4:板橋宿へ行く
板橋に入ると、人通りは多かった。
江戸時代には宿街で栄えていたとされるだけに、多くの建物が並んでいる。
それに瓦屋根で出来た二階建ての建物が多く並んでおり、人通りが多い。
ごった返している程ではないが、人との距離が近い。
みやさんから離れないように歩いているが、街の景色は壮観だった。
まるで時代劇映画に出てきた光景が目の前に広がっている。
俺は思わず、感嘆のあまり声が漏れてしまうほどであった。
「ここが板橋ですか……すごいなぁ……」
「随分とこっちは賑やかだね……」
「ええ、中山道の宿場町として栄えています。毎年多くの人が行き来しています」
「そうか……そういえば中山道だったなココは……」
中山道といえば、江戸から京都までの道のりを整備した道であり、現代でもこれらの中山道に沿って国道が作られているはずだ。
それに、一見すれば古い街並みを歩いているような感じだ。
環境保全であったり、街の観光資源も考慮して江戸時代当時の面影を強く残している街も全国に多く点在している。
一年前にゼミの歴史探究を行うレポート課題を出す際に、中山道の宿場町として栄えていた長野県塩尻市の奈良井宿に近い雰囲気と言えば分かりやすいかもしれない。
それにしても高層建築物が見当たらない……。
あるとすれば、火災が発生した際に鐘を鳴らして警告を伝える火の見櫓ぐらいだろうか。
こうして歩いてみると、本当にタイムスリップをしてしまったという実感が物凄く沸いてくる。
「すげぇ……ちゃんと瓦屋根で出来ているな……」
「勿論だとも牧夫、これらの建築物は藁葺屋根では取り替え費用等も嵩むし、それだったら高いお金を出しても瓦屋根でやったほうが見栄えもいいんだよ」
「そうなのか成剛?」
「それに、この時代の瓦は現代に比べても安いんだよ。現代で瓦1枚を買う値段があれば、この時代では2~3枚ぐらい買える値段だ」
「えっ?!そんなに瓦安かったのか?」
「いうてこの時代のファーストフードであった屋台の二八蕎麦の値段と瓦2枚の値段が同じぐらいだから……だいたい200円ぐらいだったはずだ」
「200円か……ん?それってこの時代の価格でどのくらいだ?」
「えっと200円で8文だから……屋台の蕎麦は特段の価格変動がない限りは一杯16文として……16文=400円でレート計算すれば、1文25円になるゾ♡」
「分かった。分かった……教えてくれたのはありがたいが、語尾の最後にハートマークをつけようとするな。キモイ」
「あの……お二人とも、一体なんの話をしてらしゃるのですか?」
「「すみません、ちょっと蕎麦について話していました」」
いかん、つい値段の話に逸れてしまった。
どうもタイムスリップした実感が湧いているはずなのに、現代と比較しちゃうのは悪い癖みたいなものだ。
成剛は更に感心したように、呟いた。
「今でも板橋は私鉄やJRの停車駅があるくらいだし、都心郊外としての地位は高いよな……それだけ利便性が高い証拠だよ」
「うん、成剛……それ俺たちぐらいしか通用しないし、みやさんがすごい混乱しちゃうから、流石にこれ以上はやめような?」
「おっ、そうだな牧夫……ここからは人も多いし気を付けるか」
「最初から気を付けてくれ……というか既に人多いでしょうが」
価格の話を聞くだけでもかなり成剛の話は為になる。
道行く人々の衣装もさることながら、電柱や自動車が走っていないこともあってか、本当に文明開化以前の日本であることに変わりはない。
「しかし……やはり目立つか?」
「うん、物凄く見られているって……英語がプリントされているシャツじゃなくて良かったよ……」
「ふふふっ、これも現代では普通だから恥ではない。奇天烈扱いされていても構わんさ」
「それよか宿に入りてぇ……視線が気になる……」
やはりというべきか、行きかう人達も全然洋服を身に纏っていないということもあり、Tシャツにズボンと現代人の格好をした俺たちは相当変な格好をしているように見えているらしい。
「おいおい、ありゃなんだ?」
「見た限り……傾奇者ではなさそうだが……」
「ヘンテコな格好やねぇ……」
「役者じゃないのか?」
特に、俺たちに視線が集まるのも無理はない。
衣装が現代のTシャツにズボンという格好は、この時代の人からしてみれば珍妙に見えるだろう。
辛うじて羽織袴ではないが、夏用カーディガンを着ていたこともあってか、どうしても目立ってしまっていた。
しばらく周囲からの視線が突き刺さりながらも、ようやくみやさんの働いている飯盛旅籠にたどり着いた。
「こちらです、ここが私の働いている『七本屋』です」
ここが七本屋か……。
一見すると、どうやら宿屋のようであった。
店の前には木で出来た格子が掛けられており、その奥では複数人の女性は煙管を吸いながら談笑をしていた。
店の表には『七本屋』と書かれており、一見すると、ここは女性が泊まる宿なのだろうか……。
そう思っていると、店の中からふくよかな女性がやってきて、通行人に声を掛けていた。
所謂呼び込みなのだろう。
「いらっしゃい、いらっしゃい!若い人は安くしておくよ!あら、みやちゃんじゃない!縁日に行ったんじゃないのかい?」
「ゆりさん……実はその途中で襲われて……」
「まぁ!?それは本当かいッ?!」
「こちらの方々が私を助けてくれたのです」
ゆりという女性は目を丸くして、事実かどうか俺たちにくわっと顔を向けてくる。
間を開けずに成剛がうなずく。
「本当です、彦七という男が彼女を複数人で取り押さえて狼藉を働こうとしていた為、この高峰成剛が彼らと対峙した結果、彦七たちは何も取らずに逃げていきました」
「彦七かいッ?!ああ……女癖が悪いって良くない評判で有名な男さ……とんでもないねぇ……」
「幸い、みやさんは大きな怪我はありませんでした。少し怪我をしていたので、隣の植付牧夫が治療をしました」
「ど、どうも……」
流石というか、成剛は初対面の女性でもはきはきと会話をしている、
成剛はそのまま話をとんとん拍子に進めていく。
気が付けば、会話の主導権は成剛が進めていた。
「実のところ……ゆりさん、貴方に少々ご相談したいことがございまして……」
「はい……何でございましょうか?」
「ここで宿泊もしたいのですが、少し内密にして頂きたいこともあります。どうか宿のご主人も呼んでもらって部屋に案内してもらいたいのですがよろしいですか?」
「えっと……泊まりを希望されているのですね?それと主人に相談を?」
「はい、幕府に関する事でございます……しかし、ここで大声で話すわけにもいきません。みやさんにも関わる話ですので、彼女もその相談に同席して頂きたい」
「えっ……?!わ、私がですか?」
「そうです。みやさんもいないと話が進みません。今回の一件を鑑みても、幕府に反発している浪人が関与しているやもしれませぬ……案内してもらえますか?」
「は、はい……お、お部屋まですぐにご案内致します……!少々お待ちください!」
先ほどまで驚いた様子だったゆりさんの顔からは、しとしとと額から汗が滲んでおり、慌てた様子で建物の奥の方に入っていった。
きっとヤベー奴だと思われているに違いない。
俺は成剛の耳元で大丈夫かと尋ねた。
「なぁ成剛、そんな大事みたいな感じで話をしているが大丈夫なのか?」
「大丈夫だ、それに話は俺が話すから牧夫は相槌をうつか、何か聞かれたら俺の話に肯定的な対応で返してくれたら問題ない」
「問題ないって言ってもな……」
「お待たせいたしました!お部屋のご用意が出来ました!こちらでございます!」
ゆりさんが額から汗を流しながらどうぞどうぞと案内をしてくれるようだ。
俺と成剛は靴を脱いでからゆりさんの後を付いて行くことになった。