ロスタイム「男1:女1」
「ロスタイム」
(男女どちらでも)
バレンタイン
日本では女から男へチョコレートを贈る日だが、発祥の地であるヨーロッパではチョコレートに限定されず、プレゼントを贈る日である。
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女:おまたせ、まった?
女:そんな定番の挨拶で待ち合わせ場所にいる彼へ声をかけ、少しだけ微笑む。
男:待ってないよ。
男(M):こちらも定番の返しをして歩き始める。本当は30分前から待っていたが、それを伝えるのも野暮だろう。
女(M):今日は2月14日、バレンタイン。世の中のカップルがこぞってデートをするような日のため、周りには男女の2人組か仕事終わりのサラリーマンしかいない。
男(M):しかし、我々はそんな関係ではなく、むしろ_____
女:にしても、やっぱ寒いね。
男:まあ今日は雪も降ったしな。
男(M):まだ春までは程遠く、雪がうっすらと道路に残っている。明日の朝には綺麗に溶けているだろう。
女:去年も降ってたよね、雪。
男(M):そうだったかな、と1年前に思いを馳せる。たしか去年のバレンタインは大喧嘩をしていて仲直りをしたのではなかっただろうか。
それで、泣いている姿に申し訳なくなって、愛おしくて、自分から抱きしめたのだ。
1年前を思い出し、苦しさと懐かしさで目を細める。
女:あ、ねえここ寄ってかない?
男:……相変わらず悪趣味だね。
男(M):いきなり手を引かれて立ち止まるように促され、彼女の指さす方へ視線を向けると、いかにもな外装の建物が、休憩という文字でラブホテルであることを主張してきている。
女(M):郊外にあるこのラブホテルは私たちが会うのにうってつけで、ホテルに行くとなればよく利用していたラブホテルだ。
私たちの関係では外に出ることは滅多になくて、稀にしかきたことはなかったな、なんて思い出してしまう。
男(M):こちらの腕を掴む君の手には少し力が入っていて、意を決して誘ったのだとわかる。
そんな君を見て、そのつもりでいたのかと意外にも思うが、今日はバレンタインだ。
バレンタインに異性と会うのだからそのつもりでもおかしくない。
男:…まあいいよ、入ろうか。
女:……ん。
男(M):自分から誘ってきたくせに恥ずかしそうにして、握っていた手の力が緩まった。
その腕をむしろ掴んで、半ば強引に中へはいる。
見慣れた受付画面を操作して、適当に部屋を選んだ。
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女:あーあ、結局しちゃった。そのつもりなかったのに。
男:誘ってきたのはそっちじゃん。下着までちゃんとしてる癖によく言うよ。
女:万が一を考えただけですー。
男(M):そんな事をいいながら鞄をあさる彼女の手には、前に会ったときの銘柄とは違う煙草とライターがあった。
男:……まだ吸ってんだ。てか銘柄違くない?
女:あー……まあね。
男:たしか前はなんか、カプセル潰す……なんだっけ。
女:オプションね。いまはPeaceだよ。
男:いきなり重たいのになってんな……。なんかあったの?
女:ん?いや、あんたならわかるでしょ
カチン
男(M):そういって煙草に火をつける彼女の薬指には、
自分の指に光るものとは違うデザインの指輪が光っていた。