夏目漱石「三四郎」本文と解説6-4 広田「イブセンの女は露骨だが、あの女は心(しん)が乱暴だ。野々宮の妹の方が、一寸見ると乱暴の様で女らしい。」
◇本文
能く考へて見ると、与次郎の論文には活気がある。如何にも自分一人で新日本を代表してゐる様であるから、読んでゐるうちは、つい其気になる。けれども全く味がない。根拠地のない戦争の様なものである。のみならず悪く解釈すると、政略的の意味もあるかも知れない書方である。田舎者の三四郎にはてつきり其所と気取る事は出来なかつたが、たゞ読んだあとで、自分の心を探つて見て何所かに不満足がある様に覚えた。また美禰子の絵端書を取つて、二匹の羊と例の悪魔(デヰ゛ルを眺め出した。すると、此方のほうは万事が快感である。此快感につれて前の不満足は益 著しくなつた。それで論文の事はそれぎり考へなくなつた。美禰子に返事を遣らうと思ふ。不幸にして絵がかけない。文章にしやうと思ふ。文章なら此絵端書に匹敵する文句でなくつては不可い。それは容易に思ひ付けない。愚図々々してゐるうちに四時過になつた。
袴を着けて、与次郎を誘ひに、西片町へ行く。勝手口から這入ると、茶の間に、広田先生が小さな食卓を控へて、晩食を食つてゐた。傍に与次郎が畏つて御給仕をしてゐる。
「先生何うですか」と聞いてゐる。
先生は何か硬いものを頬張つたらしい。食卓の上を見ると、袂時計程な大きさの、赤くつて黒くつて、焦げたものが十ばかり皿の中に並んでゐる。
三四郎は座に着いた。礼をする。先生は口をもが/\させる。
「おい君も一つ食つて見ろ」と与次郎が箸で撮んで出した。掌へ載せて見ると、馬鹿貝の剥身の干したのをつけ焼きにしたのである。
「妙なものを食ふな」と聞くと、
「妙なものつて、旨いぜ食つて見ろ。是はね、僕がわざ/\先生に見舞に買つて来たんだ。先生はまだ、これを食つた事がないと仰しやる」
「何所から」
「日本橋から」
三四郎は可笑くなつた。かう云ふ所になると、さつきの論文の調子とは少し違ふ。
「先生、どうです」
「硬いね」
「硬いけれども旨いでせう。よく噛まなくつちや不可ません。噛むと味が出る」
「味が出る迄噛んでゐちや、歯が疲れて仕舞ふ。何でこんな古風なものを買つて来たものかな」
「不可ませんか。こりや、ことによると先生には駄目かも知れない。里見の美禰子さんなら可いだらう」
「何故」と三四郎が聞いた。
「あゝ落ち付いてゐりや、味の出る迄屹度噛んでるに違ない」
「あの女は落ち付いて居て、乱暴だ」と広田が云つた。
「えゝ乱暴です。イブセンの女の様な所がある」
「イブセンの女は露骨だが、あの女は心が乱暴だ。尤も乱暴と云つても、普通の乱暴とは意味が違ふが。野々宮の妹の方が、一寸見ると乱暴の様で、矢っ張り女らしい。妙なものだね」
「里見のは乱暴の内訌ですか」
三四郎は黙つて二人の批評を聞いてゐた。何方の批評も腑に落ちない。乱暴といふ言葉が、どうして美禰子の上に使へるか、それからが第一不思議であつた。 (青空文庫より)
◇解説
広田を大学教授に推薦する文章を雑誌に掲載した佐々木。
「与次郎の論文には活気」があり、「読んでゐるうちは、つい其気になる。けれども全く味がない」。「のみならず悪く解釈すると、政略的の意味もあるかも知れない書方である」。広田を無理やり大学教授にしようという計略が透けて見える文章。語り手は、「田舎者の三四郎にはてつきり其所と気取る事は出来なかつた」が、「読んだあとで、自分の心を探つて見て何所かに不満足がある様に覚えた」とする。
三四郎は、佐々木の文章と美禰子の絵端書を比べる。美禰子の方は「万事が快感である」のに対する、佐々木の文章の「不満足」さ。
「美禰子に返事を遣らうと思ふ」が、「絵がかけ」ず、「文章にしやうと」しても、「此絵端書に匹敵する文句でなくつては不可い。それは容易に思ひ付けない」。結局美禰子への返事は書けずじまいだった。
「愚図々々してゐるうちに四時過に」なり、「袴を着けて、与次郎を誘ひに、西片町へ行く。勝手口から這入ると、茶の間に、広田先生が小さな食卓を控へて、晩食を食つてゐた。傍に与次郎が畏つて御給仕をしてゐる」。
広田と佐々木の夕食でのやり取りが滑稽実を帯びている。佐々木は先生を尊敬しているのかバカにしているのかわからない面白味。
「袂時計程な大きさの、赤くつて黒くつて、焦げたものが十ばかり皿の中に並んでゐる」。あまりうまそうにも思えない、「馬鹿貝の剥身の干したのをつけ焼きにした」ものだった。「僕がわざ/\先生に見舞に買つて来た」という割には、すぐ近所の「日本橋から」買ってきたものであり、「三四郎は可笑くなつた」。
あまりに「硬い」貝のむき身を、「里見の美禰子さんなら可いだらう」と想起する佐々木。「あゝ落ち付いてゐりや、味の出る迄屹度噛んでるに違ない」。硬くてとても噛めない貝のむき身の引き合いに出されては、美禰子もいい迷惑だろう。この場面のやり取りを知ったら、彼女が立腹することは必定だ。おまけに彼女の人物批評まで始まってしまう。佐々木は、美禰子も貝のむき身と同じように「食えない女」と言いたいのだ。
〇美禰子批評
・広田…「あの女は落ち付いて居て、乱暴だ」。「イブセンの女は露骨だが、あの女は心が乱暴だ。尤も乱暴と云つても、普通の乱暴とは意味が違ふ。野々宮の妹の方が、一寸見ると乱暴の様で、矢っ張り女らしい」
・佐々木…「えゝ乱暴です。イブセンの女の様な所がある」。「里見のは乱暴の内訌」
・三四郎…「何方の批評も腑に落ちない」。「乱暴といふ言葉が、どうして美禰子の上に使へるか、それからが第一不思議」。
「内訌」…「内紛」の意の漢語的表現。(三省堂「新明解国語辞典」)
広田と佐々木の考察によると、美禰子は、【落ち着き+心が乱暴・乱暴の内訌】であり、女らしくない乱暴さを持った人ということ。彼女は、体の内側・心が乱暴である人だ。三四郎も「不思議」だったように、ふたりが用いる「乱暴」の定義が曖昧だ。
よし子はふるまいや言葉遣いが乱暴に見えるが、実は女らしい。
それに対して美禰子はふるまいや言葉遣いは落ち着いているが、実は心の中は内紛状態。
落ち着いて見える人が、実は激しい感情を持っている。ましてや美禰子は、自分を「ストレイシープ」と定義する。人生に迷う彼女は、あてなき旅路の途中にある。