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第12話 記憶の中のシャルロット

 その朝、ちょうど朝食を終えた頃だった。


「シャルロット様、お手紙が届いておりますよ」


 ティナちゃんが手にしていたのは、見覚えのある、薄いピンク色の封筒だった。封には、伯爵家の紋章が刻まれている。


(あ、お父様とお母様からだ)


 胸がふわりとあたたかくなるのを感じながら、私は封を開けた。


『最愛の娘シャルへ

 そして、我らが娘の婚約者レオン様へ』


 ——冒頭から、もうすでにテンション高い。たぶん、筆を執ったのはお父様だ。


 手紙の内容を読み進めると、こう書かれていた。




『このたび、我が家の物置部屋より、かつてシャルが愛用していた魔道具が見つかった。

 しかし現在は魔力が失われており、動かすことができない。

 ぜひレオン様に見ていただきたく、我が家にお越しいただけぬかと存じます!

 もちろん、シャルも一緒にね! 苺のパイを焼いて待っているぞ!!』




(やっぱりお父様だった……)


 筆圧で裏抜けしそうな勢いの文字に、思わず苦笑してしまう。。


「レオンさん、これ……」


 私は手紙を差し出すと、レオンさんは一読して、ふっと目を細めた。


「……わかった。魔道具の修復か。確認してみよう」


 あいかわらず簡潔な返事だけれど、たぶん、ちゃんと行ってくれる気がする。


(ふふ、お父様、喜ぶだろうなぁ)

 

 

      *  *

      

      

 手紙を受け取った翌日、私たちはさっそく伯爵邸を訪れた。

 

 応接室でお茶を飲み終えた頃、お母様がそっと立ち上がり、隣の棚から木箱を抱えて戻ってきた。


「実は今日は、これをレオン様に見ていただきたくて……」


 そう言って、そっとテーブルに置いたのは、掌ほどの大きさの、不思議な形をした魔道具だった。

 

 半球状のガラス細工のようで、中央には金属の縁取りが施され、台座の部分には古い刻印が彫られている。


「これは、シャルがまだ幼い頃、毎日のように使っていたものなんです。魔力を記録して、再生する魔道具でして——日記のような、成長記録のような役割を持っていたのですが、ある日、突然動かなくなってしまって」


「ずいぶん前に壊れてしまったのですが……修復できないか、ずっと気になっていたのです」


 お母様が懐かしそうにその魔道具を撫でると、私は思わず身を乗り出した。


「……これ、私が?」


「ええ。覚えてないかもしれないけれど……とても大切にしていたのよ」


 お母様の目がとても優しくて、私は黙って頷いた。

 するとお父様も、いつになく真剣な表情で、ずいと身を乗り出してくる。


「レオン様。もし、お手すきでしたら……この魔道具、見ていただけませんか?」


 レオンさんは軽く目を伏せて頷くと、そっと手袋を外して魔道具に触れた。


「構造は古いけど、意外と繊細だな……少し時間をください」


 そう言って、レオンさんは魔道具を手に取り、慎重にその魔力回路を探るように目を細めた。


(……レオンさん、やっぱりかっこいい)


 私は胸の奥をふわっとくすぐられながら、その横顔をじっと見つめた。 

 



 数分後——


 レオンさんの指先が、魔道具の中央に軽く触れた。

 その瞬間、かすかに「チッ」と音を立てて、魔道具がふわりと淡い光を放ち始めた。台座に埋め込まれた刻印が淡く青白く輝き、宙に光の粒が舞い上がっていく。


「おおっ……!」


 お父様が身を乗り出したと同時に、光の粒が集まり、部屋の中央に、ぼんやりとした映像が浮かび上がった。


 そこに現れたのは、ふわふわの髪をおさげにした、4〜5歳くらいの小さなシャルロットさんだった。まだ幼さの残る輪郭、つぶらな瞳、大きなリボンのついたワンピース。


「お、おおお……!?」


 お父様の声が震える。


 映像の中のシャルロットさんは、小さな椅子に座って、手元のノートに一生懸命クレヨンでお絵かきをしていた。小さな声で、


『……これ、お母様にあげるの』


 と、はにかむように言い、つたない線のハートマークを描く姿が映し出された。


「な……っ」


 お父様が、口元を押さえて震えた。


 次の瞬間、映像が切り替わった。

 今度はふわふわのカーペットに座って鼻歌を歌っているシャルロットさんの姿。


『ら〜ら〜ら〜、おとーさまの おひざは ふかふか〜♪』


「……ぐっ……ああああああ!!」


 耐え切れなくなったお父様が、両手で顔を覆って泣き出した。


「こんなにちいさかったなんてぇぇぇ……っっ!! か、かわいい……我が娘、天使すぎる……っっ!!」


「はいはい、落ち着いてください、あなた」


 お母様がいつものように肩をぽんぽんと叩いてなだめる。


 私は……胸の奥がほんのりとあたたかくなっていた。


(……これ、昔のシャルロットさん)


 まるで宝物のような光の記録を、私はじっと見つめていた。

 



 映像の中のシャルロットさんが、最後に手を振って笑ったところで、ふわりと光が収束し、記録は静かに途切れた。


 部屋の空気が、少しだけ静かになる。 

 

 ソファに寄りかかったお父様が、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、ひとり余韻に浸っている。 

 お母様は隣でお茶を差し出しながら、ふふっと穏やかに笑っていた。

 

 私はというと、どこか胸の奥がくすぐったくなるような気持ちで、そっと呟いた。


「……かわいかったなあ、シャルロットさん」


 ふふっと微笑んでそう言った時だった。

 

 


 ふと気がつくと、魔道具の前に立っていたレオンさんが、じっと動かずに立ち尽くしていた。


 表情は変わらない。でも、どこか考えるように視線を落とし、映像の消えた魔道具をしばらく見つめていた。


(……? レオンさん……?)


 声をかけようとしたけれど、すぐにレオンさんはゆっくりと片手を伸ばし、魔道具をそっと抱えるように持ち上げた。


 何かを言うでもなく、いつもの冷静な動作で、台座ごと布に包む。

 そして無言のまま魔道具を片づけた。

 

 

 

 その後、お母様と私が並んでお茶を飲みながら話しているあいだ、お父様がレオンさんに話しかけていた。


(ふふっ。お父様とレオンさんが話すなんて珍しい)

 

 私は何となく気になって、お母様と話をしつつも、こっそり2人の会話にも耳を傾けていた。

 


 

「ふぅ……やれやれ、ようやく男同士で落ち着いて話ができるというものですな!」


 お父様はそう言いながら、レオンさんの前に豪快に腰を下ろす。


「お義父さんと呼んでいただくには、まだ早いかもしれませんが——まあ、シャルの父親として、少しだけ昔話をさせてください」


 いつになく真面目な口調に、レオンさんは静かに頷いていた。


「……あの子、シャルロットはですね。もともと、とてもおとなしい子だったんです」


 お父様の声はどこか懐かしさを含んでいて、少しだけ柔らかくなっていた。


「ですが、レオン様との婚約が決まる少し前から……急に、言葉を発しなくなりましてな。屋敷の者とも、私とも、口をきこうとしない日が続いて——正直、とても心配しておりました」


「……」


「それが今では、よく笑い、よく話し……あの子があんなふうに笑っているのを見たのは、久しぶりで……いや、ここまで明るく笑っているのは初めてかもしれません。私もセシリアも、本当に、嬉しかったんです」


 そう言って、お父様はふっと目を細めた。


「これは、まぎれもなく——あなたのおかげですね、レオン様」


 その言葉を受けて、レオンさんは静かに視線を伏せた。

 ほんの一瞬だけ、何かを考えるような表情。

 けれど、次に顔を上げたときには、いつもの冷静な顔に戻っていた。


「……いえ。俺は、何も」


「……ふふっ、そうやって謙遜するところも含めて、私はあなたが気に入っているんですよ!」


 と、ここでお父様がバンと手を叩いて立ち上がる。

 そして——ぐっとレオンさんの肩に手を置いた。


「ですが、念のため。念のためですぞ?」


 レオンさんが目を細めると、お父様はぐぐっと顔を寄せ、真顔でこう言った。


「——結婚式までは、手を出すなよ?」


「……」


 レオンさんは言葉を返さず、そっと視線を逸らした。

 お父様の口元がふっと緩み、にやりと笑う。


「いやあ、娘を持つ父親の気持ちというのは、何歳になっても落ち着かないものでしてな!」


 ……そうして、男同士の静かな(?)会話は幕を閉じた。 

 

 

 

 帰り際、伯爵邸の門の前まで、お父様とお母様が揃って見送りに出てきてくれた。


「シャル、またいつでも帰ってくるといい。次は……そうだな、三日後くらいでどうだ?」


「まあ、あなたったら」


 お母様に肩を軽くたたかれ、お父様は名残惜しそうに笑った。


 手を振る私に、2人がいつまでも手を振り返してくれているのが、なんだかくすぐったくて、でも、すごく嬉しかった。


 馬車が動き出し、邸がゆっくりと遠ざかっていく。

 私は隣に座るレオンさんの横顔をちらりと見ながら、ぽつりと呟いた。


「……昔のシャルロットさん、かわいかったね」


 レオンさんはすぐには返事をせず、しばらくじっと窓の外を見ていた。


 風に揺れる木々の間を、午後の陽射しが静かに流れていく。その景色を見つめたまま、レオンさんがぽつりと呟いた。


「……昔のシャルロット、か……」


 それは独り言のようで、でもどこかに引っかかるような、不思議な響きを帯びていた。


 私は、そっと目を伏せる。


 何も言わず、ただ揺れる馬車の中で、その言葉の余韻に包まれていた。

 



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