夏目漱石「三四郎」本文と解説7-5 広田「あの女は自分の行きたい所でなくつちや行きつこない。勧めたつて駄目だ。好きな人がある迄独身で置くがいゝ」
◇本文
広田先生が「君近頃何をしてゐるかね」と原口さんに聞くと、原口さんがこんな事を云ふ。
「矢っ張り一中節を稽古してゐる。もう五つ程 上げた。花紅葉吉原八景だの、小稲半兵衛唐崎心中だのつて中々(なか/\)面白いのがあるよ。君も少し遣つて見ないか。尤もありや、余り大きな声を出しちや、不可ないんだつてね。本来が四畳半の座敷に限つたものださうだ。所が僕が此通り大きな声だらう。それに節廻しがあれで中々(なか/\)込み入つてゐるんで、何うしても旨く不可ん。今度一つ遣るから聞いて呉れ玉へ」
広田先生は笑つてゐた。すると原口さんは続きをかう云ふ風に述べた。
「それでも僕はまだ可いんだが、里見恭助と来たら、丸で片無しだからね。どう云ふものか知らん。妹はあんなに器用だのに。此間はとうとう降参して、もう唄は已める、其代り何か楽器を習はうと云ひ出した所が、馬鹿囃を御習ひなさらないかと勧めたものが有つてね。大笑ひさ」
「そりや本当かい」
「本当とも。現に里見が僕に、君が遣るなら遣つても好いと云つた位だもの。あれで馬鹿囃には八通り囃しかたがあるんださうだ」
「君、遣つちや何うだ。あれなら普通の人間にでも出来さうだ」
「いや馬鹿囃は厭だ。それよりか鼓(つゞみ)が打つて見たくつてね。何故だか鼓の音を聞いてゐると、全く二十世紀の気がしなくなるから可い。どうして今の世にあゝ間が抜けてゐられるだらうと思ふと、それ丈で大変な薬になる。いくら僕が呑気でも、鼓の音の様な画ゑはとても描けないから」
「描かうともしないんぢやないか」
「描けないんだもの。今の東京にゐるものに悠揚な画が出来るものか。尤も画にも限るまいけれども。――画と云へば、此間大学の運動会へ行つて、里見と野々宮さんの妹のカリカチユアーを描いて遣らうと思つたら、とうとう逃げられて仕舞つた。こんだ一つ本当の肖像画を描いて展覧会にでも出さうかと思つて」
「誰の」
「里見の妹の。どうも普通の日本の女の顔は歌麿式や何かばかりで、西洋の画布(カンワ゛ス)には移りが悪くつて不可ないが、あの女や野々宮さんは可い。両方共画になる。あの女が団扇を翳して、木立を後ろに、明るい方を向いてゐる所を等身(ライフ、サイズ)に写して見様かしらと思つてる。西洋の扇は厭味で不可ないが、日本の団扇は新しくつて面白いだらう。兎に角早くしないと駄目だ。今に嫁にでも行かれやうものなら、さう此方の自由に行かなくなるかも知れないから」
三四郎は多大な興味を以て原口の話を聞いてゐた。ことに美禰子が団扇を翳してゐる構図は非常な感動を三四郎に与へた。不思議の因縁が二人の間に存在してゐるのではないかと思ふ程であつた。すると広田先生が、「そんな図はさう面白い事もないぢやないか」と無遠慮な事を云ひ出した。
「でも当人の希望なんだもの。団扇を翳してゐる所は、どうでせうと云ふから、頗る妙でせうと云つて承知したのさ。何わるい図どりではないよ。描き様にも因るが」
「あんまり美くしく描くと、結婚の申込が多くなつて困るぜ」
「ハヽヽぢや中位に描いて置かう。結婚と云へば、あの女も、もう嫁に行く時期だね。どうだらう、何所か好い口はないだらうか。里見にも頼まれてゐるんだが」
「君 貰つちや何うだ」
「僕か。僕で可ければ貰ふが、どうもあの女には信用がなくつてね」
「何故」
「原口さんは洋行する時には大変な気込で、わざ/\鰹節を買ひ込んで、是で巴理の下宿に籠城するなんて大威張だつたが、巴理へ着くや否や、忽ち豹変したさうですねつて笑ふんだから始末がわるい。大方兄きからでも聞いたんだらう」
「あの女は自分の行きたい所でなくつちや行きつこない。勧めたつて駄目だ。好きな人がある迄独身で置くがいゝ」
「全く西洋流だね。尤もこれからの女はみんな左うなるんだから、それも可からう」
夫れから二人の間に長い絵画談があつた。三四郎は広田先生の西洋の画工の名を沢山知つてゐるのに驚ろいた。帰るとき勝手口で下駄を探してゐると、先生が階子段の下へ来て「おい佐々木 一寸下りて来い」と云つてゐた。 (青空文庫より)
◇解説
「一中節」(いっちゅうぶし)
…上方浄瑠璃の一派。江戸中期、都大夫一中が始めた。(三省堂「新明解国語辞典」)
里見恭助…美禰子の兄。「恭助」の初出は5-2。
「「美禰子さんの兄さんがあるんですか」
「えゝ。宅の兄と同年の卒業なんです」
「矢っ張り理学士ですか」
「いゝえ、科は違ひます。法学士です。其又上の兄さんが広田先生の御友達だつたのですけれども、早く御亡くなりになつて、今では恭助さん丈なんです」
「御父さんや御母さんは」
よし子は少し笑ひながら、
「ないわ」と云つた。美禰子の父母の存在を想像するのは滑稽であると云はぬ許である。余程早く死んだものと見える。よし子の記憶には丸でないのだらう」
このあたりの話題から、恭助と原口は懇意と見える。
「カリカチユアー」…(政治漫画などの)戯画。(三省堂「新明解国語辞典」)
「此間大学の運動会へ行つて、里見と野々宮さんの妹のカリカチユアーを描いて遣らうと思つたら、とうとう逃げられて仕舞つた」
…このやり取りから、運動会の時に美禰子が言った言葉は本当だったことが分かる。
「「先刻あなたの所へ来て何か話してゐましたね」
「会場で?」
「えゝ、運動場の柵の所で」と云つたが、三四郎は此問を急に撤回したくなつた。女は「えゝ」と云つた儘男の顔を凝つと見てゐる。少し下唇を反らして笑ひ掛けてゐる。三四郎は堪らなくなつた。何か云つて紛らかさうとした時に、女は口を開いた。
「あなたは未だ此間の絵端書の返事を下さらないのね」
三四郎は迷付きながら「上げます」と答へた。女は呉れとも何とも云はない。
「あなた、原口さんといふ画工を御存じ?」と聞き直した。
「知りません」
「さう」
「何うかしましたか」
「なに、その原口さんが、今日見に来て入らしつてね。みんなを写生してゐるから、私達も用心しないと、ポンチに画かれるからつて、野々宮さんがわざ/\注意して下すつたんです」」(6-12)
「こんだ一つ本当の肖像画を描いて展覧会にでも出さうかと思つて」
「誰の」
「里見の妹の。どうも普通の日本の女の顔は歌麿式や何かばかりで、西洋の画布(カンワ゛ス)には移りが悪くつて不可ないが、あの女や野々宮さんは可い。両方共画になる。あの女が団扇を翳して、木立を後ろに、明るい方を向いてゐる所を等身(ライフ、サイズ)に写して見様かしらと思つてる。西洋の扇は厭味で不可ないが、日本の団扇は新しくつて面白いだらう」。
…「西洋の画布(カンワ゛ス)には移りが悪くつて不可ないが、あの女や野々宮さんは可い。両方共画になる」とは、ふたりが西洋式の新しい女性であること。
「あの女が団扇を翳して、木立を後ろに、明るい方を向いてゐる所」とは、三四郎と美禰子がはじめて三四郎池のそばで出会った場面。
「西洋の扇は厭味で不可ないが、日本の団扇は新しくつて面白いだらう」とは、美禰子が日本と西洋を融合した存在であること。
「兎に角早くしないと駄目だ。今に嫁にでも行かれやうものなら、さう此方の自由に行かなくなるかも知れないから」
…これはやがて現実となる。
「三四郎は多大な興味を以て原口の話を聞いてゐた。ことに美禰子が団扇を翳してゐる構図は非常な感動を三四郎に与へた。不思議の因縁が二人の間に存在してゐるのではないかと思ふ程であつた」。
…池の端で初めて出会った場面を、美禰子も大切に記憶に残していることが分かったからだ。しかも、その構図は「当人の希望」だった。
「結婚と云へば、あの女も、もう嫁に行く時期だね。どうだらう、何所か好い口はないだらうか。里見にも頼まれてゐるんだが」
「君 貰つちや何うだ」
「僕か。僕で可ければ貰ふが、どうもあの女には信用がなくつてね」
…このやり取りを、三四郎はドキドキしながら聞いていただろう。画家の原口に自分は勝ち目がなさそうだ。
「あの女は自分の行きたい所でなくつちや行きつこない。勧めたつて駄目だ。好きな人がある迄独身で置くがいゝ」
「全く西洋流だね。尤もこれからの女はみんな左うなるんだから、それも可からう」
…美禰子は広田と原口からこのように客観的に見られている。美禰子は「西洋流」であり、「これからの女」。
「夫れから二人の間に長い絵画談があつた。三四郎は広田先生の西洋の画工の名を沢山知つてゐるのに驚ろいた」
…佐々木の見立て通り、博識な広田。