宿る。ぜひ、俺の代わりに仇を討ってくれ」

李統は立ち上がると自分の首に剣を当てた。諸良には彼がとてつもなく大きく見えた。

「死ぬ前にうまいものが食えてよかった、ありがとう」

そう言い残して、彼は自ら首を断った。首は地に落ち、干将は李統の手からこぼれ落ち地面に突き刺さった。しかし、体だけは倒れる事無く立ったままだった。諸良は李統の首から流れる血を一口飲んだ。たちまち体に力がみなぎり、肌の色は褐色に変わっていった。右手に干将を持ち左手に李統の首を持ち、残された体の前に立った。

「かならず、あなたに代わって仇を討ちます」

諸良が誓いをたてると、李統の体はドサリと倒れた。


 褐色の肌をした男が都に向けて、ただ走り続けていた。右手には黄金の剣、左手には男の生首を持っていた。男の名は諸良といい、黄金の剣は干将、生首は生前の名を李統といった。すでに朝日は昇り、朝の澄んだ空気が彼の鼻をくすぐる。彼は都に着くと、城壁を守る兵士に李統の首を突き付けた。

「李統の首を捕ってきた、王にお目通り願おう」


 諸良はすぐに玉座に通された。王は満面の笑みで李統の首を眺めていた。腰には莫邪が差されていた。

「よくぞ李統の首を捕ってきた。褒美をとらす」

王は大臣に褒美の準備をさせようとした。しかし、諸良はそれを止めた。

「王様、褒美は後からでもかまいません。まず、この首を始末しなければ」

「何故だ」

王は不思議に思い、諸良に聞いた。

「確かに李統は死にましたが、首が残っているかぎり怨念は消えず、王様に災いが起きます」

王は恐怖し、身震いした。

「どうすればよいのだ」

「大きな釜を火に掛け、熱湯を準備し、首を煮溶かします」


 巨大な釜が火に掛けられ、中には水がグラグラと煮えていた。諸良は釜の前に立つと、李統の首を放り込んだ。首は熱湯に浸かると目を見開き、グルグルと釜のなかを泳ぎ始めた。周りで見ていた兵たちは恐れおののき、腰を抜かすものもいた。

 しばらく煮続けたが、首は溶けるどころか、元気に泳ぎ続けている。王は次第にイライラしだし諸良に聞いた。

「いつになれば首は溶けるのだ」

諸良はただ釜の中を見つめていた。

「そろそろいいでしょう」

そういうと諸良は王に目を向けた。

「王様がお持ちの剣は名工李慶の作と聞きます」

「いかにも」

王は自慢げに胸を張った。

「その剣で釜の中の首を突き止めをさすのです。そうすれば首は溶けるでしょう」

それを聞いた王は玉座から立ち上がり、制止する大臣を払い除け釜の前に立った。その時、諸良は干将を手に取り、一振りに王の首を討ち取った。突然の出来事にみな驚き動揺した。諸良は王の首を手に取ると釜に投げ込んだ。すると王の首も目を見開き、李統の首と争いを始めた。その光景にその場にいたものはさらに動揺した。

 諸良は莫邪を手に取り、干将を釜に投げ入れた。そして、剣を高らかに掲げた。

「ここに李慶の無念は晴らされ、李統との誓いを果たした。夫婦の剣は再会し、すべては終わった」

そう言い放つと、諸良は釜の前に立った。中では相変わらず二つの首が争っている。

「私の命と引き替えにすべての恨みを消したまえ」

そうつぶやくと、莫邪で自らの首を断った。首は莫邪とともに釜の中へ落ちた。するとたちまち、三つの首は干将莫邪とともに溶けだし、釜の水は固まり、鉄の固まりとなった。


 後に、この鉄の固まりは『李諸石』と名付けられ、李統の孝と諸良の義は長く人々に語り継がれた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 元ネタを読んでないので言えた話ではないのですが、後半はただ翻訳したもの、というふうに感じました。 ……心の部分が弱いように思います。 人一人殺すのに、しかも自殺するのに、そんなにあっさりとし…
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