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白にひずむ  作者: ふらり
第三章 夢にはぐれる
15/29

15.石を投げられても

 6月の曇り空のある日、高田ハレオが転校してきた。

 教壇の上に立つハレオは、顔が小さくて、背は低めだけど手足が長くて姿勢が良かった。銀色のメガネをかけていて、その奥の目が力強かった。ハレオの視線が教室内をさっと見渡す。目があった気がして思わずうつむいてしまった。

 担任の宮島先生がハレオを紹介した。

「高田の親父さんはTVにも出たことがある民俗学者だ。ネタをいっぱい持っていそうな羽城家に滞在をしている」

 教室がざわつく。良くも悪くも羽城家のことを知らない人間はこの町にはいない。

 ハレオは不機嫌な表情で宮島先生を一瞬見たあと

「どうも」

 とつぶやいた。

「おいおいそれだけか、もっと言う事あるだろ」

「いえ特に」

「元気がないな。そういやお前の親父さん、TV出てた頃はボソボソ喋ってズレたことを言う変人キャラが人気だったよな。真似してるのか?お前も親父さんを見習ってクラスの人気者になれよ」

「親父は正真正銘の変人で、キャラとかじゃないですよ」

「なんだ、キャラじゃないのか」

「ただ他人から馬鹿にするニュアンスで変人と言われるのは気分悪いですね。今後はやめてもらえますか」

 宮島先生の顔と教室の空気が凍りつく。宮島先生は熊みたいに体が大きくて声も堂々と大きくて、逆らえない雰囲気のある先生だった。そんな相手にハレオはきっぱりと言ってのけた。

「冗談だ、冗談、悪かったな」

 宮島先生は困ったように笑ってハレオの背中を叩いた。ハレオの細い体がよろめく。

「お前の体、軽いな、俺は柔道部の顧問だ、良ければ鍛えてやるぞ」

「結構です。部活に入るつもりないですし」

「部活に入ると友達ができるし、学校にも町にも早くなじめるぞ」

 ハレオはため息をついた。

「すみません、そろそろ席につきたいんですが」

「高田、都会からきた有名人の息子のお前からすれば、ここはつまらない田舎町かもしれない。父親の仕事に無理やりつき合わされて不満でくすぶる気持ちもわかる。だが、だからといって周りを拒絶したりバカにするような態度はだめだ、いいな」

 ハレオは驚いた顔で宮島先生を見た。

「委員長、高田の席は一番後ろ、窓際から2番目だ。椅子と机を運んでやってくれ」

「え、でも」

 委員長の金子くんはとまどう。

「いいから」

 金子くんは教室の隅にあった使っていない机と椅子を運ぶ。

 宮島先生が「座りなさい」と言って、ハレオが教壇を降りてこちらに向かってくる。

 これまで一番後ろには私一人だけだった。小学校の頃からずっとそうだった。

 初めて隣の席に人が来た。

 ハレオは私を見ると「よろしく」と言った。近くで見るハレオの目はやっぱり力強かった。銀色のメガネの縁が窓からの日差しにピカッと光った。


 転校初日からハレオは私と同じになった。誰からも話しかけられず、話しかけても返事をしてもらえない。

 宮島先生のせいもある。ハレオをわざわざ私の隣にしたのだから。でも一番大きかったのは、ハレオが時々私に話しかけたせいだ。

「おはよう」とか、「消しゴム貸して」とか、「体育館どこ?」とか、必要最低限の会話だったけど、ハレオは私を教室にいるものとして認めてしまった。私を認めてしまったハレオを相手にしたら、ついでに私まで認めてしまう、だからみんなハレオを無視するようになったのだと思う。

 私とハレオはいないもの。教室に二人、いるのにいない。

 仲間。

 そんな言葉が浮かんで、私はハレオをつい盗み見てしまう。話しかけられることは新鮮で、楽しくて、嬉しい。うまく答えられないことが多いけど、少しずつ慣れてきた気がする。おはよう、は返せるようになった。忘れ物を貸す時も手が震えなくなった。

 でもハレオはたまにしか話しかけてこない。休み時間はずっと本を読んでいるし、下校時間になるとさっさと帰ってしまう。

 私はいつもハレオに話しかけられるのを待っていた。待ちながら過去の会話を思い出し、次はどうやって答えるか、頭の中で繰り返し練習した。

 でも別に話さなくても良かった。ハレオが隣の席にいるだけで、ぼやけていた時間がくっきりとした。明るくなって色がついて吸い込む空気にさえ味があるような気がした。

 生まれて初めて学校が楽しくなっていた。


 ハレオが転校してきてから2週間位が過ぎた頃のことだ。

 放課後、図書館へ向かっていた。川沿いの道を歩いていると肩になにかが当たった。足元に小石が転がった。川の横は田んぼで見通しがいいから、犯人はすぐ分かる。

 小学生が3人、田んぼごしに私に向かって石を投げていた。振り返り立ち止まると「こっち見るな」と怒りながらさらに石を投げてくる。結構離れているのでほとんど当たらない。よくあることで、そのうち誰か通りがかった大人が止めてくれるか、子どもらしくすぐに飽きて彼らはどこかに行く。私は気にしないことにして歩き出す。

 息が止まる。背中が熱くて痛い。足元に転がった石は小石とは言えない大きさだった。

「たたれるものなら、たたってみろよ」

 小学生の一人が叫ぶ。そんなことはできないししないよ、と言いたいけど言えないまま、私は早足になる。

「逃げるぞ」「追え」

 小学生たちは田んぼを越えてこっちに来ようとしているようだった。もう少し行けばこの道につながるあぜ道がある。石を近くで投げられたら当たりやすくなるし、きっともっと痛い。どうしよう。

 ギャッ

 小学生が変な声を上げた。一人が肩をおさえて顔をくしゃくしゃに歪めている。他の一人が私の後ろを指さしている。

 数メートル後ろにハレオがいた。

 ハレオは石を拾って投げた。とてもきれいな投げ方だった。石はこっちを指さしていた小学生の脇腹に当たった。小学生はうずくまる。最後の一人が何かわめきながら負けじと投げ返してくる。でもむちゃくちゃな投げ方のせいか全然当たらない。

「おい、投げ返せ」

 ハレオが私を見た。

「当てなくていい、とにかく数を投げろ」

 気づくと私は石を投げていた。なるべく小さくて軽い石を選んで投げ続ける。石のほとんどは見当違いの方向へ飛んでいった。でも小学生は私の反撃に驚いたようで動きが止まった。

 ハレオがまた石を投げる。小学生の太ももに当たった。余程痛かったのかしゃがみ込み泣き出してしまった。

「お前ら、石は当たると痛いとわかったか、わかったらやめろ。止めないなら次はお前らの目を狙う。一生目が見えなくなるぞ」

 とんでもないことを言い出した。小学生たちは顔を見合わせる。ハレオが石を拾って狙いを定めるようなそぶりをした。しゃがんでいた一人がよろよろと立ち上がり逃げ出した。他の二人も後を追った。

 小学生の後ろ姿が遠ざかると

「本気じゃない、ただの脅しだ」

 ハレオが私に言った。

「本当は関わるつもりはなかった。だがあの子供が気になることを言っていた。“祟れるものなら祟ってみろ”とはどういうことだ?」

 私には祟ることなんでできないけど、町の人はそう信じている。だから皆なるべく私に近づかない。でも子供たちや同級生は時々、何かを試すみたいに関わってくる。

 何かを試す……そう言えば中学1年の時にクラスの女子たちに一緒に帰ろうと声をかけられた。

 いい天気で私たちは川辺に行った。私は彼女たちに誘われたことがとても嬉しかった。川がいつもよりキラキラして見えた。その時後ろで「にやついてる」「キモッ」「キモいやつに肝試ししよう」と言う声が聞こえて、背中を押された。私は川に落ちた。でも祟りは起きなかった。私の制服が濡れて膝がすりむけただけだった。

 祟りはないけど、皆、祟りがあるかどうか肝試しをたがっている、と答えればいいのだろうか。

 考え込んでいるうちに

「教室で一番後ろに一人で座らせられているのと関係あるのか」

 と次の質問をされた。

 関係は、ある。多分。でも私があの席に座ることを決めたんじゃないから本当にそうかはわからない。

 新しい質問だから最初から考え直さなきゃいけない。焦っていると

「別にどうしても知りたいわけじゃないからいい」

 返事が遅すぎたみたいだ。ハレオは私の横を通り過ぎる。どんどん先に行ってしまう。

 置いていかれる不安と、後ろ姿の背中の真っ直ぐさに見とれて目が離せない。勝手に足が動く。私はハレオにひっぱられるみたいに歩き出す。

 ハレオと私の足音が川の音に重なる。どこか弾んで聞こえる。まるで音楽みたいだ。どんよりと曇った空の下、ハレオの白いシャツがうっすら輝いて見えた。

 小さな橋の前で、ハレオが立ち止まり振り返る。

「俺は羽城図書館に行きたいんだがどっちへ行けばいい?」

 橋を渡るか、真っすぐ行くか。行き先が同じだったことに驚きながら、橋を指さす。

「ありがとう」と言ってハレオが橋を渡る。私も渡る。

 ハレオがまた立ち止まり振り返る。私も立ち止まる。

「もしかして図書館に行くのか?」

 私はうなずく。

「ちょうどいい、案内してくれないか」

 意味を理解するのに時間がかかる。分かった瞬間、慌てて何度もうなずく。置いて行かれる前に答えなければ。こういう二択の質問は答えやすくていいな、と思う。

 私とハレオの視線が重なる。時間が止まったような気がした。川の音も遠ざかる。ハレオは困ったような顔をした。

「案内するなら先か隣を歩いてくれないか」

 ハレオに追いつき並んで歩く。橋を渡り終える。農具やトラクターが入った倉庫の前の道を進む。

 ハレオが言う。「俺は野球選手に憧れたことがある。だが体も小さいしあまり体力もなかった。コントロールがよければピッチャーになれるかもしれない、と思い練習しまくった。だがいざ少年野球チームに入ってみてわかった。俺にチームプレイは向かない。キャッチャーに投げる球を決められるのが不快だ。監督の言うことをきくのも嫌だ」

 どうやらハレオは人に何かを決められるのが嫌な性格らしい。

「野球選手をあきらめて、練習時間が無駄だった気がしていたが何でも役に立つものだな。悪ガキを追い払うことができた」

 ハレオはにやりと笑った後、真剣な顔で私を見た。

「次からは自分でなんとか対処できるようになれ。俺がこの町にいる期間は短い。面倒ごとに関わるつもりはないし、最後まで責任をとることができない問題に首をつっこむつもりもない」

 ハレオは私から視線をそらし前方を指さした。

「もしかしてあれが羽城図書館か?」

 林の横にぽつんと立つ建物が見えた。

 私はうなずいた。


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