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白にひずむ  作者: からり
第一章 地下室のぼくらは
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1.地下にすむぼくらは

 午前3時、ドアをすり抜けて部屋の外に出る。

 常夜灯だけが灯る廊下は、薄暗くしんと静まり返っている。

 身長15センチのぼくにとって、廊下は広く長い。規則的に並ぶドアは高くそびえる。遺跡の中に取り残されたような閉塞感を覚える。ここが地下だからそう思うのだろうか。

「リグル」

 名前を呼ばれる。闇の中から猫が現れる。毛ヅヤの悪い白と赤茶のブチ猫。

「へへ、いる気がしたんだよぉ」

 目を細めて体をこすりつけてくる。

「久しぶり、ジェラ」

 ぼくは彼を抱きしめる。見た目よりジェラの体毛は心地よい。

「最近、全然出てこないからさー」

「少し複雑な仕事が入ったんだ」

「あー、リグルはホストにくる依頼手伝ってんだっけ、すごいよな」

「ジェラは最近どうしてた?」

「俺ぇ?もう暇すぎて死にそう。最近、ばぁちゃん、寝てばっかだし、つまんないよ」

 ばぁちゃんと言うのはジェラのホストの未華子のことだ。隣の隣の部屋に住むアビリティ保有者で、何度かあったことがある。

 初めてあった時、彼女はアビリティを使った直後でベッドから起き上がることができずにいた。だるそうに首だけ動かして床の上のぼくを見下ろして

『宇宙人?』と目を丸くした。

 ぼくのモデルはマーモセットというサルだと言うとアハハハとひとしきり大笑いしたあと『ジェラと仲良くしてくれてありがとうね』とささやいた。豪快な笑い声に似合わない儚く優しい笑みが印象的だった。

「夢に同期したら?」

「んー、でもそれやると、ばぁちゃん疲れるみたいで、なんか具合悪くなっちゃうからさ、ヤメたんだ」

 脳への負荷が上がるのだろう。無責任な事を言ってしまった。

 廊下を並んで歩く。

「夜明けのダンス、ダンス♪」

 ジェラは変な歌を口ずさむ。妙にテンションが高い。

「そういえばこの間、俺、コトリのこと噛んだんだ、そしたらあいつイタイイタイって泣き叫んでさ、それっきり部屋から出てこないんだよ。確かに腕に穴あいちゃってたけどさ、大げさだよな。俺たち、ケガなんかすぐ元に戻るし、そもそも痛みなんか感じないのにさー」

「コトリって痛覚ないんだっけ?」

「ないんじゃね?俺もないし」

「ぼくは一応、痛覚あるよ」

「へ?」

「ジェラも感じようと思えば感じられるはずだよ。ぼくたちはホストが知ってる感情や知覚は再現できるから」

「そうなの?」

「ぼくは味覚と嗅覚は最近までなかった。でも、この間、遊理と実験して、コーヒーの味と香りを知った」

「コーヒーってどんな味すんの?」

「色どおりの味だね。苦いよ。香りはいいけど」

「遊理ってリグルんとこの担当研究員だっけ?」

「うん」

「いいなーリグルは。うちの担当研究員には俺のこと見えないんだよ。まーあいつ、やなやつだから、見えてもわかりあえないだろうけどさ」

 遊理にぼくの姿が見えるのは事情がある。でもそれはジェラには言えない秘密だ。

「ジェラの担当、姫百合だよね」

 話をそちらに向ける。

「ん。この間、ムカついたから頭の上に乗ってヒップホップおどってやったんだ」

「それなんの意味あるの?」

「ばぁちゃん、大笑い」

 ぼくは頭の中で状況を整理する。姫百合にジェラは見えない、つまり姫百合のムカつく態度は未華子に向けてということだ、それに腹がたったジェラは、意趣返しとばかりに姫百合の頭上でダンスを踊り未華子を笑わせた、ということか。

「見よ、俺の覚えたてトゥループ・ステップ」

 ジェラは二足歩行になり跳ねるように踊りだす。覚えたてな割にはうまい。でも猫の姿なのでカッコいいよりはコミカルさが勝つ。つい吹き出した。

「笑うなよぉ、リグル、お前も踊れよぉ」

「いや、無理だし」

 しばらく踊って気が済んだのかジェラはダンスをやめる。

「話戻るんだけどさ」と少ししょげた顔で言う。「痛みがあるなら、コトリに悪いことしたかな。痛いって辛いんだろ」

「コトリが痛かったから泣いたとは限らないけどね」

「イタイイタイって叫んでたぞ?」

「言葉は反射的にでただけかもしれない」

「ん?どういう意味さ?」

「痛み自体は知らなくても噛まれたら痛いはずだってぼくたちは知っている。無意識にそのテンプレに沿って言葉が出たのかもしれない」

 ジェラはちょっと考える顔をする。

「もちろん本当に痛かったかもしれないし、そこはわからない。でも涙を流した理由は他にも色々考えられる。驚いたからかもしれないし、悲しかったからかもしれない」

「驚くと悲しいはわかるぞ」

「仲が良いジェラに噛まれるとは思ってなくて驚いた、敵意を向けられたことが悲しかった、のかもね」

 ぼくらはしばらく無言で廊下を歩く。

「今度あったら謝っとくか」

 ジェラがつぶやく。

「いいんじゃない?」

「でもあいつ、全然でてこないんだ」

「出てくるまで待つか、こっちから部屋を訪ねるかだね」

「えー、でも俺、あいつの部屋知らないもん」

「探せば?総当たりすればそのうち当たるでしょ」

「一緒に探そうぜぇ」

「ぼくはいいよ」

「だって俺一人で見つけてもさ、許してくれるかわかんねーし。でもリグルがいたら許してくれると思うんだよね」

「ずるいこと考えてないで、一人で行きなよ」

「頼む」

「ダメ」

「薄情者ぉ」

「許されない可能性も突き放される可能性も受け入れて、勇気を出すことが謝罪の第一歩だと思うよ」

「うっせー、うっぜー」

 ジェラは顔を思いっきりしかめる。猫らしからぬ変顔だ。

「一人で探してやるよ、謝ってやるよ」

 ジェラは変顔のまま再び踊りだした。ふんっ、ふんっと荒い息遣いが廊下に響く。肉体を持たないから息切れなんてしないはずなのに。

 踊り終えたジェラはゼェゼェと苦しげにあえぐ。こうやってぼくらは個体差はあるけど無意識にホストである人間の肉体の法則をトレースする。

「んあ?ここどこだ?いつもの道と違くね?」

 息切れの収まったジェラが周囲を見回す。

「最近見つけた近道なんだ」

 薄暗い廊下は気まぐれに左右に折れ曲がり複雑な地図を描く。地下迷宮、そんな言葉が浮かぶ。

 この迷路のような回廊は、テロやアビリティ保有者を崇拝するカルト組織に侵入された際の防衛手段、という名目らしい。

 実際はアビリティ保有者を閉じ込めるため、アビリティ保有者から普通の人間を守るための措置だ。地下であることも無関係じゃない。逃げ出しづらく封鎖しやすい環境は、アビリティ保有者を外部に『流出』させないように設計されている。

 階段の前にたどり着き、ぼくらは立ち止まる。

「上だろ?はよ、いこ」

 踊るのを止めたジェラが尻尾を勢いよく振り上げる。ぼくが黙って視線を落とすと、

「ちょ、ちょ、ま、まさか下ぁ?」

 と尻尾を不安げに垂らす。

「ううん、上に行く」

 ほっとした様子で

「今日はどこで遊ぶんだよ?」と聞く。

「カフェテリア」ぼくは即答する。

「カフェテリアぁ?いっちばんつまんないだろ。庭がいい、月を見たい、木に登ろうぜ」

「もっと新しくて楽しいことをしよう」

「んなのカフェテリアにはないぜぇ」

「コーヒーの味を教えてあげるよ」

「はぁぁぁ?」


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