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巻き込まれた召喚勇者の災難

作者: シラ猫
掲載日:2026/09/24

「こんな端金(はしたがね)で、どうやって生活するだよ」



 俺の愚痴が聞こえないのか、側で控えている赤毛の兵士は黙ったまま壁際で突っ立ってる。職務に忠実なのか、必要の無い話には話し掛けても返事がない。名前すら教えてくれない徹底ぶりだ。



 俺はこの殺風景で何もない部屋に置かれた椅子に座りながら、テーブルの上に置いてる金貨を見て愚痴を吐いていた。金貨は三枚あり、兵士から生活費として受け取ったやつだ。



 一ヶ月は食うに困らない額らしいが、今後の生活を考えたら全然足りないだろ。毎月支給するならまだいいが、そんな感じはしてない。多分これで最後だろう。



 この場所は兵士に案内されて訪れた。そして今日から住む家だと告げられた。昨日まで王宮の豪華な部屋で寝泊まりしてたのに落差が酷い。どうやら厄介払いされたみたいだ。外観は物置小屋にしか見えん。中に入ってみたら、これまで手入れされていないのか、床には砂とか埃が散乱している。ときおり風が吹いてくるので、どっかの板壁に隙間がある筈だ。一言で言えばボロ小屋だな。




 それ以外だと、庭がある。雑草と思われる草が伸び放題だけど。風呂は当たり前のようについて無い。側にいる兵士に水が必要な場合はどうしたらよいか尋ねたら、ここから歩いて10分ほどに共同井戸あるので、そこまで汲みに行く必要があると言われた。



 試しに行ってみたが、毎日の往復は大変だと思う。雨の日なんて行きたくない。一番の問題は水が綺麗じゃない事だ。汲んでみたら、水面に埃とか小さい虫の死骸が浮かんでた。これ飲むの無理じゃないか?



 家にトイレがあるのは助かるが、汲み取り式のぼっとん便所だった。溜まったら自分で汲み取って指定の場所に捨てに行く必要があるらしい。水洗便所に慣れ親しんだ俺に言わせてもらうと、最悪としか言えん。



 お世辞にも綺麗と言えないが、台所もあるし、暖炉だってある。燃料は電気でも無ければガスでもない。薪だ。


 火はどうするのかと尋ねたら、生活魔法で対応出来ると言われた。


 使えないんだけど?



 兵士にその事を伝えたのに、返事が返ってくることは無かった。


 という事はあれか?

 原始的なきりもみ式火おこしで火を付けろということか。そんなの無理だろ。



 食器とか何もないから買出しに行かないといけないと考えた時に思い出した。そうだった。言葉は分かるけど、文字が読めないわ。後で教えてくれる約束だったのに、結局教えてもらってない。



「ハァ……」



 自分の扱いにため息が零れた。



「あ~あ、誘拐しておいて、酷い扱いするよな」



 俺は一ヶ月前に日本とは別の『ウェルネス』という名の国で召喚された。

 名前は速水恭介(はやみきょうすけ)。17歳だ。



 学校で授業を受けていたはずなのに、気づいたら知らない人達に囲まれていた。自分だけかと思ったら、見知った人がいた。学年で一番の美人と評判の朝倉美穂(あさくらみほ)さんだ。



 その後に偉い人がやって来て、勇者として召喚したことを説明してきた。聞いた時はショックだったけど、嬉しい気持ちもあった。



 俺としても知らない世界で何をやらされるのか不安だったが、それ以上に朝倉さんと親密になれるのが単純に嬉しかった。小説とか漫画の知識だけど、こういう状況に陥った二人って恋人関係に発展するのが定番だから自分も漏れなくそうなると信じていた。



 俺とは逆に朝倉さんはかなり気落ちした様子で、話かけても曖昧な返事を返すだけだった。しばらくして落ち着いたのか「少し一人になりたいから散歩に出るわ」と、言い残してどこかに行ってしまった。一緒に行きたかったがそんな雰囲気じゃなくてそっとしといた。一応使用人と思わしき服装の女性が付いていったので大丈夫だろう。それっきり彼女に会えていないけど。



「勇者様、私がこんな事を申すのは国に対する不敬ですが、この国が嫌なら他国へ渡るのもいいかもしれません」



 側で控えていた兵士が俺に同情したのか、アドバイスしてくれた。



「私は戻らねばならないので、これで失礼します」と、俺に挨拶してから去って行く。兵士の足音が聞こえなくなると、椅子から立ち上がって窓の外をそっと覗いた。少し離れた場所でこちらの様子を探っている男性が見えた。俺を見張っているのか、見守っているのかのどちらかだろうな。



 さすがに一人にはしないか。これでも一応勇者だしな。



 離れた位置で俺をずっと見張りながら、王宮のお偉いさんに報告するんだろうな。



 少しくらい俺のことを心配してくれてもいいのに。



 それも仕方ないか。俺も一応勇者だけど、役立たずだと皆に思われている。能力値を測られた時に最低ランクだったからな。反対に朝倉さんは勇者に見合うだけの能力を兼ね備えている。彼女の訓練を指導している教官と話す機会があった時に教えてもらった。



 最低ランクな俺の訓練は朝倉さんとは別メニューだ。彼女の訓練に俺ではついていけないと教官から真顔で言われた。



 最初は俺もこんなボロ小屋じゃなくて、王宮に住んでいたし、文句も言わず訓練を頑張っていた。


 この生活がずっと続くのかと思っていたら違った。


 落ちこぼれのせいか、訓練を重ねる度に評価がドンドン下がっていく。誰かが口に出さなくても理解していた。毎日提供されている料理の質が露骨に下がっていたからだ。頑張った対価にしては酷すぎないか。



 訓練を続ける元気もなく、気落ちした俺は朝倉さんに会うために面会をお願いしたんだが、彼女に断られた。



 理由を聞くと、足を引っ張られたくないし、邪魔して欲しくないんだと。



 かなり落ち込んだ。



 だって、友人ではないけど、この世界で唯一の同郷の人間で、同じ学校に通っている間柄なんだぜ。もうちょい心配して労ってくれてもいいのに。



 そんなもんだから、俺には召喚した目的を教えてもらえなかった。



 俺は信頼されていないからだろう。



 陰口を言われた事もあった。王宮の廊下を歩いている時に、使用人達が俺の事を話しているのを偶然聞いてしまった。



 俺は勇者ではなく、召喚に巻き込まれた普通の人なんだと。



 嫌なことがあると、お酒が呑みたくなると親父が言ってた気持ちが分かった。



 この国で勇者を召喚したのは俺たちが初めてじゃなくて、過去に何度もあったらしい。これまで召喚された勇者は本来一人だけで、男性と決まっていた。それが今回は二人も召喚されたんだ。最初は朝倉さんより俺の方がもてはやされたが、直ぐに彼女に称賛が集まった。



 朝倉さんが女性と言うことで怪しんでいた家臣達もいたが、彼女はそれを結果で黙らせた。



 歴代最高記録という訓練結果で。



「だいたい、こっちの人間って、俺たちを誘拐している自覚がないんだよな。困った時に助けてくれる便利な存在なんだと、自分らに都合のいい解釈をしている」



 詳しく教えてもらなかったけど、勇者の召喚にはかなりの代償を払っているらしい。だから連発は出来ないと聞いた。何を困っているのか知らないけど、他人任せにするくらいなら自分達が必死になって対処すればいいのに。



 この国の人たちは勇者を妄信し過ぎだ。

 勇者様ならなんとかしてくれると本気で信じている。過信は危険だと思うが、俺の役立たずぶりが、思想を断ち切るきっかけに役に立っていると思いたい。



 それと王族は勇者の子孫を狙っている節がある。お見合いしてはどうかと勧められた事があるからだ。せっかくなのでと会ってみたが、あっちが乗り気でないのが分かっていたので断りを入れた。



 多少は粘られると思ったが、あっさり引かれた。



 最初は王女様だったけど、お見合いが失敗する度に別の人を紹介された。



 紹介される度にどんどん相手の爵位が下がっていき、最後は王宮で働く平民の使用人だった。



 俺勇者なのに、どんだけ人気ないんだよ。



 最後にお見合いした使用人の女の子に結婚の意思は無く、友達になろうと伝えたら「ごめんなさい」と謝られた、



 友達の価値も無いって、酷くないか?



 召喚された直後は着飾った可愛らしい女性達に毎日話しかけられていたのに、今ではこのざまよ。もう用がないなら元の世界に返して欲しいわ。続きが気になっている漫画とかあるのに。



「勝手に期待してといてさ、失望したからってホントないわ。スマホに召喚拒否の機能があるなら、今直ぐにでも有効に設定するのに」



 スマホで思い出したが、日本から持ち込んだ荷物は、着替えも含めて全て取り上げられた。この世界ではどんな影響があるか分からないと言われたけど、よくよく考えたらおかしくないか?



 俺としては、意図的だと思う。元の世界を忘れさせて、こっちに馴染ませるために。




「よし、この国を出よう」



 決意した俺は、腰ひもに結び付けた布袋にお金をしまってから外に出た。



 周りを見ると、俺を見張っていた人は4人いることがわかった。



 勇者を殺すとその国に呪いを受けると聞いたことがある。なので彼らが俺に攻撃してくることはないと信じたい。



 聞いた話なんで、油断はしない。



 本当なら王宮に出向いて挨拶したり、持ち込んだ荷物を回収したかったが、話し合いで揉めたら困るので行くのは止めた。



 見張られてるが、関係ない。

 もう国を出ていくと決めたから。




 乗合い馬車の案内所にたどり着くと、受付のお姉さんから情報を仕入れた。



 乗合い馬車で行ける国は、ラスティオ帝国。その次がユーゴラルム共和国。最後がリリス聖王国。



 金が足りなくて、ラスティオ帝国しか選択肢が無かった。運賃は金貨二枚。



 料金を支払い、ラスティオ帝国行きの乗り合い馬車の場所まで向かおうとした時に「勇者様、お待ちください」と、呼び止められた。



 俺を見張っていた一人だ。

 年若い糸目の男。平民を装っている服装だな。



「何か用か? 俺は忙しいのだが」

「どこに行かれるのですか?」

「あんたに伝える必要があるのか?」

「貴方はこの国の勇者なんですから、出て行かれるのは困ります」

「俺が役に立たないことは知っているだろ? そんな人間に拘る必要性を感じないけどな」

「ここだけの話ですが、遠くない日に戦争が起きると予言されています。その為に勇者様の力が必要なんです」


 俺たちを召喚したのは、そんなくだらない理由だったのか。

 今更教えてもらっても、関心ない。



「俺は弱いから直ぐに死ぬぞ。だから好きにさせてくれ」

「……この国と敵対する意志はありますか?」

「ねえよ。恨んじゃいるが、朝倉さんが残っているし、敵対するほど嫌ってはいない」

「そうですか。分かりました。勇者様の言葉は陛下にお伝えしておきます。ではお気をつけて」


 俺に頭を下げると男は城に向かうのか、走り去って行った。


「なんか拍子抜けしたな」


 無理やり縛られて城に連行されると警戒したが、やけにあっさり引き下がった。


 考えても仕方ないので、俺は馬車の近くにいた業者に金を払って荷台に乗り込んだ。



「ラスティア帝国まで三日か」


 俺の呟きに誰も答える者はいなく、馬車はゆっくりと走り始めた。日本の道路のように整備されていないので、ガタガタと揺れるが、それもしばらくしたら慣れた。


 道中で魔獣とか盗賊などが襲ってくるのかと思って夜はびくついていたけど、特に何も起こらず無事にラスティア帝国に行く国境門に辿り着いた。馬車を下りて業者に礼を言って別れた。



 ラスティア帝国へ入国する者達の列に並び、自分の番が来るのを待つ。緊張しながら検問の兵士に身分証を呈示した。何か言われると疑っていたが、杞憂に終わった。そして無事に入国出来た。



 国境から少し歩いた先に宿場があると教えてもらっていたので、そこに向かう事にした。



 歩いている時に勇者について頭をよぎった。



『勇者を殺した国は呪いを受ける』



 足を止めて振り返り、ウェルネス国の方を見る。



「もしかして、厄介払いするために、他国へ誘導したのか?」


 馬車に乗る前に、俺を呼び止めた糸目の男があっさり引き下がったのも納得だし、それに俺が話し掛けても禄に応えない赤毛の兵士が、他国を進めてきたのも罠だと思う。



 俺は要らない子なのね。

 そんな気がしてたけどショックだ。



 暗い顔して宿場に着いてから、1泊分の料金を支払った。夕食付きで銀貨1枚。金貨1枚は銀貨10枚に相当するから残りは銀貨9枚だ。心許ないが仕方がない。町に着いたら働いて金を稼ごう。


 夕食まで時間があったので、時間つぶしに宿場の隣にある土産物屋を覗こうと外で出た時に子供とぶつかった。7歳くらいの女の子だ。


「悪い!」


 謝ったのに、子供は聞こえないのか、黙って走り去っていく。



 女の子の後姿を眺めていたら、嫌な予感がした。



「財布が無くなってる。やられた!」


 刃物で切られたのか、腰に結び付けていた紐は切られており、お金を入れていた袋が無くなっていた。



 急いで追いかけたが、女の子の後ろ姿は豆粒くらい小さくなっていた。



「くそっ! 逃げられる」



 必死に走っていた時に、頭に名が浮かんできた。



「ブースト」



 名を唱えると、体がふっと軽くなる。足に力を込めて一気に駆け出した。頬に伝わる空気抵抗がさっきより強い。流れる景色の速さも段違いだ。先ほどより数倍の速度で走れている。



 どういう理屈が知らないが、俺はブーストという魔法で身体力が向上している。



 林道と走る少女の姿がどんどん近づいてきた。俺は一気に少女を抜き去って振り返り、逃げられないように両肩を押さえた。



 ハァハァと上がってしまった息を整えながら、彼女に命令する。



「俺の金を返せ! 今すぐに!」

「……ごめんなさい。グスッ。見逃してください。お願いします」



 お金を返すどころか、泣きながら謝りだした。よく見たら着ている服は継ぎはぎだらけでボロボロだ。泣いて謝ってくる姿を見てたら、怒りの感情は消えていた。


「どうして金が必要なんだ?」

「おっ母や弟がずっとご飯食べてなくて……。それで、ごめんなさい。アナタのお金を盗みました」



 お母さんや弟の為か……。



「いいよ。全部持っていきな」

「……いいの?」

「ああ、俺の気が変わらない内に持って行け」

「ありがとう、お兄ちゃん。絶対に恩を返すからね」


 ようやく笑顔になってくれた。

 女の子の泣き顔は苦手だから助かった。



「ふっ。別に気にすんな。早く帰って飯を食わせてやれ」

「うん! あたしはメイ。お兄ちゃんは?」

「俺は恭介だ」

「キョースケ?」

「ああ」

「分かった。キョースケ兄ちゃん。ありがとう。バイバーイ」



 メイは小さな手をブンブン振ってから「じゃあね」と言って走り去った。



「無一文になっちまったが、何とかなるか」



 メイの姿が見えなくなったので、来た道を戻った。


 宿に着くと、そのまま夕食を食べて就寝した。



 翌朝。

 金がない俺は、ここから一番近いエルサスという町まで馬車に乗せてもらうために業者と交渉をした。徒歩だと今日中に着くのは無理だと言われたので必死だったのだ。飯代も無いからな。



 荷物運びなどの下働きをする条件でなんとか乗せてもらえる事になった。



 馬車は順調に進み、後少しで町に着くと思っていたら、事件が起きた。



 荷台に矢が刺さった。

 あっけに取られたら、次々と矢が放たれる。


 馬が暴れた衝撃で俺は外に振り落とされた。



 頭を両手で押さえて、うずくまっていると、武器を持った5人の男達に取り囲まれていた。


「おい! 死にたくなければ大人しくしろ!」


 宝石がついた指輪を沢山はめている偉そうなおっさんが叫んだ。



 プッシュ―――ッ!



 荷台の方から音が鳴ったので見たら、赤い噴煙が立ち上っていた。


「やばい。直ぐに兵士がやって来るぞ! 野郎ども、荷物を盗んで逃げるぞ。邪魔した奴は殺せ!」

「「「「おおーっ!」」」」



 野盗達は馬車に乗っていた業者や乗客に襲い掛かり、地面に切り捨てた。血は流れているが、死んではいないようだ。時間の問題かも知れんけど。



 俺は誰も助けることが出来ずに、その場で震えてうずくまっていた。



「お頭、このビビッてる男もやっちゃいますか?」

「おっ、ちょっと待て。コイツは黒髪で珍しい。これは高く売れるかもしれん。縛って馬車に乗せておけ」

「へい、分かりやした」


 手斧を持った男が俺に近づいてきた。



 諦めかけた時に、馬の嘶く音が聞こえた。



 騎馬に跨った兵士が突撃してきて、そのまま野盗の首を剣で切り飛ばした。



「兵士が来たぞ! 逃げろー!」



 お頭の叫びが合図に野盗どもは林の中に逃げていく。それを後からやってきた多くの騎馬兵達が追いかけて行った。


 30分もしないで騎士達は戻ってきた。手には見たくもない、首だけになった死体をもっている。


「隊長、野党は全て片付けました。一人重傷者が出ましたが、命に問題ありません」


 横一列に並んでいた4人の兵士の一人が代表して報告していた。


「分かった。ごくろう」


 隊長が部下を労うと、俺を見て真っすぐ近づいてくる。



「君はもしかして……。身分証を見せてくれないか?」


 言われた通り、身分証を渡す。


 隊長は身分証を確認した後で、部下達に向かって「急用が出来た。領主様に連絡してくるから、この場の見張りは任せたぞ」と、言ってその場から離れた。



 隊長の姿が見えなくなった時に、顔面に衝撃が走った。



「お前らのせいでアレックが大怪我しただろっ!」



 一人の兵士が俺を殴った。仲間が野盗と戦って怪我したことに怒っているようだ。



 地面に倒れた俺に兵士が馬乗りになって、何度も顔を殴りつけた。鼻血が両方の穴から出て呼吸がしづらく息が苦しい。口の中は血の味がした。他の兵士は俺を殴っている男を止める気配がない。どれくらいの時間殴られていたのだろうか。意識が朦朧とした時に、「止めるんだ! 馬鹿野郎がっ!」と隊長の怒鳴り声が耳に届いた。



 腫れあがった瞼のせいで見えにくい。それに痛くて起き上がれない。顔を横にして近づいてくる隊長を見てると、俺に頭を下げた。



「勇者様、部下達が大変申し訳ございません。後できっちり罰を与えますので、どうかここは堪えてください。今傷を癒します」



 隊長が俺の身体を優しく支えるように抱きかかえ、呪文を唱えると体の痛みが引いていく。しばらくしたら痛みも消え、起き上がることが出来た。



「勇者様。この件は領主様にも報告します。とりあえず私と一緒に領主様の許へ行きましょう」



 俺は隊長と一緒に騎馬で領主の許へ向かうことになった。



「勇者様、ようこそお越し頂きました。我が館でゆっくりと身体を休めて下さい。必要な物がありましたら、メイドに言ってくれたらご用意します」



 なんか知らないけど、領主に歓迎され、しばらく滞在してもいい許可を貰えた。


 金もないし、甘える事にする。


 2日間滞在してから、側にいたメイドに出ていく事を伝えてもらうと、領主がわざわざ部屋までやってきた。



「勇者様。急がなくても、まだまだ滞在しても宜しいですよ」

「ずっといるのも気を遣うし、出ていくよ」

「そうですか。国王様は貴方に感謝しておりましたよ。うっかり勇者を殺しては困りますから。これでやっと邪魔だと思っていたウェルネス国を潰せると仰ってました」



 領主は言い終わると、手に持っていた魔道具を起動させた。まばゆい光を放ち、眩しくて目を瞑る。ゆっくり目を開けると、ガラスのような壁が俺を囲っていた。


「なんだこれは……」



 ドアにノックするようにコンコンと叩いてみたが、硬くて簡単に割れそうな感じがしない。



 試しに壁の正面に立って、前蹴りしてみたが壊すのは無理だと思った。



 俺の行動を余裕の表情で見ていた領主は「無駄ですよ、勇者様。これは暴れまわる魔獣を閉じ込める魔道具です。そんじょそこらの力では破壊できません。勇者様にはしばらくここで滞在してもらいます。食事は届けますので、心配なさらないでください。また後で来ますので」と、言い残して部屋から出て行った。



「なんてことだ。俺が捕まった為に戦争が始まってしまう」



 朝倉さんの顔が浮かんできた。



 無理やり召喚された彼女には戦争なんか関係ない。



 助けにいかないと。



 息をゆっくり吐いた後で、「ブースト」と唱えた。



 身体が軽くなり、さっきより力が溢れているのが分かる。



「くらえっ!」



 力いっぱい握った右拳で思いっきり殴りつけた。


「くっ……。いてぇ……」



 壁は何ともないけど、こっちは手を痛めた。骨折はしてないと思うけど、ひびくらいは入ったかも。



 歯を食いしばり、左手で右手首を掴みながら、じんじんする右手の痛みに耐える。



「駄目だ。これ以上やると、右手がぶっ壊れる」



 魔道具の性能に自信があるのか、この部屋に見張りはいない。

 とはいえ、この状況で逃げ出すことは不可能だ。



「どうしたらいいんだ……。朝倉さん……」



 俺が使える唯一の武器は身体能力を上げるブーストだ。これが駄目なら打てる手がない。

 くっそー。完全に手詰まりじゃないか!



 捕らえられた状態で思考を巡らせてみたが、解決方法がない。


 嘆いていると、ドアが開く音が聞こえた。


 警戒してると、ドアのすき間から見知った顔が現れた。



「メイ!」


 メイは俺に気づくと、嬉しそうに手を振ってきた。


「キョースケ兄ちゃん」

「どうしてここにいる?」

「領主の館から全然出て来ないから、心配して探しにきたの」

「俺の事はいいから早く逃げろ!」

「なんとかするから、ちょっと待ってて」

「ここは危険なんだ。早く逃げてくれ」


 メイは俺の心配を無視して、部屋の中を調べ始めた。


 ハラハラして見守ってると、領主が戻って来てしまった。


「胸騒ぎがして戻ってみれば、ネズミが入り込んでいたとは」



 領主はメイの首を掴んで持ち上げた。



 首を絞められて苦しいのか、メイは足をバタつかせている。



「よせ、止めろ! 大人しくするから、メイを離してやってくれ。頼む!」

「ふふふ。駄目ですよ、勇者様。侵入者を見逃すなんて、領主の沽券にかかわります」

「何でもするから。メイが死んでしまう。頼む、頼むよーっ!」



 メイはだらんと力が抜けたようになって、動かなくなる。それを確認した領主は掴んでいた手を離してメイを床に落下させた。



「私だって、幼い少女にこんな事はしたくありません。勇者様がいけないのですよ。貴方わが国に来なければこの娘も死ぬことは無かった。貴方が殺したと言っても過言ではないでしょうな」



 メイが死んだ?

 俺が悪いのか?

 俺……が?


「うわあああああああああああああっ!」


 俺は両手で壁を何度も叩く。


「メイィィィ! この野郎、殺してやる! お前をぶっ殺してやる!!!」


 涙を流しながら、領主に向かって叫び、一心不乱に何度も壁を叩いた。


 手を怪我したのか、透明な壁に血がこびりついている。


 それでも俺は叩き続けた。


「勇者様、大人しくしてください。貴方に死なれたら困りますからのう。はっはっはーっ」



 領主の笑い声を聴いた瞬間、俺の中で何かがはじけた。


 頭に浮かんだ言葉を叫ぶ。



「フルブースト!!!」



 身体全体にオーラが沸きあがり、俺の身体能力が爆発的に向上した。



「砕けろぉぉぉっ!」



 血で赤く染まった右拳で思いっきり殴りつけた。



 俺の力が上回ったのか、ガラスが砕けるように壁が壊れた。


「ばっ、ばかな……」


 驚いて固まっている領主に一気に近寄ると、振りかぶった左拳で殴りつけた。



 領主はぶっ飛んで壁に激突し、そのまま床に倒れた。



 メイの仇は取ったけど、代償は大きかった。

 右手と右腕は骨折し、もう力が入らない。左手も指が何本か折れている。


「メイ、また戻ってくるから、ゴメン」


 メイの遺体を埋葬してあげたいが、それより少しでも早く朝倉さんの許に行かないといけない。


 領主の屋敷を飛び出すと、ウェルネス国を目指してフルブーストの状態で飛ぶように駆け抜けた。



 砂煙を巻き起こしながら、馬より早く疾走していく。



 一度も足を止めることなく、国境門にたどり着けた。



 誰にも見つからないように木の陰から辺りの様子を探る。


 進軍した後なのか、ラスティア帝国の見張り兵しか見当たらない。


 国境門の奥では煙が上がっており、ウェルネス国の兵士が倒れているのが見えた。



 フルブーストは少し前に切れていた。

 それでも必死に足を動かしてここまで来た時に、体力が限界を迎えた。

 手を両ひざの上に置いて、前かがみの状態で肩で息をする。



「後、少しだ」



 魔力もあとどのくらい残っているか分からないが、「フルブースト」を唱えた。



 見張りの兵士を一瞬で置き去りにする速度で通り抜けた。




 王都を取り囲む城壁の上から兵士が矢を放ち、魔術師達は殺傷能力の高い魔法でラスティア帝国の兵士を攻撃しているのが高台から見えた。



「朝倉さんはどこにいるんだ?」



 歩兵や騎馬隊が入り乱れた戦場を注意深く探していると、おびただしい数の兵士が倒れている箇所があった。



「見つけた」



 血がべっとりこびりついた白い鎧をまとい、剣で敵兵を攻撃している朝倉さんを見つけた。



 俺は高台を飛び降りて、朝倉さんの許に急いだ。



 朝倉さんは体力の限界なのか、ふらつきながら敵兵のひとりと戦っている。



 彼女の後ろから槍を構えた敵兵が近づいているのが見えた。



「この野郎!」



 俺はそいつに向かって駆け出し、飛び蹴りを食らわせる事に成功した。



「朝倉さん、助けにきたよ」



 彼女は応対していた敵兵を切り捨てると、振り向いてから睨んできた。


「私を置いて逃げたくせに今更ね」

「それについては言い訳の仕様がない。ごめん」

「ちょっと貴方、凄い怪我してるじゃない。大丈夫なの?」

「無茶しちゃった。それよりもこの国はもうお終いだ。一緒に逃げよう」

「無理よ。何処へも逃げられないわ。取り囲まれているもの」


 後ろを振り返ると、とんでもない人数の敵軍が奥の方から近づいてきてるのが見えた。



 フルブーストは切れているし、これ以上使えない。



 体内の魔力が残っていない感覚がした。

 体力も限界に近い。これは万事休すか。



 どうやって切り抜けようかと考えていると、「危ない!」と朝倉さんの声が聞えたと思ったら突き飛ばされた。



 倒れた状態で彼女を見たら、槍の穂先が身体を突き抜けて刺さっていた。



 相手は俺がぶっ飛ばした敵兵だった。ちゃんとトドメをささなかったからだ。


 どこに居るのか警戒したら、頭に矢が刺さって倒れていた。味方がやったのか。




 急いで起き上がり、倒れている朝倉さんの許に行く。



 へその下辺りに槍が刺さっているが、抜いていいのか判断に迷う。



「誰でもいい。朝倉さんを救ってくれーっ!頼む。お願いだ!」



 城壁に向かって叫んだが、兵士や魔道師たちはこっちを見てるだけで、何もしようとしない。




『勇者を殺した国は呪いを受ける』




 そうか、そういう事か。

 初めから捨て石にするつもりなんだ。



「チクショー! 朝倉さんはお前達の為に戦ってるんだ。助けろよ!」


 城壁に向かって吠えてると、朝倉さんの手が頬に触れた。


「恭介くん、もういいの。もういいんだよ」

「どうして俺なんかを庇ったんだよ。どうして……俺なんか……。グスッ」



 両目から涙が溢れた。

 朝倉さんの頬に涙が落ちる。



「一緒に召喚された仲じゃない。私がキミを守ってあげようと……思ってたの。……もう……守って……あげ……られ…………な……い」


 朝倉さんは俺を守るために頑張っていたのか。


 たった一人で厳しい訓練に耐えて。



 彼女は眠るように目を閉じると、そのまま動かなくなった。



「ううっ……。うわああああああああああああああああああああああああっ!」



 彼女の身体に顔を押し付けて泣いた。


 泣いて、叫んで、また泣いた。



 朝倉さんをゆっくり地面に下ろして、立ち上がる。



 ラスティア帝国の軍を睨みつけると、「フルブースト!」と唱えた。

 足りない魔力を生命力で補った代償なのか、血を吐いた。



 腕で口元の血を拭うと、俺は彼女の剣を手に持ち駆け出した。



「お前らのせいでっ!!!」



 涙目で睨みつけ、敵兵に近づき、力任せに剣で斬りつける。



 また吐血し、鼻から血が垂れた。




「くたばれぇぇっ!」



 叫びながら、大勢の兵士を斬りまくった。




「ぐっ……」



 いくら力が上がっても多勢に無勢なのか、何本もの槍で身体を突かれた。



 大量の血を吐き、地面に倒れた。

 限界なのか、力が入らない。




 朝倉さん、ごめん。



 視界が暗転し、意識が途絶えた。




 ★★★




「はっ……」



 意識が覚醒した時、自分が教室にいる事が気づく。

 黒板を見ると、召喚される前に受けていた授業内容と同じだった。



 夢にしてはリアル過ぎる。

 血の味も、痛みの感触も覚えている。



 どういう事だ?



 悩んでも答えが出なかったので、夢だという事にした。


 朝倉さんに聞けば何かわかるかもしれないが、違ってたら恥ずかしすぎる。


 休み時間に友人の横山と一緒にトイレに行ってから、教室に戻る時に廊下で朝倉さんとすれ違う。


 彼女は俺を見て小さく手を振って微笑んでいた。


「ちょっと恭介、高嶺の花である朝倉様がお前に手を振って無かった?」

「気のせいだろ」

「いや、絶対そうだよ。どういう関係なんだ。教えろよー」

「何にもないって。彼女を好きな男子に聞かれたどうすんだよ。沢山いるんだぜ?」

「そうだけど、気になるじゃん」



 何度もしつこく聞いてくる横山を無視して教室に向かう。



 教室のドアを開けて入るときに、後ろにいる横山に振り向いた。



「もう巻き込まれるのはゴメンなんだ」



 言いたい事が終わり、横山が何か言ってくる前にさっさと席に戻ろうと教室に足を踏み入れた。



 席に向かおうとした時に「恭介くーん」と、呼ばれて後ろから抱きつかれた。



 朝倉さんだった。



「ちょっと、朝倉さん。誤解されるから離れて!」



 慌てて朝倉さんを引き離した。



 朝倉さんは見せつけるように、自分のお腹を手で円を描くように撫でながら「恭介くん、例のアレ、ちゃんと責任取ってよね」と、言ってきた。




 槍に貫かれた事を言ってるんだけど、誤解されるから。俺の子を妊娠したと思われるから。



 案の定、周りにいた生徒たちは目を見開いて驚いている。




 一瞬沈黙した教室は、隣のクラスに聴こえる音量で皆の驚いた声が響き渡った。



 どうやら俺の巻き込まれは、まだまだ終わらないらしい。



(おわり)


最後の終らせ方は悩みました(^_^;)


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