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後編

二人で作った夕飯を食べて、俺が皿洗いをしている間、背を向けているのをいいことに、何やら薫は背後でコソコソ作業していた。


「ふぅ・・・よし・・・薫、何して・・」


「夕陽、お風呂も洗ってきてくれる?」


「あ?おお、オッケー」


振り返ろうとした俺に素早く声をかけた薫をチラっと確認したけど、自分の体で隠すようにコソコソしていた。

なんか可愛いな・・・♡

一人ニヤニヤしながら風呂場に向かう。


何で薫はああもず~っと可愛いんだろ・・・そりゃ薫の言う通り好きな人フィルターかかってるのは自覚してるけど、それにしても一つ一つが可愛すぎないか?


スポンジを持ってユニットバスを磨きつつ、脳内であれやこれやと薫の可愛いところを思い浮かべた。

床と壁も念入りに磨いてピカピカにする。

使用人の仕事始めてから、掃除により一層気を遣うようになった。

一頻り終えてまくった袖とズボンを戻し、濡れた足を拭いてリビングに戻ると、ソファの前のローテーブルに大事そうに箱を置く薫がいた。

ハート模様であしらわれたブルーの小箱に、リボンまでついている。


「え~?わざわざ作ったチョコ入れてくれたん~?」


「うん・・・・」


薫は照れくさそうに視線を泳がせながらそっとソファに腰かける。


「やっばうれし・・・。こんな綺麗に包装してくれたら開けづらいな~。薫の愛が詰まってんじゃん・・・写真撮ろ。」


同じく隣にくっつくように座って、スマホでバッチリ写真を撮る。


「あ~~~ヤバイ嬉し・・・・俺何気に本命チョコとかそんなもらったことなかったからさ~。」


「え、嘘でしょ。」


「え~?」


薫をぎゅっと抱きしめながら匂いを吸い込むように呼吸する。


「夕陽は絶対色んな女の子から貰ってるタイプだよ。」


「あはは・・・んまぁ、中高の時はクラスの子とかそりゃ気ぃ遣ってくれるよ?皆にあげてるんだからさ、友チョコとか義理とか。本命はさ~・・・中学生の時付き合ってた彼女と、高3の時一回もらったくらいだよ。」


「そうなんだ・・・・。高校卒業前のバレンタインチョコは、渡されて告白されたとか?」


「・・・ああ、そうだよ。・・・・・ま~・・・な~・・・・なんつーか・・・うん。」


「何さ・・・」


何となく言葉を濁していると、薫はジト目を返す。

上目遣いかわい・・・


「えっと~・・・・そん時もう彼女と別れてたからさ、付き合ってって言われたんだけど・・・同じクラスの子だけど、俺何とも思ってなかったから断ってさ・・・したらその~・・・初体験は朝野くんがいいから、もらってほしいとか言われちゃって・・・」


薫はニヤリと口元をあげた。


「へぇ・・・それはモテるエピソードだねぇ。それで?」


「・・・・いや、普通に断ったよ?両想いの人とするべきじゃねぇの?って・・・でも思いのほか食い下がられてさ・・・1年の時から好きだったとか、卒業する前にどうしてもとか・・・拘る気持ちが俺はよくわかんなかったけど・・・でも男にとっての初めてより、女の子にとっての初めての方が大事なのかなぁとか、価値が違うのかもしんないなぁって思ったんだ。だから~・・・結果的には了承した。」


「そうなんだ。・・・それでどこでどうしたの?」


「え・・・。え~と・・・普通に後日デートして、その流れでラブホに入っただけ。」


「へぇ・・・」


「なぁ・・・自分で聞いといて不機嫌になんないでよぉ・・・。ただの過去のエピソードでさ、俺が今好きでしょうがないのは薫だってわかってんだろ?」


頬にキスしながら言うと、薫は意地悪を終えて満足したように優しく笑った。


「そうだね。」


「そういう薫は~本命チョコもらったことねぇの?」


「・・・・あるよ?」


「あれ、マジで~?だれ~?」


「いいからそれより、早く開けて食べてよ。」


俺は促されるがままリボンを解いて、そっと蓋を持ち上げた。

そこには綺麗に成型されて出来上がったトリュフが、まるで売り物のように並んでいた。


「うっわ・・・うまそう。え~~~やばぁ・・・・えへ・・・・」


また大事に写真を撮ってから、一粒手に取ってそっと口に入れる。

甘さと少しのほろ苦さが広がって、少しベリーっぽい甘酸っぱさがあった。


「いやうますぎ・・・普通にお店で売ってるレベルだって・・・」


「ふふ、そう?良かった。お菓子作りが初めてなわけじゃないけど、チョコはなかなか難しいね。晶さんと小夜香さんチョコケーキ作るって言ってたけど・・・比べ物にならない程手間かかるだろうし、すごいよね。」


「んあ~・・・確かに・・・んでも慣れたらそうでもないんかなぁ・・・。で~?」


「ん?」


もう一つつまんで口に放り込みながら、薫の頭を撫でた。


「誰から本命チョコ貰ったんだよ~~」


薫はまたニヤリと口元を持ち上げて、チョコを一つつまんで俺の口元へやった。


「はい、あ~~ん♡」


俺がデレデレしながら口を開けると、薫はまた幸せそうに微笑んだ。


「俺が貰った本命チョコは、さっきもう食べちゃったよ。ありがとう、美味しかったよ。」


「んえ~?そっかぁ・・・あ~やば・・・頬が緩みっぱなしだわ♡」


ふと箱を大事に包んでいた綺麗な赤いリボンを手に取って、チラリと薫を見た。

一緒に淹れた紅茶を口にしながら、薫は不思議そうに見つめ返す。


「薫これ似合いそうだな・・・」


まぁまぁ長さがあったので、可愛いリボンを薫の細い首に巻いてみた。


「ちょっと・・・」


蝶結びするとまるで可愛い飼い猫の首輪に見える。


「ふふふ・・・やっばぁあぁ♡これは・・・・ちょっとエロさもあるなぁ。」


薫は少し呆れたような目をして置いてあった鏡をのぞく。


「案外可愛いけど・・・なに?そういうプレイがいいの?」


意地悪そうな薫の瞳も、白い肌に映える真っ赤なリボンも、サラサラな黒髪も、綺麗な桃色の唇も、全部美味しそうに見えて仕方なかった。

チョコ味のキスを繰り返して、その日はお互いを食べるように何度も愛し合った。


「薫ぅ・・・俺さ・・・付き合える前まで・・・いや付き合ってからもだけど・・・毎日毎晩薫のこと考えてたんだよ。」


「そうなの?」


「ん・・・。課題やってる時も、食事中も、風呂入ってても・・・どこにいてもさ・・・薫のこと考えなかった日なんてなかった。初めて薫を見つけた時から。」


「ふふ・・・そうなんだ。」


ベッドの隣で甘えるように抱き着く薫を、また優しく抱きしめ返した。


「好きだって自覚して付き合える前はさ・・・佐伯先輩の話をちょくちょく聞いてたから・・・すっげぇうじうじ考えてたんだよ。あ~あ・・・先輩と付き合っちゃうんかなぁって・・・。一緒に弁当食べてるとことか見つけちゃった日にゃ・・・その日ずっと落ち込んで思い出して泣きたくなって・・・どうしたら俺のこと好きになってくれんだろって延々考えてた。あんまりにも考え込んで昼飯食えなかった時とか、一回津田にめっちゃ心配されてさ・・・本気で好きな子が出来たって相談しちゃったんだよ。」


「そうなんだ・・・」


「後ぉ・・・好きだなぁって自覚してから・・・毎晩薫のこと考えて・・・一人でしてた・・・」


「・・・へぇ?」


「引いたぁ?」


「引かないよ。」


「薫は俺のこと考えてしたことある~?」


「ないね・・・。毎日忙しく勉強とバイトに追われてたから、ベッドに入ったらすぐ寝てたし。」


「そっか・・・。薫マジで・・・頑張りすぎてる生活してたんだなぁ・・・。よく頑張ってたな、えらいな。」


抱きしめたまま薫のサラサラの髪を撫でると、甘えるようなキスが返ってきた。


「あ~~も~~・・・そんなことすんならもっかい襲うぞ~?」


「ふふ・・・。夕陽、俺は夕陽と一緒に居られる今がすごく幸せだよ。・・・俺が佐伯さんじゃなくて夕陽を選んだ理由知りたい?」


薫の真っすぐな目が、射貫くように俺を見た。


「・・・うん。」


「俺はね・・・前も言ったかもしれないけど、ずっと平気なフリをしてたんだ。大人になったふりをしてた。抱えてきた過去なんかにもう脅かされないと思ってた。二人に対して同じように弱味を見せられる気はしてたんだけど、二人とも同じように俺の本音を受け止めてくれてたんだけど・・・ずっと一人で頑張りすぎて、寄り掛かっていい相手が本当はほしかったんだ。佐伯さんと居た時の自分は、男として女性である彼女の弱い部分とか、未熟な部分を受け止めてあげたいなって思ってた。でも俺は過去のことを忘れたふりして、傷ついた自分を置いたまま、誰かを守ってあげたいなんて気持ちを保てなかったんだ。ボロボロで崩れそうな自分を見つけてほしくて、大丈夫だからって抱きしめて聞いてくれる夕陽が、俺にとっては必要だったんだ。迷ってたはずだけど、本当は心の奥底で、ずっと夕陽を必要としてたよ。だから端的に言うと・・・甘えられるより甘えたかったんだ。」


「そっかぁ・・・なるほど・・・。じゃあ・・・その薫の本音を聞いたついでに聞いていい?」


「なあに?」


「・・・・薫はさ、自分の家族だった人達との関係を、修復したいって考えてる?」


簡潔に述べた俺の質問に、薫は少し黙ってから答えた。


「思ってないよ。」


「・・・・ホント?」


「うん。」


「けどさ・・・お母さんには会いたい気持ちあるって・・・言ってたじゃんか・・・」


「もちろん寂しいなっていう気持ちがあるから、会いたいとは思うことはあるけど。それは恋しいだけで、感傷的に思い出に浸ってるだけなんだ。人生は取捨選択の連続でしょ?母さんはね・・・俺を捨てたんだよ。」


思いのほか、薫は迷いなく言葉を続けた。


「ハッキリともう帰らないって言ったわけではないけど、家に戻らなくなってから、『父さんと離婚が成立した』とか『再婚することになった。』とか、そういう報告はメッセージでもらったんだ。だからと言って、これから俺とどういう関係であり続けるかっは一切話さなかったし、関わりたくないんだろうなって思った。それは俺が推測や思い込みで言ってるわけじゃなくて、母さんと意思疎通を交わしてて感じ取ったことだから、勝手な判断を下してるわけでもないんだ。母さんにとって、俺の実家だった家はもう戻りたくない場所になったし、息子はもう18になったから、世話をする義務から解放されたなって思ったはずだよ。俺も捨てられた立場なら、これからは自分の家族と生きていくべきだと思うし、夕陽や夕陽のお父さんとお母さんを大事にして生きていきたいよ。」


薫がどれ程寂しく思いながら、それを口に出来るまでどれ程・・・一人切りで考えていたのか

そう思うと涙が溢れた。


「あれ・・・何で夕陽が泣いちゃうの?」


涙を拭ってまた薫を力いっぱい抱きしめる。


「一生俺が薫の家族でいる。薫がただいまって帰ってくる所に、俺はずっといるから・・・。」


「・・・ありがとう夕陽。愛してる。」


何度も何度もキスしてそれ以上の言葉を知らないから、拙いながらに繰り返した。

それでも何とか誓いを形にしたくて、スヤスヤ寝息を立てる薫を撫でながら考え続けた。


翌日、まだまだ外は寒いけど雪がちらつく程じゃない。

内緒で事を進めたかったけど、薫を家に置いて一人で出かけることは不安なので、散歩ついでに目的地についてきてもらった。

そして無事何もバレることなくほしい物を手に入れて、久しぶりに繁華街へと向かい、ショッピングモールに入った。


「相変わらずモール内は人多いなぁ~。薫、だいじょぶ?」


手を繋いで店を眺めつつ気にかけると、薫はいつもと変わらない様子でニコリと笑みを向けた。


「大丈夫だよ。最近は人込みに少し慣れたかも・・・。しんどくなったら言うね。」


「うん、無理せずな。」


その後色々物色しつつ、目当てのアクセサリーが置いてある雑貨屋に入った。


「薫ぅ・・・あのさぁ・・・」


「なに?」


手を引いてたくさん指輪が並ぶ棚の前に移動する。


「・・・ペアリングとかほしくないすか。」


「あ~可愛いねこういうの・・・。いいね、ほしいよ。」


「やったあぁぁ・・・どれにする~?」


何万も何十万もするものは買えないけど、今の俺にとって精一杯の金額のものでよかった。

お会計を済ませると、薫は自分もいくらか払うのにと渋ったけど、何となく自分で買ってやりたいものだったからと言いくるめた。

その後食料品の買い出しに行くと、必要なものを吟味しながら薫は言った。


「生活費が折半じゃないっていうのはよろしくないと思うんだ。」


「お?・・・おん・・・」


手を繋いだまま薫はジトっと俺を見上げる。


「食費は俺がもつね?他も内訳を聞いて調整したいけど。もうそこまで自分の治療費にお金はかからなくなったし、父さんから振り込まれたお金も幾分か残ってるし・・・使用人として働いたお金は特に使ってないからさ。」


「・・・俺へのチョコ代で使ったんじゃない?」


「それは夕陽も同じでしょ?」


「はい・・・。んでも薫が好きなものを買うお金も必要じゃん。」


「それも夕陽と同じ。」


「・・・おん・・・」


「夕陽との生活に使うお金なら、俺は自分に使うお金と同じくらい幸せな使い方だよ。むしろそれ以上かな。」


薫はいつも、何気なくそんなことを言って俺を喜ばせる。


「ナチュラルイケメン台詞きましたぁ。薫ってそういうこと言えるからたぶん女の子にもモテんだろな?」


「モテたことないよ。」


「これからだよこれから~。これからじゃんじゃんモテちゃうんだよ~」


「ふふ・・・そうかな?じゃあいっぱい焼きもち妬かせたり不安にさせたりするかもしれないから、ずっと俺のこと束縛しててね?」


薫は綺麗な目を細めて微笑んだ。


「・・・・・・もぉお~~」


「急に牛になったね?」


からかう薫が可愛くて愛おしくて堪らなくて、握った手に力を込めながら、お肉を選ぶ薫について歩いた。

買い物を終えて、エコバッグを抱えて帰路につくのも、幸せな時間だった。

重い方を抱えて持って、お互い一つずつの袋片手に、空いた手はちゃんと繋いで歩く。


「ねぇ・・・夕陽」


「ん~?」


こぼすように俺の名前を呼ぶ薫が、どこか少し寂しそうな表情をしながら足元を見ていた。


「後10年経って、俺たちが29歳になった頃とかさ・・・夕陽が周りの環境の変化や、関わる人達の変化の中で、普通に結婚して子供がほしいなぁって思ったとしたら・・・どうする?」


「・・・・ん~・・・薫と養子や里子をもらって暮らせないかなって考えてみる。」


「・・・他人を引き取るって思っている以上に大変なことだと思うよ。」


「うん・・・。じゃあ・・・薫はどうしたい?」


薫が後ろ向きな気持ちで尋ねているわけでないことはわかってるから、俺は今の薫の気持ちを聞きたかった。


「・・・未来の話だし、どういうシステムになってるかわからないっていう体で、無茶なことを考えるとしたらさ・・・」


「うん」


「代理出産ってあるじゃない。・・・それを誰かに頼めるなら、夕陽の遺伝子を継いだ赤ちゃんを育てたいな。」


それは確かに突拍子もないけど、それでも出来るだけ現実的に考えた、薫の抱く希望だった。


「そんなだったら・・・俺だって・・・薫の遺伝子を持った子ほしいんですけど。」


「ふふ・・・じゃあ二人誰かに産んでもらわないとだね。」


冗談半分でそんな返事をしながら、薫はまた屈託ない笑顔を見せた。

家族を持ちたいという夢を語ることはいいことだと思った。

薫の叶えたい未来を、俺は何一つ否定する気もなく、出来るだけ全てを叶えてあげたい。

薫と同じ未来を歩いていたいから。


家に着いて食材を冷蔵庫に戻しながら、逸る気持ちでソワソワしていた。

落ち着いてソファに座る頃、買ってきたペアリングを取り出した。


「薫・・・」


「ん?」


コーヒー片手にスマホを眺めていた薫は、カップを置いて視線を返した。


「これさ・・・その・・・いや・・・え~っと・・・ちょっと待ってな・・・」


不思議そうな顔をする薫に少し時間をもらって、一生懸命言葉を探した。

隣に腰かけてペアリングの箱を置いて、貰って来た用紙をテーブルに置く。


「薫・・・日本では同性婚がまだ認められてないけど・・・俺は薫と結婚したいって思ってる。」


薫は俺が置いたその紙を呆然と見つめた。


「気がはえぇだろって言われたらそこまでだけど・・・俺は遅いも早いもねぇかなって思って。薫も俺もきっと・・・もっと大人になっていったら、自分の今の気持ちが変わるかもしれないって不安になってることはわかる。永続的にお互い同じ気持ちが続くって・・・奇跡的なことだと思うし・・・。けど俺は、もっとお互いのこと知って、もっとお互いのことを大事に出来るくらい好きな所を見つけて、一緒に居たいっていう気持ちが不変だって、それが自然で家族になれたことなんだって証明したい。薫だから一緒に居たい・・・。今じゃなくてもいいだろって思うかもしんないけど・・・俺は今すぐ誓いたいんだ。安っぽい言葉じゃ・・・薫をずっと不安にさせるんじゃないかって思ったから。形あるもので、気持ちを残したいなって・・・子供みたいな考えだけど・・・・この・・・婚姻届けにさ・・・名前書いてくんねぇかな・・・?」


薫は黙って俺を見つめ返した。

その目に次第に涙が滲んでいく。


それを今、どこにも使うところがないことくらいわかってる。

けど・・・いつかそれを役所に出しに行ける日はくるかもしれない。

人は変わっていく生き物だから、時代だって生き方だって、制度だって変わってきた。

当たり前に好きな人とただ一緒に居られることを、世間に認められる日はきっとやってくる。


「薫・・・幸せにするから、とか・・・一生裏切らないとか・・・一生愛してるとか・・・そんなことは当然のことだから言わない。この先も、俺と生きることを選んでほしい。」


俺がそう口にして終わると、薫の目からボロボロと涙がこぼれていった。

言葉にならない気持ちを抱える薫を抱きしめて、背中を撫でながらそれが止まるのを待った。

その小さな体を、繊細な心を、自分一人で抱えてきただろうから、これからは一緒に支えてやれる。

それから泣き止んだ薫の頬にそっとキスした。


「返事は~?」


「ふふ・・・俺もプロポーズってしてみたいな・・・。」


薫はペアリングが入った箱を取って、俺の目の前にパカっと開けて見せた。


「夕陽、いつもありがとう。これからも一緒にいるよ。」


「ふ・・・あ~・・・こらえてたニヤニヤが・・・」


二人で笑い合って、結婚式でするような指輪の交換をした。

それから薫は一生に一度のものだからと、ゆっくり丁寧に婚姻届けにボールペンを走らせた。

分からない所はどう書くべきかネットで調べながら、二人で一緒に大事に書いた。


「この証人のところはさ~・・・母さんと父さんに書いてもらおっか。」


「うん、そうだね。」


「にしても・・・薫、字ぃ綺麗だよなぁ・・・。知ってたけど・・・」


薫は二人の名前が書かれたそれをまじまじ見つめた。


「婚姻届けって初めて見たけど・・・名前書くところは、妻になる人、夫になる人って書かれてるんだね・・・。同性婚が認められるようになったら、この書き方も変わるんだろうな。」


「そうだなぁ・・・。すぐにでも認められたらいいのにな。そしたらもう一回それ用に婚姻届けもらいにいくかもしんないけど・・・これは誓い合った記念にとっとけるかな。」


薫はまた幸せそうな笑みを見せて俺の手をぎゅっと掴んだ。


「そうだね。」


噛みしめるようにお互い口数が少なくなって、書き終わった後二人で他愛ない話をしながら、それを何度も見返した。

2月15日は、そうして俺たちの中だけの、最初の結婚記念日になった。


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