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白にひずむ  作者: からり
第一章 地下室のぼくらは
3/29

3.退屈のまにまに

 カフェテリアの窓際の席が定位置となり、ぼくらは深夜のお茶会を繰り返した。

 興味深かったのは、コトリとジェラが何度もぼくの真似をして、幻覚の共有をしようとしたけどうまくいかなかったことだった。

 ジェラは見た目は美味しそうなケーキを創り出したが食べることができない。手にとろうとしてもすり抜けてしまうのだ。

 コトリはフードボックスやドリンクメーカーのボタンさえ押せなかった。

 どうやら見えない友達全員ができることではないらしい。

 フードやドリンクを提供できるのがぼくだけなので、必然的にぼくはお茶会の主催者になっていた。はじめのうちは張り切って色々と工夫をした。ドリンクやフードのバリエーションを増やし、見た目にもこだわった。でも繰り返すうちにお茶会は特別な時間ではなくなった。紅茶もコーヒーも甘いお菓子も、慣れてしまえばただの背景みたいなものだった。

 窓の外の鬱蒼とした黒い森も、枝の隙間からこぼれる月光も、恐れや美しさより平坦な親しみをぼくらに伝えた。

 馴れ合いは退屈だが、裏返せば平和な安らぎでもある。

 ぼくらはダラダラと一緒にいた。話題が尽きて何も話さずぼんやりすることもあれば、3人ともバラバラに好き勝手なことをしていることもあった。

 ぼく自身は割とそんな時間を気に入っていたので、飲み物やお菓子を提供してお茶会を開催し続けた。

 だけど余りにも似たりよったりの時間が過ぎると刺激が欲しくなる。心地よいはずのぬるま湯がもどかしく、熱湯か冷水を注ぎたい欲求にとりつかれる。

 ある夜、コトリが言った。

「ねぇ、リグルって食べ物や飲み物以外は創れるの?」

「多分」

「人間も?」

 ぼくは少し考えてから「多分」と答えた。テーブルの上で気だるく寝そべっていたジェラの耳の先がぴくっと揺れた。

「本当かよ?」

 とあくび交じりに言う。どうやらジェラは疑っているようだった。コトリは目を輝かせて

「見たいな、リグル、ダメ?」とぼくを見つめる。

「いいよ、やってみよう」

 ぼくは目を閉じ集中する。頭の芯が過熱する。ケーキやコーヒーとは桁違いの熱量だった。

「はぁぁ?」

 ジェラが叫んだ。目を開ける。テーブルの横に未華子が立っていた。

「ばぁちゃん?」

 ジェラの声は震えていた。未華子はにこりと笑ってジェラの頭に手を伸ばす。頭から背中にかけて撫でられてジェラの目が潤み、ぼくを振り返る。

「ばぁちゃんの掌だ、撫で方だ!」

「ジェラ」

 と未華子が手を差し出しジェラを抱き上げる。よく見ると未華子の体はところどころ透けて向こう側が見えていた。動きも時々フリーズした。やはり人間を再現するのは難しいな、と考えていたら、全身がブルブルと震え視界に薄くもやがかった。コトリが心配そうにぼくとジェラを見ている。もやが黒ずんで広がり、視界が一瞬、真っ暗に染まる。まずい、そう思い、ぼくはすべてを解除した。

 未華子もテーブルの上の飲み物もお菓子もすべて消えた。ジェラは呆けたような表情で落下した。テーブルの上にいるぼくからは、ジェラがどうなったかは見えない。ぼくの体は硬まっていて、まったく動けなかった。「だいじょうぶ?」とコトリがそばに来てくれたので「ジェラを見て」と頼んだ。コトリは「わかった」と言って翼をはためかせテーブルから飛び降りた。

 もやが徐々に晴れていく。どうにか動けるようになって起き上がり、テーブルの端から顔をのぞかせると、

「元気なばぁちゃん、久しぶりに見た」

 とジェラが嬉しそうに笑った。だが笑顔も声もぎこちなく不安そうにコトリに寄り添いぐったりしていた。

 今回、ぼくはジェラの中の未華子をスキャンして幻覚を創りだした。ぼく自身の処理量は抑えられたが、ジェラにも結構負荷がかかったようだった。

 こうして人間の幻覚を作り出すという遊びは二度と行わないことになった。


 だが退屈は残されて、数日経つと、

「ねぇねぇ、怖い話ししない?」

 とコトリが言い出した。

「怖い話しぃ?」

「そう。百物語とか」

「ぼくらの存在自体がオカルトみたいなものなのに?」

「私たちオカルトなの?」

「幽霊と変わらないよ。実体がなくて見える人にしか見えない」

「あー確かになー」

「幽霊はいないかもしれないけど私たちはいるよ。人間を恨んだり脅かしたりもしないし」

 コトリが拗ねたように頬を膨らます。他にすることもない。コトリの提案を否定する理由はなかった。

「いいよ、やろうよ」

「俺、怖い話なんか知らねぇぞ」

「ジェラも怖いって思ったことあるでしょ。それを話せばいいんじゃない?」

「うん、うん、そうだよ」

 コトリは機嫌を直してうなずく。

「じゃぁまずは提案者のコトリからってことでいい?」

「ふふ、もちろん、いいよー」


「けっこう昔のことなんだけど」

 コトリは真剣な顔で語り始める。

「夏になると私のホストはいつも体調を崩すんんだけど、その年は特にひどくて、ベッドから起き上がれない日が何日も続いていた。全然話もできないし、寂しくてたまらなくなって、私、夢の同期をしたんだ」

「えー、でもさ、夢の同期するとホストに負荷かかってさ、余計、具合悪くならないか?」

「うん」悲しげにコトリはうなずく。「あの頃、私、そのことを知らなかったんだ」

 しんみりとした空気が漂う。

「それで?」とぼくは続きをうながす。

「夢の世界って、少し不安だけど面白い景色や物があるでしょ?ほら前にリグルに見せてもらった絵みたいな」

 ぼくのホストは絵画が好きで部屋には画集がたくさんある。よくぼくにも見せてくれるので、その中で気に入った絵をジェラやコトリにシェアしたことがある。

「ダリかな」

「うーん」首を傾げる。「左にお城の影みたいな木が生えてて夜空や雲や星や月がぐにゃっとしててキレイな絵」

 コトリにシェアした絵画の中で思い当たるのはゴッホの星月夜だった。

「これ?」

 ぼくは宙にその絵を投影する。

「そう、これ」コトリが目を細めじっと見入る。「景色もだけど、この絵の雰囲気、私のホストが見る夢の世界に似てるの」

「へぇ」

「でもあの時は、何もない暗い空間に曲がりくねった一本道が果てしなく伸びているだけだった。私はホストを探して歩き続けた。でもホストはどこにもいなかった。どれくらい歩いたかわからくなった頃に、ぽつんと白いものが宙に浮いていた。ユラユラ動いているみたいで、道もそこにつながっていた。私は走った。近づいて、宙に浮いてるんじゃなくて、壁があってそこに張り付いてるんだってわかった。壁はすごい高くて見上げても終わりがなくて暗闇に吸い込まれていた」

「ちょっと待てよぉ、なにが張り付いてたんだよ?」

 少しの間のあと「私のホスト」とコトリが答えた。

「ホストの体は壁に半分めり込んでいた。頭や手はどうにか動かせていたけど目は虚ろだった。意識ははっきりしないみたいで私のことも認識できていなかった。でも私には、ホストが壁から離れたがっているのがわかった。助けなきゃ、と思って近づいたら弾かれた。ホストのいる場所は透明なガラスで囲まれていた。私はガラスを割ろうと思って叩いた。硬くてびくともしなかった。でも何度も何度も叩いていたら突然ガラスをすり抜けた。私はホストの手をとった。その瞬間、ホストは私を認識したみたいだった。私は力いっぱいホストの手を引っ張った。手応えがあって壁からホストの体がはがれた。ホストは苦しげな叫び声をあげて床に倒れた。私を振り返ったけど、目はまた虚ろになっていて、多分、私を認識できていなかった。ホストはよろめきながら立ち上がってガラスをすり抜けた。私が歩いてきた道は消えていて真っ暗な闇にホストの姿が消えた。私は心配になって追いかけようとしたけど、動けなかった。私はホストの代わりに壁に張り付いてしまっていたから」

「はぁぁ?」ジェラが素っ頓狂な声を上げる。

「ホストと違って私は全然身動きできなかった。怖くて目を閉じた。そしたら急に目の前の景色が変わった。よく知っている天井が見えた。研究室の、私たちの部屋の天井だった」

「なんじゃそりゃ。ホストの夢からはじき出されたってことか?」

 コトリは首を振った。

「私は視線を動かした。盛り上がる布団と横にホストの腕と手が見えた」

 ジェラが訳がわからないというふうに顔をしかめる。

「まさか」ぼくはつぶやく。

「私、ホストの体に入ってホストの視界で物を見ていたんだ」

「えぇぇぇ?」

「それでどうしたの?」

「怖くなってすぐに逃げた」

「逃げた?どうやって?」

「ぎゅっと目を閉じたら私は壁からはがれ落ちていた。ガラスの向こうにここまで来た道が見えた。ガラスに触れるとあっさりすり抜けた。気づくと私は私に戻っていた」

 ぼくの頭の中は衝撃と疑問がぶつかりあい渦巻いていた。

「ホストの体に入れた時、体は動かせたの?」

「ううん、全然」

「こえーよ、なんだよ、それ」ジェラが叫ぶ。「あのさ、コトリ、それ二度とやんない方がいいぜ」

「やってないよ。でもなんで?」

「ホストになるなんて、やっちゃいけないだろ」

 そういうことか。ぼくは怖さの原因を知る。

「禁忌を犯す怖さがあるね」

 ぼくたちにとってホストは親でもあり神でもある。それに成りかわるというのはタブーを越える。“恐れ”というより“畏れ”に近い感覚が、この話の持つ“こわさ”の核心だった。

「ん、そうだよね、わかっているよ」

 コトリはこくりとうなずく。

「その後、ホストはどうなったの?」

「すごく元気になったよ」

「それは良かったな」

 壁から埋もれたホストは精神的な病の象徴で、コトリがそこから救ったということだろうか。

「でもね、それ以降、ホストは私のことを忘れてしまったんだ」

「へ?」

「私の姿も見えないし声も聞こえなくなった」

 ぼくとジェラはしんとだまりこむ。ホストがぼくたちの存在を認識しなくなる、これはぼくたちにとって何より恐ろしいことだ。

 色々な偶然が重なって、数か月前からぼくらはこうして“見えない友達”同士でコミュニケーションをとっている。でも元々は、ぼくらはホストのためだけに存在し、ホストとだけ会話をする。つまりホストに認識されなければ、ぼくらの存在意義は消え失せ、完璧な孤独の中に置き去りにされる。

「それで、どうしたの?」

「どうもしないよ。今もそのまま」

 ジェラが困惑したように

「もう一度、夢の同期をすりゃいいんじゃないのか」と言う。

「夢の中でもホストは私を認識できないの」

 コトリはふぅっとため息をついた。

「おしまい。どう怖かった?」

 ぼくとジェラはきまずくだまりこむ。

「ごめん、暗い顔しないで。はじめのうちは私もつらかったけど、今、ホストは元気で楽しそうだし、その姿を見ているだけで私は幸せなんだよ。ジェラやリグルみたいな見えない友達にも出会えたしね」

「コトリぃ」

 ジェラが涙ぐむ。

 集中して話したら甘いものがほしくなっちゃった、と、コトリはケーキを口に詰め込みながら

「ねね、次の話は誰がする?」

 と、明るい声で言った。

「ジェラ、なにかある?」

 気持ちを切り替えるようにぼくも明るい声をだす。

「いや、俺、怖い話とかねーなぁ。リグルはあるのか?」

「うーん」

「二人ともダメだなぁ。あ、ジェラ、あの話は?」

「あの話?」

 コトリはすっと地面を指さした。

「地下二階の話」

 ジェラが目をむく。

「そういえば、ジェラは地下二階に行きたがらないよね、なんで?」

 ぼくの問いに「だって嫌なんだよ、気持ち悪ぃ」とジェラは歯切れ悪く言って顔を背ける。

「話して話して」

 コトリはチョコクリームで口の周りを真っ黒にしながらねだった。


「俺は退屈だったんだ。ばあちゃんは体調を崩して寝てばっかだし、あの頃はリグルやコトリの存在も知らなかった。だからふらっと地下二階に降りたんだ。行ったことねーし行ってみるか、みたいな軽い気持ちだった。降りた途端、ゾッとした」

「ゾッとした?」

「嫌な気配が辺りに溢れてるんだ。だから俺は逃げ帰った」

 ジェラは、ふぅっとため息をついてコーヒーをピチャピチャ舐めた。そのままくつろぎだして話を続ける気配がない。

「もしかして終わり?」

「お?そうだ、以上だぜ」ジェラは当然とばかりに頷く。

「ストーリーも落ちもない」

「だって他に話すことねーし」

「なんでゾッとしたんだろう?」

「知らん」

「いいこと思いついた!」

 コトリが勢いよく立ち上がる。

「肝試ししよう」

「肝試しぃ?」

 ジェラは意味がわかっていないようだった。ぼくは「いいね」と賛成の相づちを打つ。好奇心が疼いていた。

「行こう、ジェラ」

「ど、どこにだよ」

「もちろん」

 ぼくは視線を床に送る。

「はぁぁ?」

 ようやく察したジェラが激しくうろたえる。

「いこ!地下二階!」

 コトリが楽しそうにテーブルから飛び降りた。


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