01-03.庭園
レールの終点。広大な庭園のなか現れたのは、道中にあった数々の建物を凌ぐほどの豪奢な宮殿であった。
宮殿と呼ぶのが正しいかもチェザーレにはわからない。白亜の宮殿である目の前のそれは、屋根と柱しか存在しないにも関わらず、隙間のひとつもなく緻密な装飾がほどこされ、透けた紗布と金で装飾されている。白と金の調和。
その場所で、アメヤたちを笑顔で歓迎したのは一枚の布だけを身にまとった青年だった。
「ようこそ救世主、会えて嬉しいよ。私はレストロだ」
簡素な身なりでもチェザーレにわかることがある。
肌や髪のツヤに、布の質。それから、この天空都市の最上階にいるということ。
目の前の相手が貴族であるという緊張感から身をかたくするチェザーレに対し、アメヤはどこまでもアメヤだった。
「はじめまして、アメヤだ」
笑顔を浮かべて「ここは良いところだね」と軽く返事をしながら青年の手を握るアメヤ。その姿にぎょっとしたチェザーレだが、口を挟める性格でもない。アメヤの後方にジュータローと控えるだけだ。
アメヤに金魚のフンのように付き従い、間も無くして着席したのは綺麗にみがかれた石の長テーブルだった。色とりどりのみずみずしいフルーツや、香辛料がふんだんに使われた肉料理が並んでいる。
出迎えた青年のほかにも、同じように一枚布だけを身にまとった青年たちがテーブルを囲み、アメヤたちを好奇心の目で見つめていた。
「見てのとおり、僕らは遊ぶしかのうがない。娯楽に飢えた高等遊民というやつでね」
レストロは気安い話しかたとは反対に、見定めるような目つきでアメヤたちを見た。
「さっそくで悪いんだが、救世主の実力とはどんなものか僕らに見せてはくれないか?」
彼と同じくテーブルを囲む青年たちが、アメヤたちをニヤニヤとした笑みで眺めている。
レストロの煽るような物言いに、チェザーレは焦った。
アメヤは見ず知らずの人間を鉄の燭台で殴る人間なのだ。しかも相手は貴族、問題を起こしてはまずい。
チェザーレはアメヤを止めるため立ちあがろうとして────指先ひとつも動かせないことに気づいた。背筋に冷たいものが走る。
チェザーレの焦りとは裏腹に、アメヤは綺麗な笑みを浮かべた。
「まずは喉を潤したいな」
アメヤは柱の影に控えた使用人情とした男に目を向けた。その男は主人の指示を仰ごうと、レストロに視線を向けるが、次の瞬間には身体が動いた。
軽やかにステップを踏み、テーブルの周りを踊りながら進む。木靴の踵をリズミカルに鳴らしながら、テーブルの上のレモンとナイフをつかむと、それを輪切りにして空のグラスに一枚乗せ、ガラスのボトルから水を注ぎ入れた。
彼がグラスをテーブルの上で滑らせると、フルーツや肉の皿をジグザグとよけ、アメヤの前でとまった。
「ありがとう」とアメヤは呟くと、そのグラスに口づける。
次の瞬間、レストロ以外のその場の人々が一斉に手を打ち鳴らした。拍手とは違い、同じ力、同じタイミングで起こったそれに、手を叩いた人々までも不可解な表情を浮かべる。
レストロは立ちあがり自分の意思で手を打ち鳴らした。
「素晴らしい! これがアメヤが授かった恩恵か!」
「解説は必要?」
「もちろんだ! しかし我々にも考察する時間をおくれ!」
「もちろん」
アメヤは笑みを浮かべると、背後の噴水がいきおいよく噴き上がった。水柱は意思をもったかのように自由に動き、水神・アリアスの像をかたどる。
「ヒントが必要ならいくらでもどうぞ」
水すらも自由にあやつる圧倒的な力。アメヤの幻想的なパフォーマンスに青年たちは盛り上がり、手をたたき感嘆の声をあげた。口々にアメヤの恩恵を推理するようすを見て、チェザーレはほっと息をついた。
(アメヤがキレなくてよかった。それに……)
都市を訪れた目的は、補給と今後の援助要請。この様子であれば問題なく済みそうだ。
安心したせいかチェザーレはどっと疲れを感じた。慣れない馬車の移動で疲労がたまっている。しかし、珍しい客人を誰もが放っておいてはくれない。
アメヤのまわりからあぶれた貴族の青年たちは、チェザーレやジュータローをかこんだ。ジュータローはともかく、チェザーレの対人能力は低い。
始まったばかりの歓待が、早く終わるようにチェザーレは必死に祈った。
その夜、招かれた屋敷の一室でチェザーレは机に向かっていた。結局歓待は日が暮れるまで続き、身も心もくたくたである。いま寝たい。すぐ寝たい。目をつむればすぐに寝つけること間違いなし。だがチェザーレは、眠たがる身体を叱咤してペンを握った。
チェザーレは筆記官である。
記憶というのは曖昧で、時間がたつほどに都合のいいように作り変えられる。だから今日あったことを記すまでは眠れない。
馬車での移動。昇降機構のおそろしさ。三層に分たれた都市の構造と、上層の豪華さ。それらをひとつひとつ思いだしながら記録していく。
水の神像を思い出したとき、チェザーレの手が止まった。召喚された救世主は、神々より類い稀なる恩恵を受けるが、それにしてもアメヤの使いこなしは異常だ。チェザーレはアメヤの恩恵を知っているが、もし自分が同じ恩恵をいただいたとしてもあのように自在に使えないだろうと思う。現に、今日の歓待でレストロ達青年はアメヤの恩恵がなんの能力か見抜けなかった。
暴力をいとわず、自信家で尊大な振る舞いをするアメヤだが、救世主たる器であることは疑いようがない。チェザーレは彼がおそろしいと思う反面、目が逸らせないでいる。
手が止まっていたことに気づき、チェザーレは頭をふって意識を切り替えると、残りを簡単にまとめて記帳を終えた。
「明日は忙しくなるぞ……」
補給をおこない、要請にまつわる契約書を作成する。相手方とも打あわせが必要だ。アメヤはレストロ達の接待だろうし、ジュータローと協力してせねばと考えながら、チェザーレはそのまま机につっぷした。




