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酒場あほうどり

作者: 古尾 光

『酒場 あほうどり』

 ある居酒屋のカウンター、そこで青年が酒を飲んでいる。

 中小の企業に入社し、仕事にもなれそれをそつなく回し、それなりの給料をもらい、一人で酒を飲み、気を晴らす日々。周りを見渡せばいくらでもいる、平凡な青年。

 その青年の横、中年のサラリーマン二人が政治の話題で盛り上がっている。だが、その実、自分の生活の不満を政治家にぶつけているだけの独りよがりの陳腐な会話。実に居酒屋らしい会話ではあるが、青年にはそれが不快に思えた。

「実に馬鹿な奴らだ……」

 青年も酒が入っているせいであろうか、心のなかの言葉がポロリと口から出てしまう。

「知り合いでもない相手にいきなり馬鹿とは、それは失礼ですよ」

 ぎょっとして、声の方に振り返る。サラリーマンとは反対側、そこにいつの間にか眼鏡の男が座っていた。

「別にいいだろう、聞こえているわけでもない」

 酒が入り、少し気が大きくなっている青年はその眼鏡の男に悪態をぶつける。

「まあ、たしかにそうですがね。そうやって酒を飲んでいれば、いずれ喧嘩になってしまいますよ」

「それこそ余計なお世話だ。酒ぐらい好きに飲ませてくれ」

 むっとして青年は返す。ただでさえさっき驚かされて、いい気分で酔っていたのを邪魔されて青年は気が立っていた。

「まあまあ、そう怒らないで。そんなあなたにぴったりの場所がありますよ。いかがですか?」

 けんか腰の青年の言葉を無視し、すっと名刺を差し出す眼鏡の男。

 名刺には『酒場あほうどり支配人 皆鳥みなどり わたる』と書いてある。

「あほうどり?酒場と書いてあるから居酒屋みたいなところか?」

「ええ、そうです。ですが、少し変わった酒場でして会員制にさせてもらっています」

 会員制と聞いて青年は少し顔をしかめる。とても高い酒をだすとか、怪しい犯罪の匂いを感じたからだ。

「そう、嫌な顔をしないでください。別に犯罪をしているわけではないですから」

 皆鳥が優しい声色でそういってくる。その声を聞くと青年も不思議と疑う気が起きず、さすが支配人といったところだろうか。

 さらに皆鳥が驚かせたお詫びと言って居酒屋の勘定を持つといったので青年は機嫌も直り、皆鳥の経営する酒場に行くことになった。

 居酒屋から少し歩き、狭い階段のある建物に着く。その薄暗い階段を降りると大きな扉があらわれた。扉の横にある機械に皆鳥がカードを通すと、ピッと機械音と鍵が開く音がなる。

「さあ、ここがあほうどりです」

 そういって扉を開く。中は小さな半円状のステージの周りをテーブルが取り囲み、劇場かライブハウスかといった感じだった。

 テーブルでは、会員と思われる者達が酒を飲んでいる。

「いったい、何をする場所なんですここ?」

 しかし、それには答えず皆鳥はステージを指差す。するとちょうどなにか始まるところなのか、ステージに誰かがあがってくる。

 ステージに上がった男はそれで何をするでもなくぼーっとしている。

 そうこうする内にステージの上に色々なものが運ばれてくる。それをみて使おうとしているのだろうが、どうみても使用方法が違う。

「あれは何をしているんだ?」

「なにって見たままのことですよ」

 ステージの上の人物は、控えめにいってもあまり頭がいいように見えず道具も上手く使えずひたすら滑稽だった。

「あれは演技なのか?」

「いえいえ、あれは本物のあほうですよ。私達はああいったあほうの滑稽な姿を酒の肴として提供しているのですよ」

 青年は嫌な顔をする。どうみても、いい趣味とは思えない。

「まあ、良く思われるひとが多いことはたしかです。ここが会員制なのは、そういった趣味を持っていると知られるとお客様自身の社会的信用も傷がつきかねません。しかし、居酒屋で他人に悪口をいうよりは健全だと思いますよ」

 青年は確かにその通りだと納得する。こうしてきっちり管理されている分、興が削がれる部分もあるがトラブルになることもない。

「しかし、本物のあほうと言っていたが、それは危ないことをしているのではないのか?」

 青年の疑問はもっともなところだった。どうひいき目に見ても人権侵害として訴えられてもしかたのないものだ。

「大丈夫ですよ。強制などは決してしていません。当人たちが望んでやっているのです。そんなことをすれば警察が黙っていないでしょうしね。あ、もちろん食事などは当酒場自慢の料理人がきちんと調理しているますので味は保証しますよ、そこはご安心を」

 質問に答えつつしっかりと宣伝を挟んでくる辺り、商売人と言える。

「そうなのか、それは奇特な人がいるものだ。しかし、そうなると料金も高くなるのではないか?」

「いえいえ、そこも勉強させてもらっています。お客様に満足してもらうことが当酒場のモットーですから。チップ料金などもいただきません」

 皆鳥はそういってメニューを青年に渡す。書かれているメニューはよく行く居酒屋に比べても料金はさほど変わらず、メニューによっては安いぐらいだった。

 しかし、完璧なものでも、いやそれゆえに怪しく感じてしまうというのは青年の生来の疑いぐせのせいであろうか。

「まあ疑う気持ちもわかります、最初にここに来たお客様の反応は大体そうです。しかし、後暗い趣味でも周りも似たもの同士なら気にもならないものです。別に犯罪をしているわけでもないですから警察の心配をする必要もないですしね」

 そういって、椅子を引いて青年を進める。まだ気乗りしない部分もあったが、物は試しと座って酒とつまみを注文する。

 ステージの上では、あほうとよばれた人が未だに滑稽な醜態をさらしている。それを周りの客は、暗い笑みを浮かべつつみている。

 自分もその気持ちがわからないわけでもない。あほうを傷つけるでも、痛めつけるでもない、ただ単純にその醜態を眺める。多少良心は痛むが、無理やりやっているわけではないらしい、それになにより本人たちは笑顔なのだ。まあそれは自分たちがどれだけの醜態を晒しているか理解していないだけなのだろうが。

 その光景を見ていると自然と笑みが浮かぶ。これはどうにも止められるものではないらしい。自分より下の人間というものを見ると優越感を得てしまうというのは人間の業らしい。

 注文した料理もとても満足できるできのもので、会計を済まし帰る頃にはこの酒場に対する不信感も消えていた。

「どうですか、ご満足いただけましたか?」

「ああ、とても良かったよ。それで、また来る場合はどうしたらいいんだ?」

「ああ、そのことでしたらこれを」

 そういってカードキーを渡してくる。酒場の扉をあける際、皆鳥が使用していたものと同じものらしい。

「これが会員証になります。これは入り口のカードリーダーも兼ねています。万が一なくされた場合、名刺の番号にご連絡ください。後、友人をつれてくることもできますが、あまりおすすめは出来ません」

 いわれなくても青年にその気はなかった。皆鳥もいうように、あまりいい趣味とはいえないものだ。不快に思う人間も多いだろう。

 それから、青年は居酒屋から、このあほうどりに通うようになった。

 あほうのステージは毎日仕様が変わり、クイズ番組のようになったり、ただ日常のように過ごさせたり、様々だ。もちろんそれら全てが面白いものとは限らないが、それもこのステージの売りといえた。テレビのように台本があるわけではないようなので、当然トラブルが起こることもあり、それも見ものなのだ。

 しかし、それも続けるうちに段々と面白みが失せてくる。そして、その後にやってくるものは、虚しさだった。

 ままならない生活、理不尽な仕事。それらの事がステージを見ているうちに頭によぎり、それらを笑いながらステージに立つあほうたちにいらだちを覚えるようになってしまった。そうなってしまえば、もう純粋に楽しむことができない。

「どうかなさいましたか。あまり楽しそうではないですが」

 その青年のもとに、皆鳥がやってくる。不満そうな客が入ればすぐに駆けつける、常に観察していなければできない芸当であろう。さすが、支配人といったところだろう。

「いやどうも、興が乗らなくてね」

 青年はこの感情をどう説明していいものか理解できず曖昧な答えをしてしまう。しかし、そこは支配人こういった客の悩みも扱い慣れているらしく、すぐに解決策をだしてくる。

「ふむ、それならばあのステージにたってみるというのはどうでしょうか?」

 皆鳥は解決策として、そう答えた。

「少し待ってくれ、あのステージはあほうしか上がれないのだろう。私は、あほうではないぞ」

 学者などのように頭がよいわけではないが、青年を見てあほうと答える人は少ないだろう。それに、役者というわけでもないので、あほうの演技ができるわけでもない。無理にやろうとしても、かならずぽかをしてしまうだろう。

「そういったことは心配いりません。少し付いてきてもらえますか」

 そういって、皆鳥は青年をステージの裏に連れて行く。そこでは、さっきまでステージに上がっていたあほうの人たちがいた。しかし、全く雰囲気が違う、とても普通のさっきまであんなあほうなことをしていたとは思えない人たちがそこにいた。

 訳がわからないといった表情を浮かべる青年。そこに皆鳥は答えと言わんばかりに、あるものを取り出す。

「これは遠隔操作スーツです。あとバレないように小型マイクも付いています。あなたはただ笑顔で指示されたとおり口パクをしていればいいだけです」

 ぎょっとして、青年は皆鳥の持つスーツを見る。遠隔操作で動くそのスーツは、プロの役者が動かしているらしい。今までのステージが全てこれだとするととても高い実力の持ち主なのだろう。しかし、すると今まで見ていたものは演技だったということか。

「そういう裏側だったのか。しかし、最初にあったとき舞台にいるのは本物のあほうといったではないか、ひどい嘘ではないか」

「いえいえ、こんなことをするのはあほう以外の何者でもないではないですか。それにあほうになるのもたまにはいいものですよ」

 他の客にも何度も言われてきたことなのだろう、よどみなく答える。青年もそれに反論することができない。何かわからず引っかかっていた感情が、実は憧れだったことに気がついてしまったからだ。

「あ、でもステージにでるにあたって少し料金をいただくことになります。でもそこまで高いものではありません。お客様を満足させるためサービスの料金だと思ってくだされば」

 その言葉に、思わず笑ってしまう。この酒場がとても格安な理由が分かってしまったからだ。

「しかし、いいのかいこんなことをして」

 ステージにでる準備をしながら青年が皆鳥に問いかける。

「こんなことといいますと?」

 質問の意図がわからず、聞き返す皆鳥。

「いや、ステージが演技だと分かってしまったらこの酒場のうりが無くなってしまうじゃないか。お客がひとり減ってしまう」

「いえ、大丈夫ですよ。あなたはきっとまたここに来ますから」

 妙に自信満々な皆鳥。たしかに、料理はうまいし値段も安い。それだけでも十分常連になる理由ではあるが、皆鳥の態度を見るとそれだけではないように思える。

「妙に自信があるみたいだな。それはどうしてなんだ」

「本当のことを知っても、舞台を見て笑っている人を見に来ますから。あいつら、あほうだなと」

 そこではたと気がつく。つまり今までステージをみて笑っているつもりが、実は笑われる立場だったということが。

 しかし、青年はそれを怒る気にはなれなかった。

 踊るあほうに見るあほう。それを眺めて笑うあほう。つくづく世の中、あほうばかりである。


普段はショートショートを書いています。少し長めなので連載の方とは分けました。

もしショートショートに興味があれば、ショートショート集でまとめていますので作者ページからチェックしていただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 純粋に、読んで面白かったです。 物語の起承転結から構成まで見とれてしまいました。 [気になる点] ただ、遠隔操作スーツというのは、無理があるかと…(笑) 本当は阿呆でない人達が、観客を欺い…
2011/06/20 23:22 退会済み
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