01-08.シュガシュギ
がたごとと揺れる馬車のなか、チェザーレは満面の笑みを浮かべていた。
救世主アメヤの欠点は、その非人道感だとチェザーレは思う。人をひとだと思わぬような、あの暴力性は許容しがたい。
だからこそ、天空都市でアメヤがみせた行動にチェザーレは感動したのだ。
贅をこらした上層ではなく、薄汚れた下層の孤児院へとかよい、足を欠損した孤児に恩恵で足を授けたこと。
一部始終をみていた訳ではないが、あの瞬間にチェザーレのアメヤに対する好感度はあがった。
チェザーレは、筆記官としてこの旅の追従を言い渡された。旅を記録し、いずれは伝記を編集することになるだろう。
王都でのアメヤは召喚時のことを置いても、救世主とは言い難い暴力性に満ちていた。
だからこそ、最初の街で社会的弱者である孤児のもとへ個人的におとずれたのは、史実としてもチェザーレ個人の感情からしても喜ばしいことだった。
「あの子どもたちは今頃、元気にしているでしょうか」
「ひとり死んだようだよ」
「…………は?」
本に目を落としながら、アメヤは今日の天気の話題を口にするかのように答えた。
「ま、待ってください。なにを言っているんです?」
「ラァは死んだよ。義足が動く恩恵の定義として、本人の生存を設定してたんだ。いまそれを感じないから、ラァが死んだのは間違いないよ」
たんたんと語るアメヤに、チェザーレは信じられず声をあげた。
「あ、あなたがラァを殺したんですか!?」
「殺すわけないだろ。きみはなにを言っているんだ」
「ならなんで……」
「きみがラァだったとして考えてごらん。閉鎖された場所で育ち搾取される日々の中、ある日欠損した足の代わりを手に入れた。さぁ、どうする?」
「えっと、孤児院を出て、より良い生活を探します。あの孤児院がそんなに悪い場所だとしたら、それが正しい道でしょう」
間違ったことは言ってない。絶対に正しいはずだ。それなのに、
「チェザーレは何もみえていないね」
そう言ってアメヤは口角をあげるだけで笑みを作った。
「なぜです!? なにがおかしいのですか!?」
「それが正しいのかもしれないよ。でも、それはきみの考えだ。きみはある種の教育を受けて、外の世界を多少なりとも知っているからでる答えだ。彼女たちも同じだと思うか?」
アメヤの疑問に、チェザーレはこたえられなかった。
あの独特な酸っぱい匂いと、孤児院をかこむ高い鉄柵が脳裏に浮かぶ。
「虐げられた人間は、力を手に入れた瞬間復讐に走る。力でおさえつけたれたのだから、力での報復が道理だよ。ラァは、それを失敗して死んだんじゃないのかな」
「……なぜそこまで言い切れるのです?」
「そういえば、きみはあの孤児院をきちんとみていなかったね。あの場所は、からだに欠損のある少年少女を集めた場所だったんだよ」
チェザーレの脳裏に足を欠損した三人の子どもが思い浮かぶ。身体の特徴以外、ふつうの子だったように思う。しかし、あの広大な土地の工場で働くすべての人が欠損をかかえているとなれば別だ。
「もうわかったかな? 欠損なんて普通のことじゃない。そういった子どもを集めて仕事と寝床を与えているなら、思惑はどうであれ福祉になりえるだろうけど、あの場所は天空都市の下層だ」
チェザーレの脳裏に最悪の想像が浮かぶ。
「……子どもの身体を一部削り取って、労働力にしてたとでも言うですか?」
「そうだね、俺もそれが真実だと思う。
孤児を拾って、欠損させて、従わせやすい駒を作る。洗脳すれば報酬はいらない。もし手のかかる問題児がいれば処分すればいい。かわりを作るのは簡単だ。その駒に子どもを産ませれば良いのだから。
あの工場でなにを作っていたのかは知らないけれど、大人ほどの力を必要としないのであれば、よくできたシステムだと思うよ」
チェザーレは言葉を失った。
それでも必死にあらがいたくて、言葉を探す。
「それをわかっていてそのままにしたんですか!? 見損ないました……! なんのために子どもたちに義足をあたえたのです!?」
「俺は文字通り、一歩を踏みだすための自由をあげたんだ。その自由をどうするかは本人次第だろ。死んだとしても、本人の選択だから僕やきみがとやかく言うことではないよ」
「でも……!」
言い返したいが言葉が出てこないチェザーレ。アメヤはそれをみて嘆息した。
「きみが二度と会うことのない少女の生死にこだわる理由はなに? きみが聞かなきゃ、きみの中で彼女は生き続けただろうけど、それは俺の瑕疵ではないよね」
チェザーレは言葉につまった。
アメヤの言うとおり、この旅を終えたとして天空都市に再来する予定はチェザーレにはなかった。言わなければ、聞かなければ知らなかったこと。だとしても、言葉をかわした人間、それも子どもが死ぬとわかっていたら、先に教えてくれればチェザーレはなにかしら対処のために動けたのだ。
チェザーレは悔しさのあまり、アメヤの人格を否定する言葉を投げつけた。
「あなたは自己中心的、いや、なんて主我主義な人なんだ……!」
「シュガシュギ?」
他者を顧みず、自分自身の欲求を最も優先する考え方。非のない子どもが死んだのに、死ぬことがわかっていたのに、悪びれもせずたんたんと語るアメヤに最大限の皮肉をこめてチェザーレが選んだ言葉だった。
「ああ、主我主義か。いいね、僕にぴったりの言葉だ」
アメヤは悪意から放たれたその言葉を、嬉しそうに噛み締て笑った。
「さぁ、物語をつむぐには最高の話じゃないか? いたいけな孤児の少女に、自由を与えた英雄の章は」
目の前の男は本当に「救世主」なのだろうか。チェザーレの頭に、恐ろしい考えがよぎった。
異界から召喚され、特別な力を得たアメヤ。本来なら緻密な計画のもと、軍を再編成し、女王勅令のもと軍とともに戦地にむかう。
それを彼は、王宮をかき回す事件を起こし、たった三人で旅にでた。
供は、馬車を操る御者と、英雄の物語を綴るための筆記官のみ。
アメヤは最悪で最低な救世主だと改めて思い知ったが、チェザーレは馬車から降りるようなそぶりは見せず、沈黙をつらぬいた。
世界を救うはずのこの旅は、秀でたものが何一つないチェザーレが、ようやく掴んだチャンスなのだ。
チェザーレの葛藤を抱えながら、馬車は次の街へと向かう。
その旅路の末、得るものも残るものも誰も知らない。救世主の旅は、まだ始まったばかりだ────。




