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妖狐、稲荷神社に行く4

 四日後、僕は孝志郎に連れられて稲荷神社にやって来た。今日は僕だけじゃなく双子の狛犬の弟コマジも一緒だ。


「まさかとは思うけど、おまえいっつもそんな状態で出歩いてるのか?」

(どういう意味?)

「どういう意味も何も、使い魔としておかしいだろうが」


 孝志郎が羽織っている外套の隙間からちろっと視線を向ける。隣を歩く銀髪に茶色の目をした男は、人間の姿に変化(へんげ)したコマジだ。孝志郎と同じように洋装の上に外套を羽織った姿をしている。


(おかしいって、何が?)

「何がって……おまえ、使い魔がどういう存在か知らないのか?」

(馬鹿にしないでよ。それくらい僕だって知ってる)

「その割には小せぇ格好のまま胸元でぬくぬくしてるよな」

(しょうがいないでしょ。着物じゃないと袖が狭くてずっとは入っていられないんだから)

「そういう意味じゃねぇよ」


 コマジが大きなため息をついた。しかも呆れたような顔でこっちを見ている。


(袖に入れないなら、ほかに入れる場所はここしかないってわからないのかな)


 着物なら袖が大きいから中に入っていられる。でも外套は狭くてずっと潜り込んでいるのは苦しい。だから胸元に入って隙間から外を覗くことにしていた。孝志郎が外套を着るようになってからはずっとこんな感じだ。


「孝志郎、こいつこんなんでいいのか? 小狐だからって甘やかしすぎじゃねぇか?」

「まだ子どもだからなぁ。使い魔として本格的に働くにはまだ早い」

(僕そんな子どもじゃないからね)


 子ども扱いする二人にムッとした。「ここはちゃんと言っておかないと」と思って口を開きかけたところで髭がビンと立つ。尻尾もぶわっと膨らんで体中がぞわぞわし始めた。


(……この間より嫌な気配がする)

「こりゃあ、久しぶりにでかめの犬がいるな」


 コマジがため息をつきながら頭を掻いている。「でかめの犬」というのは、きっと犬神のことだ。大きさまではわからないけれど、今回は僕にもはっきりと(あやかし)だということがわかった。


「やっぱりあそこか」


 孝志郎の言葉に外套の隙間から外を覗き見た。小さな本堂の少し先に着物姿の女がしゃがみ込んでいる。肩のあたりでウゴウゴしている黒いものを見て、嫌な気配を出していたあの女だとわかった。近くには銀杏の木があるけれど実を拾うにしてはちょっと遅い。


(何をしてるんだろう)


 嫌な気配に毛を逆立てながらじぃっと見つめた。肩に載っている黒いものがウゴウゴ動いていて伸びたり縮んだりしている。

 その黒いものが急にぐぅんと膨らんだ。すると女の足元から黒い煙のようなものがぶわっと噴き出した。肩に載っていた黒いものと噴き出した黒い煙がぐにゃぐにゃと絡み合い、一つの大きな黒い塊になっていく。それがぐるぐると体に巻きつき始めているのに、女は気づいていないのかせっせと腕を動かしていた。


「……よかった」


 ホッとしたような声が聞こえてきた。黒い塊に飲み込まれかけている女が地面を見ながら笑っている。そのまま地面に両手を突っ込んだかと思えば、大事そうに何かを持ち上げた。


(えっ)


 持ち上げているものを見てギョッとした。土に汚れた両手で掴んでいるのは犬の頭だ。僕が大きくなったときよりも少し大きい犬の頭で、目はうつろで舌もべろっと出ている。首から下は最初からなかったのか血が垂れたりはしていない。


(あれが、犬神)


 てっきり犬の形をした(あやかし)だと思っていたけれど、あれは犬の頭だ。しかも血で染まったような真っ赤な毛をしている。そんな犬の頭を持ち上げながら「ようやく完成したわ」とつぶやく女の声は何だか嬉しそうだ。


「うわっ、結構な代物じゃねぇか」


 コマジが心底嫌そうな声を出した。


「思っていたよりうまくいっていたんだな」

「孝志郎、冷静に感想なんか述べてる場合じゃないだろ。ここってイナリが棲んでた神社だよな? 大して人が来ないって言ってなかったか?」

(あんまり来ないよ。少なくとも僕がいたときはそうだった)

「そんなところであんな代物作れるはずねぇだろ」

「だからこの時期だったんだろうよ」


 孝志郎の言葉に首を傾げる。


(この時期ってどういうこと?)

「秋になるとあの銀杏の木はたんと実をつける。それを目当てに子どもたちが集まる。イナリ、そうだったな?」

(うん。毎年実が落ちる頃は子どもが毎日拾いに来てたよ)

「……そういうことか」

(コマジ?)


 コマジはわかったみたいだけれど僕にはさっぱりわからない。


(ねぇ、どういうこと?)

「おまえ、犬神って(あやかし)知らないのかよ」

(この前孝志郎に教えてもらったから知ってるよ。神って付いてるけど古くからいる(あやかし)で、あの黒い塊から生まれるんでしょ?)

「おい孝志郎、おまえ教えるの下手すぎやしねぇか?」

「そうか? 大体あってると思うぞ?」


 孝志郎の返事にコマジが「はぁ」とため息をついた。それから「犬神をどうやって作るのかは知らないってことか」と言って、またため息をつく。


(作るって、あの黒いのを地面に埋めたら生まれるんじゃないの?)


 僕の返事に今度は孝志郎が「あぁ、そこはちゃんと教えてなかったな」と言葉を続けた。


「犬神は黒い塊を土に埋めることで生まれるわけじゃない。埋めるのは犬の頭だ。それが犬神になる」

(え……?)


 女が持っている真っ赤な犬の頭を見る。


(それじゃあ、あれが犬神で、でも元々はただの犬の頭だったってこと?)


 頷く孝志郎に「それにしても、いまどき犬の頭を切り落とす人間がいるなんてなぁ」とコマジがため息をついた。


(切り落とす、)


 コマジの言葉に背中の毛がぞわっと逆立った。


「あれだけ真っ黒な欲の塊が念として噴き出しているんだ。そのくらいやるだろうさ」

「そりゃそうかもしれねぇけど……。そういや最後に犬神が出たのってどのくらい前だっけ?」

「さぁて、まだ京に都があったときだったか? いや、帝都ができてすぐの頃はまだ犬神を作ろうとする輩もいたな」

「まったく、人間ってのはろくでもねぇな」


 二人の話を聞きながら、僕はじぃっと犬の頭を見た。あの犬は首を切り落とされて埋められたらしい。だからあんなひどい顔と色をしているんだろうか。


(地面に埋めたら(あやかし)が生まれるなんて、初めて知った)

「そう簡単には生まれねぇからな? そもそも犬神を作り出すにはいろんな条件が揃わないと駄目なんだよ」

「そして、その条件をすべて満たすのは難しい。だが、あの女性はそれらの条件をすべて満たしたというわけだ」

(もしかして、この神社もその条件だったってこと?)

「ここは神忘れの神社だが、聖域のように閉ざされた空間としての機能は残っている。だから女性の強い思いも散り散りにならずに留まり続けた。日々溜まり続けるどす黒い念をあの犬の頭は吸収し続けたというわけだ」


 そういえば、賽銭箱には昔からいつも黒い塊が漂っていた。来る人が少ないのに少しずつ大きくなっていたのはそのせいだったんだ。


「それに参拝客が少なければ、誰にも見つかることなく土を掘り返せる。そして誰にも見つからずに犬の頭を掘り出すこともできる」

「大事なのは、いかに大勢の人間に埋めたところを踏ませるかってことだな。たくさんの人間に踏まれれば踏まれるだけ犬神の怒りは強くなり、それだけ強い犬神になるって寸法だ」

「だからこの時期にあそこに埋めたんだろう」

(……あ)


 僕にもようやくわかった。あの銀杏の木の近くは子どもたちが実を拾うためにたくさん踏む。だからあの場所に埋めたに違いない。


(でも、子どもはそんなにたくさんいなかったよ? 多くても十人くらいだったと思う)

「小さい子もいたんじゃないか?」

(そういえば、大きい子たちが学校に行ってる間に拾いに来るちっちゃい子もいたかな)

「人間の世では七歳までは神だと言われている。ただの人に踏まれるより神に踏まれるほうがずっと早く育つ」

(でも、子どもは本物の神様じゃないよ?)

「本当の神様かどうかは関係ない。人の世で行われることは人の世の(ことわり)が優先されるからな」


「ほんと、人間ってのはろくでもないこと考えるよな」とコマジが口を挟む。


「それには俺も同意見だ。平安の都で陰陽師たちが余計な術をしこたま作り上げてくれたおかげで、いまの世までこんな有り様になってしまった。まるで延々と人の世に受け継がれる(シュ)のようじゃないか」

「なに他人事みたいに言ってんだよ。孝志郎こそ(シュ)そのものみたいなもんじゃねぇか」

「うるさいぞ。とにかく犬神は完成した。だからああして掘り起こしに来たのだろう」


 孝志郎の言葉を聞いていたかのように、うつろだった犬の目がカッと見開いた。だらりと垂れていた舌も口の中に収まって「グルルルル」と唸り声まで上げている。


「犬神という(あやかし)の誕生する瞬間だ」

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