プロローグ:勝手に巻き込むな!
☆ ☆ ☆
西暦202X年6月13日
「実は江戸時代まで日本は一夫多妻制だったらしいぜ」
突拍子もなく突如として歴史上のうんちく話を大学の食堂で話すのは、座っているテーブル席の対面側にいる眼鏡を掛けた小太りの男。
俺の悪友で、中学校時代からの付き合いがある高峰成剛だ。
同じ大学の人文学部を専攻しているだけあってか、かなり日本史に詳しいやつだ。
テストや論文の際にも、こいつのだけは色んな教授が最高評価である「秀」を付けている。
一方の俺……植付牧夫は、すべてのテストでや論文で平均の「良」……。
目立った成績もなく、かと言って単位を落としてしまっているわけではないので平均点を維持している。
大学の中でも学力に関して右に出るものはいないヤツと、普通にそこら辺にいそうな影の薄いヤツ……。
そんな凸凹コンビといっても過言ではないが、こいつと一緒にいれば何かと大学生活は上手くいっているから、古い付き合いのある友人同士で固まって食べるのが一番だ。
そんな成剛の話を、俺は話半分で聞いていた。
「……それまじかよ」
「江戸を明け渡した事で知られている勝海舟は5人の側室……妾さんを雇っていたぐらいだ、つまり、江戸時代は金と地位があれば女性を沢山持つことが許されていたんだよ」
「まじかよ、上級階級あるあるじゃないか」
「でも考えてみろ牧夫、江戸時代までは日本でも地位と金と身分があればハーレム出来たんだぜ?」
「まじかよ、江戸時代はなろう系小説に喧嘩売ってんのか」
「喧嘩を売っているも何も、なろう系小説って色んなヒロインから恋心を抱かれるハーレムだけど、江戸時代の場合は政略結婚とか家柄重視の強制結婚だからな?基本的に女性に拒否権無いゾ♡拒否したら家潰れるべ♡」
「まじかよ、フェミニストのみなさんが大挙して江戸時代の文化破壊しにくるぞ」
「安心しろ、江戸時代の身分制度と……残された華族制度も戦後にGHQによって廃止されたからフェミさんが燃やす素材がないぞ♡」
「まじかよ、俺の心配した気持ちを返してくれよ……あと、言葉の最期にハートマークを付けるのヤメロ、キモイ」
最初に「まじかよ」を付け加えるだけで驚いた感じに成剛の話と同調しているようにできる。
なんとも心地よいものだ。
何だかんだ言ってツッコミを入れればそれだけ会話も出来るし、退屈はしない。
お互いに笑いながら会話を弾ませる。
とはいっても、成剛は一食300円のざるそばに対して、こっちは350円のミートソーススパゲティを頼んでいるんだ。
スパゲティは暖かいうちに食べたい主義だ。
スパゲティの麺をゆっくりとフォークで掬い上げて食べる。
……うん、おいしい!
学食とは思えないクオリティだ。
一日50食限定というのも頷ける味付けだ。
じっくりと煮込んだ合いびき肉と、熟成したソースが絡み合っておいしさを引き立てている。
学食にしておくのが持ったいないぐらいだ。
会話を中断してフォークを使って麺をくるんと丸めて食べていると、成剛は何を思ったのか真剣な表情で言ってもいないのに話の続きを喋り始めた。
「なぁ牧夫……食べながらで良いから聞いてくれないか?」
「ん?どした?」
「もしさ……江戸時代にタイムスリップしたらさ……俺、ハーレム作りたいんだ」
「???????」
真顔でそんなことをいう成剛に、俺はどうすればいいのか分からない。
いきなりタイムスリップしてハーレム作るとか「お前は何を言っているんだ」と真顔になって突き返す案件だが、今はスパゲティを食べるのに集中したい。
だけど、いきなりタイムスリップしたいというわけのわからない発言のせいで、返答に困って頭の中で「?」マークが倍々に増殖しまくって埋め尽くされている状態だけど、それにも関わらず成剛は話を続けた。
「今の日本を含めて、東アジア地域の出生率は1.3以下……つまるところ、マジで危機的な状況なんだよ……どうして子作りしないか知っているか?」
「どうしたいきなり……時事問題出すのヤメロ……せっかく旨い学食がマズくなるだろ……あと、食堂で堂々と話す内容じゃないだろう……」
「それはな、皆子供を産みたがらないんだよ!共同生活空間が少ないんだ!!!これは女性を追い詰めている根拠でもあるんだ!!!!」
「おーい成剛ー分かった、言いたいことは分かったけど声がデケェからマジで止めて」
「いいか、女性の人権や社会進出も大事だけど、女性は子供を産んで育てることが一番大事なんだよ!わけわからん福祉団体が税金をかすめ取って私利私欲の為にお金が使われていない現状こそ打倒すべきなのだよフルシチョフ!!!万国の労働者よ!子作りしろぉぉぉ!!」
「だれがフルシチョフだ。というか、そのネタは色んな場所に飛び火しかねないからやめてくれ。マジで黙ってくれ」
「お前は真剣に考えているんか?今日本よりも韓国や中国のほうが出生率が低くてかなり大変なんだよ!子供産んだら100万円プレゼントキャンペーンをしても手遅れなんだ。東アジア地域……いやマジでこれは世界規模の問題なんだ!!!それを解決するには、過去に遡ってハーレムを合法化しておく必要があるんだ!!!」
「ウォォォン、成剛がぶっ壊れたワ……」
成剛は食堂で堂々と力説してしまう。
こうなっては成剛を止める術はない。
この食堂は只今より、成剛による出生率改善のための演説台となってしまった。
これだから成剛は駄目なんだよ。
周囲もソワソワし始めているし、注目の的になっているのは言うまでもない。
ああ~もうやめてくれ。
恥ずかしい上に、俺までコイツと同類と思われてしまう。
普段からおかしい奴だけど、今日に限って成剛は特段に症状が酷い。
中二病でもやらんぞこんな事……。
俺はさっさとミートスパゲティを食べ終えると、俺はイライラしていることもあって強い口調で成剛に言った。
「あのな成剛……そこまでハーレムを作るために江戸時代に行きたければ、お前だけで行ってこい」
「何……牧夫は出生率改善のために一緒に来てくれるんじゃないのか?」
「大体な、タイムスリップとか歴史改変とか小説でよく出てくるけど、あれ起こしたらこの世界とは別の世界になっちゃうだろうが、歴史改変をした時点で別世界になるから、この世界における根本的な問題を解決できないんだぞ?」
「うぬぬぬ……では仕方あるまい、京都の神社で貰ったこのお札を使って過去を改変するぞッ!」
「いや、だからマジで意味不明な事をするんじゃないってば!!!人の話を聞けッ!!!」
成剛はリュックサックから見慣れないお札を取り出した。
紫色をした奇妙なお札……。
成剛はそれを天に突き上げるようにかざすと、大きな声で叫んだ。
「大神よ!私が過去の日本を救うと信じられるのであれば江戸時代に時を戻して頂きたいッ!この国をやり直させる力を私に……!」
「マジで病院に行ってこい、今のお前最高に頭がおかしくなっているぞ」
「ならば、牧夫もついてこい。一緒に江戸時代からこの国を変えていくぞ」
「人の話を聞いているのか?マジでそんなこと起きるわけないだろうが」
「いや、この札の力はホンモノだ。そう信じているからな」
「そこまで言うならタイムスリップが出来たら一緒にやってもいいけどな」
ツッコミを入れた矢先。
俺と成剛の身に不思議な事が起こってしまった。
身体が急に光りだしてしまったのだ。
突然の出来事に周囲がキャーキャーと悲鳴に近い声をあげている中で、成剛は満面の笑みを浮かべて呟いた。
「おい成剛、一体これはどういうことだ?」
「ほら♡ちゃんと言われた通りこれからタイムスリップしてやるからな♡」
「お前……マジでなんなの?これマジでタイムスリップすんの?」
「安心しろ!大神が俺たちを過去にいざなってくれるのさ、イザナミノミコトだけに!」
「ちゃっかり日本神話の女神を持ち出してくるんじゃないってば……ホント、意味わからん」
こうして、俺は成剛や周囲の人の顔や風景が餅のように引き延ばされているのを最期に意識が途絶えてしまったのであった。
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