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白にひずむ  作者: ふらり
第一章 地下室のぼくらは
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5.残酷なきらめきの奥の

 川面がきらめいている。白っぽい砂利が敷き詰められた河原に立っている。川幅は広いが流れは穏やかで、少し先で二又にわかれている。とても楽しい気分で光が水と遊ぶのを眺めている。

 視界の端にオレンジ色の橋の欄干が見え、空の青さによく映えている。澄んだ明るい空に雲がひとかけら浮かんでいる。少し暑い。

 突然、背中に痛みがはしる。強く押された。足が滑り川に落ちる。驚いて叫んでしまう。川の水は冷たく、掌と膝を浅い川底に打ちつける。

 痛みと不安の中、振り返る。数名の少女が立っている。モヤがかかったように顔はわからない。だが一人の少女が心配そうな表情を浮かべていることはなぜかわかる。声は聞こえない。でも唇が何かつぶやいていることもわかる。

『ごめんね』

 多分そう言っている。ほっとする。間違ってぶつかったのだろう。誰だってそういうことはある。大したことじゃない。

 手が差し伸べられる。すがりつくように手を伸ばす。空を切る。逸らされた少女の手に肩を押される。また川に落ちる。

 全身が濡れる。さっきまで暑かったのが嘘みたいに寒い。

 少女たちが笑っている。声は聞こえないし顔もわからないけど、とても楽しそうに笑っていることはわかる。

 髪から顔に伝う雫に紛れて、熱を帯びた水が頬を伝う。


 気づくと、ぼくは廊下に立ちつくしていた。

 いや、もっと正確に言うなら階段の踊り場の手前の廊下に立っていた。

 いつものように一階のカフェテリアへ行こうとしていたことを思い出す。

 今のはなんだろう。

 夢?いや、ぼくたちは眠らないから夢なんて見ない。

 幻覚?

 ふと、前にアビリティの影響を受けて似たような体験をしたことを思い出す。

 シェア系のアビリティなら可能だ。だけど……

 ぼくは廊下を振り返る。部屋は時々入れ替えがあるし、空っぽの部屋もある。どの部屋にどんなアビリティを持つ人間がいるかはわからない。

 誰かが思い出をフラッシュバック、あるいは夢に見て無意識にシェアした、このあたりが妥当な推測だろう。

 川の水の冷たさ、笑われた時の恥ずかしさがリアルにこみあげてくる。嫌な思い出、嫌な夢だ。

 ため息をついて階段を昇る。


 カフェテリアの窓際の席には、すでにジェラとコトリがいた。

 コトリはジェラの背中を撫でていた。ジェラは寝そべりぼんやりと窓の外を眺めていた。

 声をかけようとして固まる。ジェラの全身は穴ぼこ状態だった。何か所も、いや何十か所も体毛が抜けている。

「何があった?」

 ジェラが窓からぼくへと物憂げにゆっくり視線をうつす。

「リグル」

 かすれた声で名前を呼ばれる。

「ばぁちゃんが、やばいんだ」

 どうやら未華子の体調が優れないらしい。ストレスでジェラの体毛が抜け落ちたということか。

「リグル、教えてくれよぉ。ばぁちゃんが薬飲んで寝た後、姫百合のやつが『ジュミョウかも』ってつぶやいてた。ジュミョウって一体なんだ?」

 気分がずしりと重くなる。未華子の命が尽きれば、ジェラも消える。どう伝えるべきか。

「……今度、調べておくよ」

 自分の感情の整理が追いつかず、とっさに時間を稼ぐ。

「ん、頼むよ。なんか姫百合、真剣な顔していたんだ。病気の名前かもしんない」

「うん、わかったよ」

 ジェラは前足で頭を抱えるという猫らしくない仕草をして、

「あー、もう、色々とありすぎだぁ。変な幻覚も見るし」

「幻覚?」

 ジェラは体を起こしやや興奮気味に話し出した。

「ばあちゃんが寝てて暇だからさ、今日の昼間、地下一階をぶらぶらしていたんだ。そしたら、なんかいきなりでっかい橋の上にいてさ。いい天気でさ、川の水もきれいで悪くない気分だった。ところが、突然、ケツや背中がイテってなって、足元に石がコロコロ転がった。あ、ぶつけられた、やっべ、逃げなきゃって焦るんだけど、追いかけられて、ずーっと石をぶつけられるんだ。ひどいだろ?」

 要領を得ない部分もあるが、ぼくが見た幻覚と重なる部分が多い。川も橋も同じものかもしれないし状況も似ている。

 いじめ、という言葉が頭に浮かぶ。幻覚をシェアしている元の人物が同じなのだろうか。

「橋の欄干は何色だった?」

「らんかん?」

「手すりみたいなの」

「んんん、明るい色だったな、赤っぽかった気がするぜぇ」

 オレンジ色に当てはまる。

「誰にやられた?」

「なんか10歳くらいのガキたち。俺だったら絶対やり返すのに、なんか気持ちが負けちゃってて、やられっぱなしなんだよ。悔しかったぜ」

 いじめをする人間が違う。ということは、シェアをしているのは別人なのだろうか。

「コトリはなにか幻覚は見た?」

 尋ねるとコトリは少しの間の後うなずいた。

「見たよ」

「いつ、どんな?」

 コトリはうつむく。今日のコトリにはいつもの明るさがない。ジェラから未華子のことを聞いたせいかと思っていたが、幻覚が関係しているのだろうか。

「今日の夕方頃、部屋にいたら、突然、夜になったの。三日月がキラキラしてて、ジェラの幻覚と同じように何人かに取り囲まれて歩いていた」

「ひどいことされなかったか?」ジェラが心配そうに聞く。

「痛いことはされなかったけど」

「誰に囲まれていたの?」

「大人の男の人たち。顔はぼやけているんだけど」

 コトリが右手の指を折る。

 「1、2、3、4……4人いた。長い壁沿いを歩いて、そのうちに大きくて立派な門の前についた。私を取り囲んでいた一人が鍵を取り出して門を開けた。草や木がいっぱい生えていた。その間から大きなお屋敷が見えた。でも私たちはお屋敷には行かなかった」

「どこに行ったの?」

「土蔵っていうのかな、ずっしりした感じの建物まで連れて行かれた。中はほとんど何もなくて天井がうっすら光っていた。私は何かを探すように辺りを見回した。そしたら突然、肩をつかまれて床の上に押し倒された」

 話の行き先が見えて呆然とする。

「私以外は、みんな楽しそうに笑っていた。床の上は冷たくて埃っぽかった。起き上がろうとしたけど、足首や腕を抑えつけられて起き上がれなかった。一人が私のお腹の上にまたがって顔を近づけてきた。すごく嫌でたまらなくて怖かった」

「んんん?そいつら何しようとしていたんだ?別に殴ったり蹴ったりはしないんだろ?」

 ジェラが混乱したように言う。

「わかんないの、でもすっごい悲しくて辛くて悔しくて」

 コトリは深くうなだれた。ぼくは黙っていた。説明したくなかったし、二人に知ってほしくもなかった。

 コトリが気を取り直したように

「リグルは幻覚見てないの?」と聞く。

「見たよ」

 話を変えるのにちょうどいい。ぼくは自分が見た幻覚について2人に伝えた。

「二人はこれまでにも、こういう幻覚を見たことある?」

 ジェラとコトリは首を振った。

「どういうことだよ、何で俺たちは変な幻覚を見たんだぁ?」

「いくつか理由は考えられるよ」

「理由?」

「例えば、新しいシェア系のアビリティ保有者がきたのかもしれない、もしくは」

 ぼくはジェラとコトリを見つめながら言う。

「地下二階に行ったことが関係しているのかもしれない」

「あの不気味な気配の部屋のせいか?」

「可能性は高いかな。だって昨日の今日だし」

「だから俺は行くの嫌だって言ったんだぞぉ」

「ごめんね、ジェラ、私が行こうなんて言ったから」

 コトリがしょんぼりと謝る。

「まだ地下二階のせいと決まったわけじゃないし、コトリのせいでもないよ」

「そうだ、コトリのせいじゃねー。俺が言いたいのは、もっと俺の意見に耳を傾けろってことだよ」

「うん」

「気分のいい幻覚じゃないけど一回見ただけだしね」

「二度と見たくねー」

「……私も」

 ジェラもコトリも不安そうだった。ぼくはジェラの毛が抜けて穴ぼこだらけの体を見る。未華子の件で精いっぱいなのに、これ以上ストレスがかかるのはまずそうだ。

「遊理に情報がないか聞いておくよ」

「リグル」

 すがるようにジェラがぼくを見る。

「『じゅみょう』の件もなんだけどさ、ばぁちゃんのことも聞いてくれないか?ばぁちゃんは、いつになったら前みたいに起き上がれるようになるとか、どうしたら良くなるとかさ」

 寿命ならジェラの質問はどちらも望みがないが

「うん、わかった」

 ぼくはまた時間稼ぎの言い訳に逃げこむ。

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