1:始まりの場所
☆ ☆ ☆
ぼんやりとしていた意識が戻る。
光を通り越し、身体の感覚が戻ってくると、土の香りで目が覚めた。
そして、土だけではなく竹の香りも漂ってくる。
「どこだ……ここは……」
目が覚めると、俺は竹藪の中にいた。
竹藪の中で、俺は仰向けになって倒れていた。
あまりにも突然の出来事に呆然としてしまう。
「さっきまで大学の食堂にいたはずだ……ここは何処だ?そもそもなんで竹藪の中で寝ていたんだ?」
体感的にはほんの一瞬で竹藪にワープしたかのような感覚だ。
目が覚めたら竹藪の中にいたとか、泥酔してしまっても思いつかない発想だ。
そもそもどうしてここにいるんだ?
「確か食堂で成剛の演説を聞いて……ああ、それでタイムスリップがどうのこうの言っていたな」
食堂で演説のスイッチが入ってしまい、少子化対策を訴えて周囲から注目を浴びてしまう程のうざったい成剛の長々しい演説が行っていたよな。
それであいつが突然お札を取り出して「これからタイムスリップをしに行くぞ!」とか言っていたなマジで何なんだ……。
「タイムスリップとかわけわからん。時代劇よろしく歴史小説じゃあるまいし……アイツのいたずらだろう、そうに違いない」
「……ふふふっ、目が覚めたようだな牧夫」
「うわぁっ?!真後ろからいきなりしゃべるな!ビビるだろうが!」
身体を起こそうとした直後真後ろに成剛が立っていた。
大物声優にソックリな渋めの声を出して待ち構えていたのだ。
腕組をして誇らしげな顔をしているところが最高にムカついてくるぜ。
タイムスリップがどうのこうのよりも、真っ先にどうして竹藪の中にいるのかが不明だ。
どうなっているのか説明するように成剛に強い口調で求めた。
「おい成剛、ここは一体どこなんだ?!さっきまで大学に俺たちは居ただろう……なのに竹藪の中にいるってどういうことだ?」
「ふふふっ、さっき実践したじゃないか……ここは大学であっているよ」
「はぁ?大学って……竹藪しかないじゃないか」
「だから、タイムスリップに成功して大学が出来る前の時代まで飛んできたんだよ。大学が出来る前は竹藪だったのは知らなかったけど、少なくともこの竹藪だって無限にあるわけじゃない、3分ぐらい歩いた先に開けた場所がある。そこまで来てくれないか」
「あーもう、マジふざけんな……ったく、歩けばいいんだろ?歩けば……」
タイムスリップに成功した?
冗談も程々にしてほしい。
少なくともテンションが上がっている際にはおかしな事を言う傾向が強いヤツではあるが、虚言を言う事はしないのは知っている。
だからこそ、成剛の言っていることが本当であれば尚更恐ろしい事でもあった。
(どうせドッキリだ……そうだ、そうに違いない……)
手提げかばんを持って竹藪を進んで切り開いた場所にたどり着くと、そこに広がっていた光景は現代日本とは全くかけ離れた光景が広がっていた。
田植えを終えたばかりで水の張った田んぼや畑が広がっており、その向こう側にはアスファルト舗装されておらず、電柱すら立っていないあぜ道のような道路がある。
その道路を行き交う人々の服装も、現代のようなシャツやズボンをはいておらず、時代劇に登場するような小袖姿でちょんまげの髪型をした人たちが行き交っている。
あっ、草履をはいて筋肉ムキムキマッチョマンな感じで走っている人がいるけど、あれって飛脚だよな……。
ナニコレ……マジで江戸時代にタイムスリップしたというのか?
呆然とその光景を見ていると、成剛は興味深そうな顔で俺の肩を叩いた。
「おっ、早速牧夫も飛脚の兄ちゃんの筋肉に目を付けたか……流石だな」
「いや、いやいや……これどういうことなの?」
「えっ?どういうことって?」
「いや、目の前の光景がどう見てもおかしいだろ」
「だってタイムスリップできたら一緒にハーレムを築くことに同意したじゃん」
「あ、あれマジだったの?」
「マジも何も本当にタイムスリップ出来たじゃないか、こうして江戸時代にタイムスリップ出来たのも俺のお陰だからな、感謝しろよ?」
「いやいやいやいやいや……どうなってんのこれは……意味わからんぞ……」
仮にタイムスリップしたとしても、俺は何の準備もしていない。
この手提げかばんの中に入っている講義を聞くための筆記用具とお菓子とお茶の入った水筒……それからスマホのソーラー充電器ぐらいしか入っていないぞ。
第一、タイムスリップをしたとしたら今は江戸時代のどの時代なのかサッパリわからん。
「どれも同じ服装に見えるけど……仮に江戸時代でも年代によってばらけているだろ?成剛は服装だけで分かるか?」
「ああ、おおよそだけど分かるぞ?多分今は江戸時代後期辺りなんじゃないかな?」
成剛はここでおおよそではあるが、江戸時代後期であると言い出したのだ。
パッと道行く人々を見ただけで分かるものなのだろうか?
その理由を尋ねた。
「マジか……いや、どうして江戸時代後期だってわかるんだ?」
「服装を見てみな歩いている女性の殆どはド派手な衣装ではなく地味な色合いでも重ね着しているだろ?」
「あー……言われてみれば確かに……だけどそれで分かるのか?」
「庶民がド派手な衣装を身に着けることが許されていたのは元禄文化辺りまでさ、それ以降で庶民層が派手な衣装を着るのは贅沢品の規制の関係で御法度になったんだよ」
「成程な……で、派手な服を着ない代わりに重ね着をするようになったのか?」
「そうだ。重ね着をして服の模様と合わせて如何にいい感じの見た目になるか競っていたみたいだな。渋谷系女子程じゃないけど、如何にして規制に引っ掛からない程度までオシャレをするかで縛りをしていたみたいだし」
「久しぶりに成剛の知識が役に立つな……もしその読みが正しければ19世紀ぐらいってことか……」
成剛の読みが正しければ元禄以降……19世紀前半ぐらいか?
その時代であれば、現代とも価値観なども似ているはずだ。
というのも、関ヶ原の戦いが終わった1603年頃の江戸時代初期であれば、尚更武士が権力を握っていた時代だ。
町人文化が栄えた元禄時代以降からなら、庶民層であっても成り上がりで大金持ちになることも出来た。
何となくではあるが、日本史で習ったことを思い出したぞ。
「……19世紀ぐらいなら、外国との関わりも増えていく時期だから、社会的に大きな変化が起こるってわけだな。庶民の中でも活躍した人もこの時から生まれてくるわけだし……」
「そうだとも、あとで道行く人に聞いてみてから年代を把握次第、早速ハーレムを実現するために行動するぞ」
「そこはブレないでやるつもりなのかお前さんは……」
「よせよ、だけど今まで少なくとも嘘はついたことは無いだろ?ハーレムの為にも頑張ろうぜ」
「いや、そうなんだけど、でもまずはタイムスリップをしたことについてだな……」
ハーレムを作ろうとしている成剛に更にツッコミを入れようとした時だった。
先程までいた竹藪の方から女性の声で助けを求める声が聞こえてきたのだ。
「誰か……助けて……!助けてッ……!」
「「?!」」
「いやぁっ……!やめてっ!」
「おい、今の声って……」
「女性の人の声だな、よし行くぞガーデルマン出撃だ!」
「誰がガーデルマンだ。それはドイツ軍の急降下爆撃機のエースパイロットの相棒だろう、そのネタを分かる人はこの時代では俺とお前の二人しかいないだろうが」
「そうだけどよ、とにかく何かったのかもしれないし行ってみようぜ」
「あっ、ちょっと……」
二人で目を見合わせた後、成剛はすぐに竹藪の中を駆けていく。
それを追いかけるように、俺も成剛のあとを追って竹藪の中を駆け足で向かったのであった。