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三泊四日  作者: 音樹える
8/24

合宿一日目 -1-

ついにこの日がやってきた。バス二台を使って、合宿所へと向かう。僕は今、そのバスの中にいる。パートで席を固めたので、隣には吉がいるが、静かに寝息を立てている。

 昨日のあの一件があってから、僕は色々なことを考えた。美紅が、あそこまで思い悩んでいたとは、正直思わなかった。いつも部活で見ている彼女の姿は、難しそうな顔こそしていたが、決して自分が弱いと思っているような顔ではなかった。『私、もうこの部活にいない方がいいと思うんです。』その言葉を聞いたとき、僕は本当にショックだった。彼女の気持ちに気づいてやれなかったことが、同じ部活の先輩として恥ずかしくて、自分に腹が立つ。自分がお人好しだとは思わないが、そこまで悩んでいたなら、普段の行動から察して話をしてやればよかった。そうすれば、彼女にあんな状態になるまで苦しめることがなかっただろう。やはり、彼女は僕が守らなければならない。

 その本人は、僕の座席の三つ前に座っている。普段の女子高生としての彼女を見れば、楽しそうに友人と話しているし、人付き合いも悪くない、“良い子”だと思う。でも、吹奏楽部員としての彼女を見ると、同じパートの人達にとっては、“お荷物”なのかもしれない。それでも、ほとんど休むことなく部活に来ていることを見れば、彼女は本当に頑張っているのだろう。周りが彼女のことをどう見ているのかは知らないが、僕から言わせてもらえば、こんなに苦しい中、必死に上達しようとしている姿は、他の人ももっと見習うべきだと思う。

 先ほどまで、あんなに賑やかだった車内が、いつの間にか沈黙していた。辺りを見れば、合宿所に着く前から騒ぎ過ぎたのだろう。ほとんどの部員が目をつぶって寝ていた。バスが走り始めてから二時間が経つ。窓の外を見ても、高速道路のガードレールが見えるだけ。何も変わらない景色は、何も面白くない。

 

しばらくして、サービスエリアで三十分、休憩を取ることになった。この先合宿所に着くまで休憩は入らないということだったので、腰も疲れているし、皆は一斉にバスの外へと出て行った。

 トイレを済ませて戻ってきたら、バスの中には誰もいないみたいだった。道中ずっと僕の隣りで寝ていた吉も、仲の良い一年生と一緒に、売店にいるようだった。僕は、売店に行っても何も買う物が無いので、一人で思いにふけっていた。

 「先輩。」

突然、人の声がした。この声は、美紅か。

「なんだ。いたのか。」

「はい。別にはしゃぐような気分じゃないので。皆ちょっと騒ぎすぎですよね。」

「そうだな。呆れる位騒いでるな。」

「私、あんまり騒がしいのは好きじゃないんです。自分は騒がないし。だから、今、こうやって車内が静かになっているのが結構うれしいんです。」

「なるほど。」

  これ以上、話が続かなかった。話題を探しても見つからなかった。再び車内に沈黙が戻る。なかなか部員が戻ってこない。また、一人で考え事をしていると、無性に眠気に襲われた。抵抗する必要も無いから、僕はすぐ眠りに落ちた。直後、美紅から呼ばれる声があったが、完全に眠っていた僕は、反応できなかった。それでもうっすらと声だけが聞こえた。

 「私、絶対部活続けますから。」それを聞いて、安心した僕は、深い眠りに落ちていった。


 午後の昼下がり。学校から四時間かかって、やっとのことで合宿所へと着いた。海抜四百メートルはあるだろうこの高い山の中に、それはある。街を離れ、深い山の中に入ってくると、その景色に感動した。本当にここは同じ日本なのかと思うほど、何も無かった。コンビニなんてもちろん、一般家屋さえ、ほとんど見られない。見えるのは、広大な森林と、まばらに位置している畑だけだ。よくこんな所で生活していられるものだと、正直感動した。僕がここで生活するならば、せめてゲーセンくらいは欲しい。

 「今日から三泊、決して短くないし、体力もいつも以上に消費すると思う。だから、無理だけはしないで欲しい。もし体調が悪くなった者がいれば、すぐに申し出て欲しい。あと、夜は相当冷えるから、防寒対策はしっかりしておいてくれ。あと―――――

 先生から、簡単な注意があった。毎年同じようなことを言っているから、聞く必要もあまり無いんだけど。いつも住んでいる地域と違って標高が高いので、若干空気が薄い木もするが、それよりも、森の中にいるから空気がおいしい。合宿でなかったなら、ずっと寝転がって森林浴をしたい気分だ。

 「各パートリーダーには、日程表と、部屋割り表を分けてあるから、この会が終わった後、今日の合奏の時間までに荷物を運び込んで、確認をしておくように。以上。」

皆が、一斉に宿舎へと入っていく。

 …日程表?部屋割り表?僕はそんなの貰った記憶がないぞ。先生、いつの間にそんなの分けていたんだ。」

 と思っていたら、詩織が前から歩いてきた。その手には、二枚のプリント。…ということは。

「パートリーダーが頼りないから、先日、私が貰っておいたわ。」

やっぱり。先生も、僕がよく授業でプリントを失くすことを知っているから、あえて僕じゃなくて、詩織に渡したんだろう。

「呆れた。先生、あんたを全然信用してなかったわ。『有岡だときっと失くすだろうから、このプリントは小野田が持っていてくれ』って普通に言われたわ。」

「はは……。僕だって、好きで失くしてるわけじゃないんだけどね。」

「言い訳無用。とにかく、あんたも自分の部屋くらい確認しておいたら?あと日程表もある程度は書き留めておいたほうがいいわ。」

「そうだな。そうさせて貰うよ。どうせ、このプリントはずっと詩織が持ってるんだろ?」

「ええ。合宿途中に失くされても困るだけよ。」

 やっぱり詩織は手厳しい。僕よりずっとしっかりしているから、今更だけど、パートリーダーの座を明け渡した方がいいんじゃないかと思う。でも、そう相談した所で、『あんたがもっとしっかり頑張ればいいのよ。』って言って拒否してくる。

…よく分からない。


 二枚のプリントをよく読み、必要な所を書き写した後、とりあえず荷物を運び込むために部屋へと向かった。部屋割り表によれば、ルームメイトは四人。無論全員男子で、吉も含まれている。

 部屋は、お決まりの座敷だった。十畳くらいあるその部屋に布団四つを敷いて寝るのは、少し贅沢な気もする。部屋の設備は非常に簡素で、布団を収納しておく棚と、二十型位のブラウン管テレビが一つ。あとは、山の風景を楽しめる、ごく一般的なアルミサッシの窓が二枚一対であるだけで、あとは何もない。それが実に合宿っぽいと思った。


「よお、有岡。お前と話すのは何週間ぶりだ?」

「どうだろう。二週間ぶり位じゃないか?赤点魔人。」

「赤点魔人とはなんだ。確かに赤点は取ったがな、回収したから問題ないのだよ。フハハハ。」

・・・こいつは、三年、橋田利行。楽器はクラリネットだ。部活面で見れば、かなりすばらしい人材だが、勉強面で劣りすぎている。今夏も全教科で赤点を取り、逆パーフェクトを取った奴。ある意味で偉人だ。

「まったく。有岡がルームメイトとはついてないな。夜抜け出せないじゃないか。」

「別に抜け出しても何も言わねーよ。面倒臭い。」

「そうか?そうなのか?それはうれしいぞ有岡。じゃあお前も一緒に抜け出してくれるな?」

「なんでそうなるんだよ。抜け出してどこ行くつもりだ?」

「それは言わなくても分るだろう?これは吹奏楽部の合宿だ。むさ苦しいサッカー部の合宿とは違うものがあるだろう?」

「・・・女子の部屋に侵入するつもりか、お前。」

「正解だ。やっぱりお前も男だな。やることが分かってるじゃないか。」

「はあ。それが目的なら俺は行かないよ。次の日からどうなるか分からないから。」

「なんだよ。ノリが悪いなー。瀧はもちろん行くだろ?」

「無論。断る理由もない。そのために、この合宿所の見取り図と、誰がどの部屋にいるのかというリストを作ってきた。準備は万全だ。」

・・・瀧康平。三年だ。橋田と同じくクラリネットの担当。橋田とは気が合うらしく、いつも二人でいる。成績もそこそこの代わりに、演奏もそこそこだ。決して悪い奴じゃないが、橋田といる時は、悪乗りしすぎるから注意が必要。


話を聞く限り、おそらく二人は夜この部屋を抜け出して、女子の部屋へと侵入するだろう。顧問はじめ、付き添いの先生は、夜遅くまで大宴会をしているから、抜け出そうとすれば簡単に抜け出せるのは事実だ。しかし、それが誰かに見つかってしまった時には、逃げようが無いだろう。

・・・一体何がしたいんだ。こいつら。危険を冒してまで侵入する理由が、分からない。

今年の合宿もいろんな意味で疲れるだろうと、つくづく思った。


サービスエリアからここに着くまでの間、あろうことか寝てしまったので、例の計画について考えるのを忘れていた。だから、早急に策を練る必要がある。寝たお陰でバスで酔わなかったのは、不幸中の幸いだろう。


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