01-01.召喚
しゃらんと、鈴の音が響いた。
それは高やかな天井に反響し、儀式の始まりを告げる。
繊細な竪琴が鈴の響きに寄り添い、そこへ透き通るような笛の音がまじわる頃には、あたりは厳かな雰囲気につつまれていた。
これから始まるのは、女王陛下が自ら執り行う儀式。
歴史に残るこの舞台に、参列者の誰もが期待を抑えきれず、口々に囁きあった。
円形に広がる大広間は、日中だというのに薄暗い。天窓から降りそそぐ唯一の光が、小高くなった中央の壇上を照らしている。
そこへ特別な衣装を纏った女王陛下が現れると、みな一様に口を閉ざした。
静寂の中、彼女が歩くたびに、しゃらんしゃらんと音が響く。大広間の中央にある壇上へとあがり、高く積み上げられた奉納品の前まで着くと、彼女は両膝をつき頭を垂れて祈りを捧げた。
音がやみ、しばしの静寂が場に満ちていく。
────次の瞬間、壇上を囲む燭台が一斉に灯された。
これから披露されるは、火神・アルアスに捧げる舞。
まるで揺らめく陽炎のように、ときに苛烈な焔のように。
陛下が纏う衣が、意思を持った生き物のように激しく乱舞する。
その姿を、チェザーレは瞬きも忘れるほど魅入っていた。これを観たいがために、燭台に火を灯し支柱を抑えるだけの仕事を、数多くの希望者の中から勝ち取ったのだ。ここに来るまで苦労もあったが、目の前の光景は想像以上だ。チェザーレは勝ち取った喜びをあらためて噛み締めた。
するとチェザーレの背後から男性の歌声が轟く。勢いを増していく演舞に合わせ、神官達が祝詞を唱え始めたのだ。古代語というには意味のわからぬ音の羅列。それすらも、チェザーレには神秘的な演出として映った。
合奏と祝詞。重なり合う音に同調し舞は烈しく、燭台の炎も揺らめきを大きくする。
それと呼応するように、壇上に積み上げられた金銀宝石が輪郭をなくし、ほろほろと崩れ赤い光へと変貌し始めた。
(凄い……! 奇跡だ!!)
チェザーレは自身の身体が震えるのを感じた。
視線の先で漂う赤い光は中心へと収束していき、ひとつの赤い球となる────瞬間、爆発的に風が巻き起こった。
目を開けているのが辛く、チェザーレは腕をかざす。薄目で壇上を見つめると、光の球は渦を巻いていた。どんどん明度があがっていき、まぶしさでとうとう目をあけていられなくなった時、唐突に光が弾けた────。
きらきらと光の残滓が舞い散る中、その中心には先ほどまでいなかった何者かの姿があった。
(儀式が成功したんだ!)
歓声が広間を駆け抜けた。注目は一斉に、中央の人物へと向けられる。
つばのついた帽子を被り、身に纏うのはマントコートと細身のスラックス。異様なことに、その全てが漆黒で揃えられていた。
綿とも絹ともどこか違う。それでも確かに、彼が纏っているものが上質な生地であると誰もが悟る。
艶のある整った黒髪に、この特殊な状況でも臆することなく凛と立つ姿。
遠目にもわかる圧倒的な存在感は、彼が救世主なのだと誰の目にも確信をもたらした。
それぞれが感情や思惑をめぐらせている間に、召喚を終えた女王陛下は壇上からすでに去っていた。
交代するように壇上にあがった枢機卿が聖典を開く。進行が再開される────はずだった。
青年の踵が、コツと音をたてた。彼が、枢機卿へと歩みを進める。長いまつ毛で囲われた黒い瞳は弧を描き、友好的な表情を浮かべた彼に、会場中が期待で熱を上げていく。
気をよくした枢機卿が進行をいったん止め、聖典を閉じた瞬間のことだった────。
青年が、肘を振りかぶった。
ごずっ。鈍い音とともに枢機卿が床に倒れた。
何が起こったのか。誰もが理解出来ず一瞬静止したうちに、青年は駆け出し燭台を掴んだ。燭台を支えていた少年が、危険を察知し逃げようとするも遅い。
逃げようとした背後から、青年は振り返りざまに殴りつけた。
飛び散る火の粉と鮮血。
少年はその場で崩れ落ちた。顔の皮膚がべろりとめくれ、真っ赤な血溜まりが広がっていく。痙攣した少年の喉からは濁った喘ぎ声が漏れた。
「うわあああああ!!」
誰が最初に叫んだか。それも分からないほど、悲鳴で場が満ちみちていた。
その間にも、壇上付近にいた者たちが次々に殴り倒されていく。
円形の壇上に扇型に配置された席順は、前列に近いほど身分が高い。前列にいた貴族たちは我先にと出口へ急ぐ。
最悪なことに騎士たちが待機していたのは部屋の後方、それも出口付近。このような状況でも高位貴族に誤って怪我をさせれば、のちに責任を問われるのは騎士たちだ。逃げようとする者たちが邪魔でも押しのけるわけにはいかず、前に出られない状態が続く。
混乱に陥った大広間の中、チェザーレはその場で呆然と立ち尽くしていた。
同僚が血を流し倒れる姿。血だまりの中うきあがる皮膚のしたの白いプツプツ。現実感のない暴力の恐怖。
心臓が今にも破裂しそうなほど音をたてる。手足は指先から凍てつき、逃げようにも足がすくんで動けない。
「あ」
気がついた時には、チェザーレは真っ黒な瞳と目が合っていた。青年は綺麗な笑みを浮かべながら、未だ火の灯る燭台を振りかぶり────




