01-06.虚構
よく晴れた青空のした、今日も庭園ではゆったりとした時間が流れていた。
テーブルに並べられたご馳走に、楽団の演奏。あふれるばかりの贅にかこまれた人々は、優雅なひとときを楽しんでいる。
そんな彼らとは対照的に、チェザーレの表情は曇っていた。
天空都市への滞在も四日目。
救世主一行の目的はひとつ────。
馬車一台でむかう一行には、王都から目的地に着くまで補給が必要不可欠だ。旅の補給は、チェザーレとジュータローが必死になって二日目には終わらせた。二日もベットで休めば休息も十分だろう。
だのに現状といえば、だらだらと贅沢三昧な日々を過ごしている。なにか理由があるのかとアメヤに問い詰めてもはぐらかせるばかり。
こうしている間にも、魔族の侵攻が広がっているかもしれない。
それなのに、目の前のアメヤは、薄布をまとった女性を侍らせて、ニヤニヤとだらしのない笑みを浮かべている。
その姿がさらにチェザーレの不満を大きくした。
(芯のある人だと思っていたのに……)
綺麗な表情の裏に、冷酷な面を持った人。チェザーレが知るアメヤとはそういう人だった。王都でも多くの美人がいたが、軽くかわすような余裕さえみせた。チェザーレはそれを目の当たりにして、嫉妬とともに強い憧憬を感じたものだが────。
(はぁ、これじゃまるで別人だ。……別人?)
チェザーレは目の前のアメヤをじっとみる。
大きなソファに深く腰掛け、右足を組んでいる。チェザーレは気づいた。アメヤがいままで、王都でも馬車でも足を組んでる姿を見たことがないことに。もっといえば、今浮かべている左の口角をあげたニヤニヤ笑いには見覚えがあった。
「……ジュータロー?」
アメヤの顔をした彼は、口角をあげた。
「やっと気づいたのか」
「どうして……いや、それより! アメヤ! アメヤはどこです? なにをしているんです!?」
「下層だよ」
「下層!? なにをしに!?」
あのアメヤであれば危険はないだろう。しかし、彼がわざわざ下層を訪れる意図が読めない。
(ただの観光とも思えないし……)
チェザーレは無意識に額をおさえた。治ったはずの傷がずきずきと痛みを訴える。
「さあ? もういいか?」
ネタバラシを終えたとばかりに、ジュータローはすでにチェザーレから気が逸れていた。左右に侍らせた薄着の女性に目をむけ、また下品な笑みを浮かべている。
「はあ……良くはないですけど、まあ今はいいでしょう。僕は下層に行ってみます。あと、その変装はジュータローの恩恵ですか?」
神から授かる「恩恵」は、人智を超えた力。それを授かるのは救世主だけではない。この大陸にも、ごく少数の選ばれたものが恩恵を授かることはある。
チェザーレがじっと様子をうかがっていると、ジュータローは女性から視線を戻し、大袈裟な身振りで帽子を外した。
アメヤの形をしていた人物が、一瞬でジュータローへと変わる。唯一変わらなかったのは、手元にある帽子だけだ。
チェザーレは思わず息を飲んだ。
「残念ながら、オレじゃあない」
(これもアメヤの恩恵か……! 物理のみならず、人の認識まで操作できるなんて……!!)
ジュータローはまた帽子をかぶると、女性との戯れを再開していた。
チェザーレは動揺をおさえながらその場をはなれ、レストロに下層にいくことを告げた。
「もう気づいたのかね。あぁ、賭けは僕の負けだ! ジュータローは役者に向いてないね」
そう言って青年たちと笑いあうレストロ。この場で知らなかったのはチェザーレだけだったのだ。苦い気持ちを感じるチェザーレに、レストロは初日に上昇機構で案内をしてくれた男性をつけてくれた。
男性の用意した馬車に乗ると、十分弱で上昇機構にたどり着いた。初日の道は街を案内するために長く迂回の道を進む、観光だったようだ。
(パノラマとは虚構なのだろうか)
説明のつかぬ気持ち悪さを抱えながら、チェザーレは下層に降りたった。
そこは、下層という名称が相応しい場所であった。豪華絢爛な上層とは違い、古びた木造建築の並ぶ薄汚い街並み。油に酸っぱいものが混じっているような妙な匂いが充満している。人が多いからか活気はあることが何よりの救いに感じられる。黒ずんだ顔で密集している住民を横目に、チェザーレは案内されるがままに馬車に乗り込んだ。
舗装されていない道を、土煙をたてながら馬車は進む。
そうして見えたのは、鉄柵に囲まれた広い敷地だった。敷地の中央に鎮座する大きな建物は、あちこちが腐敗して緑と黒のまだら模様で覆われていた。
「ここは何の建物ですか?」
「工場ですね。こちらにアメヤ様がいらっしゃいますよ」
馬車は、正面の玄関に向かいながら柵にそって進んでいく。チェザーレがぼんやりと敷地を眺めていると、水路の近くの芝生に黒い装束の人影をとらえた。間違えようがない、アメヤだ。
馬車を止め、チェザーレは急いで降りると力の限りの大きな声で呼びかけた。
「アメヤ!!」
「チェザーレ、待っていたよ。そろそろくる頃だと思ってたんだ」




