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夏目漱石「三四郎」本文と解説1-5「三四郎は二十三頁の前で一応昨夜の御浚(おさらひ)をする気である」

◇本文

 三四郎は此男に見られた時、何となく(きま)りが悪かつた。本でも読んで気を紛らかさうと思つて、革鞄(かばん)を開けて見ると、昨夜の西洋手拭(タウエル)が、上の所にぎつしり詰まつてゐる。そいつを(わき)へ掻き寄せて、底の方から、手に(さわ)つた奴を何でも構はず引き出すと、読んでも解らないベーコンの論文集が出た。ベーコンには気の毒な位薄つぺらな粗末な仮綴(かりとぢ)である。元来汽車の(うち)で読む了見もないものを、大きな行李に入れ損なつたから、片付ける序に提革鞄(さげかばん)の底へ、(ほか)の二三冊と一所に放り込んで置いたのが、運悪く当選したのである。三四郎はベーコンの二十三頁を開いた。他の本でも読めさうにはない。ましてベーコン抔は無論読む気にならない。けれども三四郎は恭しく二十三頁を開いて、万遍なく頁全体を見廻してゐた。三四郎は二十三頁の前で一応昨夜の御浚(おさらひ)をする気である。

 元来あの女は何だらう。あんな女が世の中に居るものだらうか。女と云ふものは、ああ落付いて平気でゐられるものだらうか。無教育なのだらうか、大胆なのだらうか。それとも無邪気なのだらうか。要するに行ける所迄行つて見なかつたから、見当が付かない。思ひ切つてもう少し行つて見ると()かつた。けれども恐ろしい。別れ際にあなたは度胸のない方だと云はれた時には、喫驚(びつくり)した。二十三年の弱点が一度に露見した様な心持であつた。親でもあゝ(うま)く言ひ()てるものではない。……

 三四郎は此所(こゝ)迄来て、更に悄然(しよげ)て仕舞つた。何所(どこ)の馬の骨だか分からないものに、頭の上がらない位 ()やされた様な気がした。ベーコンの二十三頁に対しても(はなは)だ申訳がない位に感じた。

 どうも、あゝ狼狽しちや駄目だ。学問も大学生もあつたものぢやない。甚だ人格に関係してくる。もう少しは仕様があつたらう。けれども相手が何時(いつ)でもあゝ出るとすると、教育を受けた自分には、あれより(ほか)に受け様がないとも思はれる。すると無暗に女に近付いてはならないと云ふ訳になる。何だか意気地がない。非常に窮屈だ。丸で不具(かたわ)にでも生れた様なものである。けれども……

 三四郎は急に気を()へて、別の世界の事を思ひ出した。――是から東京に行く。大学に這入る。有名な学者に接触する。趣味品性の(そな)はつた学生と交際する。図書館で研究をする。著作をやる。世間が喝采する。母が嬉しがる。と云ふ様な未来をだらしなく考へて、大いに元気を回復して見ると、別に二十三頁の中に顔を(うづ)めてゐる必要がなくなつた。そこでひよいと頭を上げた。すると筋向ふにゐたさつきの男がまた三四郎の方を見てゐた。今度は三四郎の方でも此男を見返した。

 (ひげ)を濃く生やしてゐる。面長の()せぎすの、どことなく神主じみた男であつた。たゞ鼻筋が真直に通つてゐる所丈が西洋らしい。学校教育を受けつゝある三四郎は、こんな男を見ると屹度教師にして仕舞ふ。男は白地の(かすり)の下に、丁重に白い繻絆(じゅばん)を重ねて、紺足袋を穿()いてゐた。此服装から推して、三四郎は先方を中学校の教師と鑑定した。大きな未来を控へてゐる自分から見ると、何だか下らなく感ぜられる。男はもう四十だらう。是より先もう発展しさうにもない。 (青空文庫より)


◇解説

「三四郎は此男に見られた時、何となく(きま)りが悪かつた」

…前夜に知らぬ女と一夜を過ごした罰の悪さ。


「本でも読んで気を紛らかさうと思つて、革鞄(かばん)を開けて見ると、昨夜の西洋手拭(タウエル)が、上の所にぎつしり詰まつてゐる」

…昨夜の悪夢が再びよみがえる。だから彼はその忌まわしいものを「(わき)へ掻き寄せ」た。そのタオルは、夏の夜の暑さと見知らぬ女との同衾による冷や汗で、まだ湿っているだろう。


「底の方から、手に(さわ)つた奴を何でも構はず引き出すと、読んでも解らないベーコンの論文集が出た」

…なんでもよかった手慰みに「運悪く当選」してしまったベーコンが気の毒だ。さらに「気の毒」なのは、その「薄つぺらな粗末な仮綴(かりとぢ)」。「読んでも解らない」が面白い表現。語り手の三四郎への批評がうかがわれ、また実際に三四郎がそんな無用の長物をカバンに入れておく滑稽さ。


「三四郎はベーコンの二十三頁を開いた。他の本でも読めさうにはない。ましてベーコン抔は無論読む気にならない。けれども三四郎は恭しく二十三頁を開いて、万遍なく頁全体を見廻してゐた。三四郎は二十三頁の前で一応昨夜の御浚(おさらひ)をする気である」

…漱石の作品には、読む気もないのに本を開く男の場面が他にも登場する。開かれた本にとってはいい迷惑だが、読書の体裁を取ることで、登場人物はいくらでも空想を(たくま)しくすることができる。その設定も面白いし、昨日の反省を「御浚(おさらひ)」と喩えたのも面白い。

たとえば夏目漱石「こころ」下・先生と遺書十三には次のような場面がある。

「私を呼びに来るのは、大抵お嬢さんでした。お嬢さんは縁側を直角に曲って、私の(へや)の前に立つ事もありますし、茶の間を抜けて、次の室の(ふすま)の影から姿を見せる事もありました。お嬢さんは、そこへ来てちょっと()まります。それからきっと私の名を呼んで、「ご勉強?」と聞きます。私は大抵むずかしい書物を机の前に開けて、それを見詰めていましたから、(はた)で見たらさぞ勉強家のように見えたのでしょう。しかし実際をいうと、それほど熱心に書物を研究してはいなかったのです。(ページ)の上に眼は着けていながら、お嬢さんの呼びに来るのを待っているくらいなものでした。待っていて来ないと、仕方がないから私の方で立ち上がるのです。そうして向うの室の前へ行って、こっちから「ご勉強ですか」と聞くのです」。

これについて私は「これはもう完全にお嬢さんに心を奪われてますね。心の中をお嬢さんがかなりのパーセンテージで占めています。「むずかしい書物」を読んで勉強しているフリ。心の中では、「早くお嬢さん、呼びに来ないかなー」って思って待ってる。これはもう勉強どころではない。(中略)

なお、漱石は、「書物」を小道具として上手に使用する。書物は開かれており、あたかもそれを読んでいるように見えるが、実は心は別のところにある、という具合だ。またここでは、いわば恋の駆け引きに使われている。」と説明した。(私のノート・夏目漱石「こころ」下・先生と遺書十三「お嬢さんは決して子供ではなかったのです」をご覧ください)


三四郎は、いかにも学生がお勉強をしているというフリをしているが、その頭の中では、煩悩まみれのことをつらつら考えていたのだった。ベーコンの本の高尚な内容と、それを膝の上で開く三四郎の俗にまみれた対比が、面白おかしく描かれている。


ところで、「ベーコン」の本はあくまでも「運悪く当選したので」あって、他の本でもよかったのだ。「三四郎はベーコンの二十三頁を開いた」が、「他の本でも読めさうにはない」し、「ましてベーコン抔は無論読む気にならない」。だから「ベーコン」の本が当選したのも、「二十三頁」が当選したのもたまたまだ。従って、「万遍なく頁全体を見廻してゐ」ても、その内容はおろか何が書かれているかの切れ端も、三四郎の目には入ってこない。彼の目に映るものは、本に書かれた文字たちの向こうにある女とその一夜の思い出だ。だから「三四郎は二十三頁の前」に(ひざまず)き、「一応昨夜の御浚(おさらひ)をする気」なのだ。実際に「ベーコンの二十三頁」には、恋愛について書かれているようだが、それこそ偶然だろう。


学んだものを身に付けるには、「御浚(おさらひ)」が必要であり大切だ。それに慣れた三四郎は、人生初の体験を、これまでのやり方・方法で考察しようとする。

「元来あの女は何だらう。あんな女が世の中に居るものだらうか。女と云ふものは、ああ落付いて平気でゐられるものだらうか。無教育なのだらうか、大胆なのだらうか。それとも無邪気なのだらうか。要するに行ける所迄行つて見なかつたから、見当が付かない。思ひ切つてもう少し行つて見ると()かつた。けれども恐ろしい。別れ際にあなたは度胸のない方だと云はれた時には、喫驚(びつくり)した。二十三年の弱点が一度に露見した様な心持であつた。親でもあゝ(うま)く言ひ()てるものではない。……」

…謎の女についてぐるぐる考えをめぐらす三四郎。彼の心情を一つずつ見ていく。

・元来あの女は何だらう…その素性や存在自体への疑問。

・あんな女が世の中に居るものだらうか…世の他の女たちとの比較。

・女と云ふものは、ああ落付いて平気でゐられるものだらうか…そもそも女とは皆、あのような存在なのかもしれない。

・無教育なのだらうか、大胆なのだらうか…身分の低い女だからあのようなのか。

・それとも無邪気なのだらうか…あの女の特性・性格が、あのような行動を取らせるのか。

・要するに行ける所迄行つて見なかつたから、見当が付かない…最後まで行けば「女」という存在や「あの女」についてわかることがあったかもしれない。

・思ひ切つてもう少し行つて見ると()かつた…勇気を出して最後まで行けば、疑問は解消されたかもしれない。

・けれども恐ろしい…しかし、最後まで行ってしまったら、また何か新たな疑問や状況が表れるかもしれないのが恐怖だ。

・別れ際にあなたは度胸のない方だと云はれた時には、喫驚(びつくり)した…あんな身分の低い女に、手ひどく批評されるとは思ってもみなかった。

・二十三年の弱点が一度に露見した様な心持であつた…自分でも気づかなかった弱点を、あんな女に的確に指摘されてしまうなんて。

・親でもあゝ(うま)く言ひ()てるものではない…自分を生み育てた肉親にも見抜けぬ自分の弱点を、やすやすと言い当てられてしまった驚き。

・……」…トホホ・やれやれ・がっくり。「三四郎は此所(こゝ)迄来て、更に悄然(しよげ)て仕舞つた。何所(どこ)の馬の骨だか分からないものに、頭の上がらない位 ()やされた様な気がした」からだ。身分も低く、自分よりも明らかに教養が劣っていると見ていた相手から、コテンパンにやっつけられてしまった三四郎。だから、「ベーコンの二十三頁に対しても(はなは)だ申訳がない位に感じた」のだ。自分の今までの学問や教養は、実社会においては全く役に立たないことの自覚。「ベーコン」の深遠な考察を理解せずまた全く体現できていない自分。こんな自分がベーコンを開くなど、おこがましいにもほどがある。

「あなたの本を所有するなど、ましてや電車の中で開いてカッコつけるなど、まったく身の程知らずでした。ごめんなさい、ベーコンさま。」


「どうも、あゝ狼狽しちや駄目だ。学問も大学生もあつたものぢやない。甚だ人格に関係してくる。もう少しは仕様があつたらう」。

…自分よりも下に見ていた女からの鋭い指摘。自分のこれまでの学問は役に立たず、これから大学生になるというプライドもズタズタ。まるで自分の「人格」が、完全否定されたようなショック。なにか対処法は無かったものか。何かできたような気がすると考える(悔しがる)三四郎。


「けれども相手が何時(いつ)でもあゝ出るとすると、教育を受けた自分には、あれより(ほか)に受け様がないとも思はれる」

…自分はこれまで「教育」を受けてきた。そうしてそこに誇りを持ってきた。その知識や経験からすると、あの女のわけのわからぬ振る舞い・媚態への対応策として自分ができることは、やはり最後まで行かず、何事もなく別れることだったろう。それが危機回避の方策としては一番安全なやり方だった。


こう考えてくると、やはり「無暗に女に近付いてはならないと云ふ訳になる」

…三四郎は女性に対して、その存在や考えの不明さ・不審や、そこからくる怖さを感じている。そうしてそのように自分が感じるのは、これまでの学問・経験からすると当然であり、あの対応で良かったということになる。女性の思考や精神が自分の理解を超えている様子に、三四郎は戸惑う。理解・了解不能な他者としての女性。何を考えているか全くわけのわからぬ相手には、「無暗に」「近付いてはならないと云ふ訳になる」。

しかし自分が「何だか意気地がない」ようにも思われる。結局女が怖くて最後まで行けなかっただけではないかという、臆病な自分への蔑視。何もできないことが「非常に窮屈」で、これでは「丸で不具(かたわ)にでも生れた様なものである」。


この場面の三四郎は、女性という存在への疑念・不明性に悩んでいるのだが、そこに若者らしい性的欲求や興味が絡んでいるため、彼の悩みは深いのだ。純粋な人間存在としての女性への関心・考察だけでなく、体の内側から湧き上がる衝動が、彼を女性に向かわせようとしている。若い男の苦悩が分かりやすく説明されている部分だ。


「けれども……」

…これ以降、三四郎は、冷静に考察を進めようとする。


「三四郎は急に気を()へて、別の世界の事を思ひ出した。――是から東京に行く。大学に這入る。有名な学者に接触する。趣味品性の(そな)はつた学生と交際する。図書館で研究をする。著作をやる。世間が喝采する。母が嬉しがる。と云ふ様な未来をだらしなく考へて、大いに元気を回復して見ると、別に二十三頁の中に顔を(うづ)めてゐる必要がなくなつた」

…この三四郎の様子は、良く言えばセルフコントロールということになるが、多分に自分でいいように解釈している。「急に気を()へ」、「大いに元気を回復」することができるのは、若者の特権でもあるのだが。彼のやや未熟な部分だ。

1、謎の女の住む世界は自分に媚態を示すが、怖くてなかなか近づけない。

2、「別の世界」…東京、大学、有名な学者、趣味品性の(そな)はつた学生、図書館、著作、世間が喝采、母が嬉しがる。これらは語り手によって「だらしな」い「未来」と揶揄・批評される。また、「大いに元気を回復」したのであれば、ベーコンの「二十三頁」を改めて精読するという行動が考えられるのだが、「だらしな」い彼はしようとしない。三四郎は未来の成功を甘く夢想し、今しなければならないことにも気づかない。


「そこでひよいと頭を上げた。すると筋向ふにゐたさつきの男がまた三四郎の方を見てゐた。今度は三四郎の方でも此男を見返した」

…「昨夜の御浚(おさらひ)」が終わった三四郎の興味は、また別の人物に向かう。


(ひげ)を濃く生やしてゐる。面長の()せぎすの、どことなく神主じみた男であつた。たゞ鼻筋が真直に通つてゐる所丈が西洋らしい。学校教育を受けつゝある三四郎は、こんな男を見ると屹度教師にして仕舞ふ。男は白地の(かすり)の下に、丁重に白い繻絆(じゅばん)を重ねて、紺足袋を穿()いてゐた。此服装から推して、三四郎は先方を中学校の教師と鑑定した」

〇広田先生の様子

・濃い髭

・面長瘦せぎす

・神主みたい

・鼻筋が真直に通つている所だけが「西洋」を感じさせる風貌

・中学校の教師のよう


「大きな未来を控へてゐる自分から見ると、何だか下らなく感ぜられる。男はもう四十だらう。是より先もう発展しさうにもない」

…三四郎のイメージする「大きな未来」は、既に語り手によって「だらしな」いと痛烈に批判されている。だから彼の、「何だか下らなく感ぜられる」や、「是より先もう発展しさうにもない」という感想も、若さから広田先生を見くびっているとしか読者は感じられない。あまり相手を低く評価すると、また例の女同様、こっぴどくやられることになるだろう。すぐに「御浚(おさらひ)」が無効化する未熟な三四郎。相手のことをよく知りもしないですぐに否定する者は、自身の愚かさに気づかない。

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