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近づいてきたのは、君のほう。〜過保護すぎる幼馴染は溺愛中〜

分け合いたいのは、君のほう。

掲載日:2026/01/22

「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第7弾です。(短編シリーズ)

王都防衛騎士団所属のノインと、オルガの関係を描いています。

※本編の時間軸は「心配しすぎなのは、君のほう。」直後の話です。

前作未読でもお読みいただけます。



 騎士団に入ることになったというノインが村を離れて五年ほど。

 立派な騎士になった彼との再会を機に、なんだか同居を続けている。


 それもこれも、こちらの心の準備ができてからでいいと言う彼の言い分によるものだ。


(ありがたいけど、色々ふくざつ)


 でも。


 いつまで経ってもノインが触ることに慣れない自分がきっと、悪い。


 オルガはそう思っていたわけだが、ノインのとんでもない金額の貯金額を聞き、頭がくらくらしてしまった。


 金貨百枚。


 自分のいた村に、家が二軒は建つ。


「明日はお休みだよね?」

「はい」

「じゃあ、買い物行こう?」


 ここ最近、妙に不安がある。


 休日返上で仕事をしていたらしい経緯があるということなので、本当は家でゆっくりしていて欲しい……。


 欲しいけど!


(私がいると、ノインが世話を焼いてくる……!)


 休日は全体的にのんびりしている印象はあるけど。


(おかしいでしょ。私が起きる前には水汲み終わってて(かまど)にも火が入ってるし……)


 いや、それは仕事がある日も同じか。


「買い溜めしようと思ってるんだよね」

「…………」


 微笑んでいるノインに対して、オルガは「うーん」と心の中でうめいた。


(その顔……黙って余計なもの買おうとしてる?)


 やりそう。


「欲しいものとか、ありますか?」


 ほら来た!


「ない、かな。あ、でもノインが好きなものを教えて欲しいかも。

 ごめんね。なんでも食べてるから好き嫌いないのかな~って……私の料理も種類が少ないし」

「好きなもの」

「うん。へへ、ノインの好きなもの、作るよ?」


 おしゃれな料理は無理だけど。頑張る。がんばってみせる!


 ノインは少しだけ目を細めた。


「俺が好きなのは君です」

「……………………」


 ……違う、そうじゃない。


***


 ノインは背も高いし、細身ではあるけどまあ、その、やっぱり騎士ってだけはある。


 騎士団の濃紺の制服も似合うが、こうして普段着で一緒に横を歩いていると……オルガの視線に気づいてノインが微笑んでくる。


(…………やっぱりかっこいいんだよね……)


 なまじ姿勢もいいから、注目を集めている、気がする。


 石畳の広場には常設の市場がある。ここでじっくりと買い物をするのは初めてだ。


(さすが都会……お店がたくさん)


 (ふところ)にある財布が気になり始めた。銀貨と銅貨を別の袋に入れて持ってきたので、残りのお金がすぐわかる。


(足りるよね!? やっぱりこういうのも慣れないと)


「大丈夫ですか?」

「うわあ!」


 ノインの呼びかけに大仰に反応してしまい、「ごめん」とオルガは謝った。


「よ、よし、行くよノイン」

「はい」


 いや、はいじゃないでしょ!?


(無駄なもの買いそうになったら止めないと……)


「なにを買うんですか?」

「うーん、麦粉と、根菜に、乾燥豆でしょ」


 指折り数える。


「玉ねぎも欲しいし、それに野菜も……油……干し肉、ハーブと…………高いけど、塩もいるかな」


 必要とするのはこれくらいだ。


「…………」

「芋はまだあったし………………ご、ごめん。かなり重くなるかも」

「構いません」


 買ったものを入れるための籠を持つノインの笑顔に、さらに言う。


「大丈夫! 私も重いもの持つの得意だから!」

「…………」


 ノインが少し目を細めた。


「力こぶ、外で見せないように」

「ん?」

「危険なので」

「…………? うん? ま、まあ、そう、だね?」



 あまりにも色んな匂いが混在しているので、オルガは戸惑うしかない。


 入口近くにある店には、青物や穀物が多い。


(麦粉は量り売りだよね。うー、銅貨何枚かな)


 とりあえず必要な分は買っておくべきだよ、ね。


 買い物をしていると、なんだかさらにノインをちらちら見ている人がいることに気づいた。


(……そっか。ノイン、ここを巡回してるのかな)


 知っていてもおかしくない。


 そう思って、ハッとした。


 市場の入り口で彼に視線が集まっていたのは、そういうことか!


(なーんだ。なんか変な心配しちゃった)


 ………………へんな、心配?


(ん???)


 心配って、ほらあれでしょ? ノインが余計なもの買うかもしれないから、それでしょ?


 首を傾げていると、商人たちがノインを見てひそひそと話しているのが視界に入る。


(……なにあれ)


 隣をちらりと見れば、ノインは視線をこちらに寄越して口許をゆるめた。


 うーん。


「奥さん、そこの若い奥さん」


 自分を呼んでいるとは思わなかったため、反応が遅れた。


 見れば、野菜売りの店から店主の女性がこちらに笑顔を向けている。


「安くしとくよ。どうだい?」

「…………」


 近寄って、じ、と見つめ、なにを買うか迷ってしまう。

 残る銀貨や銅貨の数を考えると、どうしてもためらいが多く生じる。


「奥さん、なんなら夫婦割引もしてるよ」


 気軽にそう声をかけてこられて咄嗟に片手を「ちがうちがう」と振ってみせた。


「あ、け、結婚、まだ」


 あ。でも。


(割引かあ……ど、どうしよう!?)


 嘘を、ついてもいいのかな。


「では夫婦割引でお願いします」

「ノイン!?」


 自分の財布からお金を出そうとしているので慌ててしまう。


「で、ちょ」

「べつに間違ってはいないと思いますが」

「いやっ、で、でも」


 まだ結婚はしてない。


「あら~。いい男だね。なんか見覚えが…………………あらま、よく見る騎士のお兄さんじゃないかい」


 えっ!?


 オルガは店主とノインを交互に見る。


「雰囲気が全然違うから……驚いたねぇ」


 店主の言葉に、ノインが柔らかく微笑む。


(ちょ!?)


「あらやだ。笑うともっといい男だね。オマケしてあげようか」

「ありがとうございます」

「いいんだよ。奥さんと仲良くね」


 快活に笑う店主が機嫌よくオマケまでくれた。


 買ったものを籠に入れて、次の店へと進む。


「良かったですね」

「いや、うん」


 喜ぶべきところだ。


 それなのに。


(うーん。将来的には、確かにノインは……そうなる、んだけど……)


 ふつうは準備に一年はかかるし、それが当然だ。


 ノインも待つと言っている。だけど、それでいいのかとも思ってしまう。


 早くて半年先になるはず。いくら平民とはいえ、結婚しようと言い出しても簡単にはできない。


(やっぱり一度、村に結婚の報告に戻らないと……)


 でも。


 戻ったらそれはそれで、心配になる。


 ノインは仕事以外にすることがないようで、放っておくと休みもそれで予定を埋めそう、なのだ。


 ぶんぶんと頭を横に振った。


 とりあえず今は買い物に集中だ!



 中央通路を歩いていると、ふいにノインの手が伸びた。

 音もなく男の手首を(つか)み、(ひね)り上げている。


(えっ!?)


 え、なに?


 ぱっと手を離すと(うめ)いた男が地面に膝をついていたが、ノインは身を屈めていた。


「落としましたよオルガ」


 銀貨袋を拾ったノインがオルガに渡してくる。


(???)


 え。あれ!?


(えっ、まさか、スリ!?)


 腰元にあったはずの袋を受け取って戸惑った瞳をしていると、巡回していたらしい騎士が駆け寄ってきた。


 小さな騒ぎになっていたことにオルガは困惑していたが、ノインの騎士服と同じものが視界に入って安堵する。


「ノイン……おまえ、休みじゃなかったか?」


 知り合い?


 オルガの半歩前にいる彼は「はい」と短く答えていた。


「…………ん? 本当にノインか?」

「そうですが」

「いや、ん?」


 なにか混乱しているらしい。


「小隊長、スリです」


 小隊長!?


「あ、ああ。邪魔して悪かったな」


 ちら、と小隊長という騎士がこちらに視線を投げてきたが、男をさっさと連れて行ってしまった。


「の、ノイン、ありがとう」

「……どういたしまして」

「う、うん」


 ()られたことにすら、気づかなかった。


 これがなくなると、ほぼ一文無し状態である。いや、残りもそんなに多いとは言えないけど。


「もっと気をつけなきゃね」

「俺がいる時は大丈夫ですよ」

「毎回ノインを連れて行けないでしょ?」

「……………………そうですね」

「でもすぐ気づいたね。さすが騎士っていうか、やっぱりノインは私の自慢だな」


 驚いたように軽く目を見開いたあと、ノインが微笑む。


「……ありがとう」

「…………」


 うん、やっぱりその笑顔、よくないと思う。


「でもすごいね。どうやって気づいたの?」

「音です」

「音?」

「はい」


 はい???


 オルガは少し耳を澄ます。


 商人たちの呼び声や、秤の金属音。笑い声をたてて駆ける子どもたちと、その足音。


 …………いや、えっと?


 深く考えてはいけない、やつでは。



(塩も買ったし、あとは…………)


 ん?


「…………」


 ノインがなにか見てる。


 オルガはその視線の先を見遣り、慌てた。


「だっ、ダメダメ!」

「……なぜ」

「蜂蜜は高いから!」


 さっき新しい布も、靴紐だって買っちゃったのに!


 それに。


 どう見ても、ノインの抱える籠が重そう……。


 ちら、とノインがさらに視線を動かす。


「ダメ! 干し菓子もいらないから!」

「…………」


 贅沢品はダメ!


「では白パンは? 好きでしょう?」


 ううう、やっぱり!


(私が好きそうだから見てた!)


 いや、好きだけど! 甘いものは、そりゃあ好きだけど!


「いらないから! 黒パンで十分でしょ!?」

「では、俺が作り……」

「いやいやいや! もおおおお! ノインはちょっと、私に甘いよ!」


 せめて。


「ノインが好きだっていうなら、いいけど」

「…………」


 少し困ったように視線を伏せてくるので、胸が苦しくなる。


「あの、ノインってどんなものが好き? 私以外で」

「………………すもも、ですか」

「スモモ!?」


 意外だ。


 ん?


「それ、私がジャムによくするやつじゃない?」

「そうです」


 そうです???


「君が作るジャムが、好きです」

「………………………………」


 だから。


「なんで全部私基準なの!?」


 そういえば家にもジャムがあった。保存がきくからあるんだとばっかり……。


「私のこと抜きでないの?」

「ないです」


 はっきり言われて、オルガは「はあ」と息を吐いた。


「そんなこと言われたら、なんか、いいのかなって思うじゃない……」


 落ち込んでしまう。


 なにを食べても「おいしい」と言われるのは、まあ、わかるし、言われないよりはいい。


 贅沢な悩みだと思うけど。


 でも無理に好きなものを作れと言うのも、違う気がする。


(太らせるって決めたけど、こんなにケチケチして、できるとは思えない……し)


 ん?


 待って。


 オルガはノインのほうを見遣る。


「ねえ、私の作るジャムが好きって言った?」

「……はい」


 君の作るものは全部美味しいです。


 そう言っていたのに。

 特定のものを挙げてくるってことは。


 それに。


(こっちに来て、作ってないのに)


 心臓が、なんかいたいかも。


(昔から好きだったってことじゃない……)


 もしかしたら、懐かしんで自分でも作っていたとか?


「オルガ、保存瓶買っていいですか?」

「いい……」


 ハッと我に返った。


「だっ、ダメダメ!」


 あぶない。いいよ、って言いそうだった。


 う、うーん。でも。


(夫婦割にしてもらって安く買えたし、オマケももらっちゃったしな……ノインのおかげだし、あんまりダメダメ言うのも……)


「い、一個だけなら」

「はい」

「一個だけね?」

「わかってます」

「だ、だってけっこう買っちゃって重いから、ね」

「……はい」

「あ、私も持つよ?」

「ダメです。あ、広場の出口に焼きたてのパンが売ってますね」

「えっ!?」


 思わずそちらを探してしまった。


(えええええ、いい匂いが漂ってくる……そういえば、王都に来たら買い食いしまくってやろうって思ってたんだっけ)


 結局それは叶っていないわけだけど。


 でも。


(うぅ、でも、さっきノインに無駄遣いだめって……)


「おなかが空きました」


 ノインの言葉が思考を遮った。


「か、帰る? すぐ夕飯にしようか?」


 あ。待って。


 帰ったらまたノインが夕飯の支度しそう!


 ノインが指差す。


「一つ買って、二人で分けて食べませんか」

「……………………」


 きょとんとしてしまう。


「ダメですか? ひとつくらいなら、いいと思ったんですが」

「…………う、ううん。買って食べよう?」

「はい」


 嬉しそうにノインが微笑むので、オルガもつられて笑い返した。


***


「……………………」


 やっちゃった……。


 オルガはテーブルに肘をついて手を組み、うーんと(うな)る。


(仕方ないとはいえ、けっこうお金使っちゃった……)


 けっこうというか、持ってきたものの半分くらいだ。

 残りが銀貨8枚くらいと銅貨少し……。


(ああああ、お肉とかもっと買えば良かった……)


 ノインを太らせるって決めたけど、ついつい残金を考えて控えちゃった。


 もう一包みくらいなら、買っても良かった。油ももう少し……。


(そりゃあ、良いお肉にしたいけど…………騎士って薄給だし、いくら貯金があっても使うのは良くないよ)


 ああ、でも、でも。


「…………っ」


 働くしかない。

 そうすれば、少しは生活の足しになる!


(村に一度は戻って母さんたちに言わないといけないし……なにか仕事を探して、ノインに良いお肉を!)


 考えてみれば、ノインは細いほうだ。

 もっと食べさせよう。そのためにも、仕事を探すしかない!


「……ふ。まぁ、どうやって探すかで悩んでるんだけどね……」


 しょぼん、としなびた野菜のようになるオルガであった。


*****


 後日。


「ノイン」


 声をかけられて、朝礼が終わったばかりのノインはそちらを見る。


「悪いが、近いうちに夜勤に入ってくれないか」

「…………わかりました」

「夜番のほうだ」

「了解」


 じっと見られて、ノインは微かに戸惑う。


「?」

「いや、市場で随分と違って見えたからな」

「……………………」


 サッとノインの瞳に警戒の色が走る。

 そのささやかな変化はとてもわかりにくく、真正面から見ていた小隊長でさえも正確には読み取れないものだ。


「彼女の前だと、露骨に感情を出すんだな。驚いた」

「…………」

「べつに責めてるわけじゃない。

 わかりにくいから、そうしているんだろう?」


 ノインが無言で視線をスッ、と横に逸らす。


「実は、おまえが結婚が決まったと言った時に笑顔を見たのは幻かと思っていたんだ、すまない」

「………………」

「てっきり縁談を断るためかと……副団長も団長も、おまえを近くに置きたがっているからな」


 やれやれと首を振る小隊長のトールに、ノインがなにか思い出すように顔を少しだけしかめた。


「小隊長、あの二人を止めてください」

「う、うーん……おれの立場からは難しいが、気持ちはわかるからな。…………どちらも」


 というか。


「まだ言ってくるのか?」

「………………」

「……………………そうか」


 ……それは、困ったな本当に。



ここまで読んでくださってありがとうございます。

日常(買い物)回でした。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

もしなにか感じるところがあれば、そっと教えてもらえたらさらに嬉しいです。


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