00:【神】の話
――うん? 君は誰かな? この街の子かい?
……そう、その店の名前は知らないけれど、そこの息子さんなんだね?
え? 僕? ……うん、君が今言ったとおり。僕は一応、貴族だよ。
そうそう、暇を持て余してる貴族の若造さ。それはその通りなんだけど、君、口が悪いねぇ。僕じゃなかったら「不敬だ」って怒られて、鞭打ちにされてしまうかもよ? 横暴な貴族も多いから、口先だけでも礼儀は守らなくちゃ。
それにしても、君、学校は? この時間帯なら、王都の街にいる君くらいの年の子は、皆学校に行っているはずだろう? 貴族とか、お金持ちの商家の子弟でもないと、家庭教師なんて雇えないからね。君のその身なりじゃ、無理だろう?
はは、怒らない、怒らない。そう、今日は学校をサボったの。駄目だよ、勉強はそれなりに大事なんだから。田舎の地方じゃ、未だに庶民が通える学校なんて全然ないところが多いんだからね。君は学校に通える機会があるんだから、それを最大限に活かさないと。
……ふうん。学校が退屈なんだ? それで、君は僕にそんなことを言って、一体どうして欲しいの?
…………はぁ? 話をしろ? 話って、一体何の?
……暇つぶしになるならなんでもいいって、君ねぇ。
……まぁ、いいよ。僕もどうせ、暇だしね。君の暇つぶしに付き合ってあげるよ。
それじゃあ、君、そこに座りなよ。まさか立ちっぱなしで話を聞くつもりじゃないだろうね?
――よし。さて、じゃあ、まずは何から話そうか。
そうだなぁ。じゃあ、まず最初は――――
君は神様について、どれくらいのことを知っている?
恐らく、名前くらいしか知らないんじゃないかな。残念ながら、僕も神様については、あまり詳しくない。
彼ら……といっても男神と女神として性別が分けられてはいるものの、実際に神に性別があるのかはわからないんだけれど、とにかく彼らは、【世界】を創ったのだといわれている。
そして、その時それぞれが創生に関わったものにちなんで、「~の神」という名前がつけられているそうだ。
神々の仕事は一応、【世界】の管理らしい。
具体的に、それがどんな仕事なのかは分からない。ただ、【世界】の管理をしている、ということしか、僕たちには分からないんだよ。
かつては一時期、地上に降りていたこともある神々だけれど、現在は地上を去っている。
今、地上を去った神々がどこにいるのかは誰も知らないが、きっと【世界】のどこかにいるのだろうね。
さて。神は全部で12柱存在する。
うん、神の数え方は『柱』なんだ。恐らく、「神は【世界】を支える柱である」という考え方からきているのではないのかな。
じゃあ、12柱、全ての神の名前をあげてみよう。
時の女神≪ルクスカンテ≫
天空の神≪カロリオット≫
太陽の女神≪オルステス≫
月の神≪キルヴァーン≫
星々の女神≪アナテミア≫
海の神≪ジュディスト≫
大地の女神≪エディスラィア≫
風の神≪ウルケ≫
花の女神≪ジェニーレイ≫
火の神≪ベルトヒァド≫
誕生の女神≪キュルスカニア≫
終焉の神≪ラプリカンス≫
これが全てだ。なかなか発音しにくい名前もあるけれど、童謡などで有名だから、子どもでも知っているね。
さて、神々は名前以外、どのような容姿をしていて、どのような力をもっているのか、ということなどについて、詳しいことは、ほとんど何もわかっていない。一応、何らかの力は使えるようだけれど。例えば、火の神ならどこでも火をおこして燃やすことができたり、海の神なら波を荒らして津波をおこしたり、ね。まぁ、ほとんどは人間にとって害にしかならない、何の生産性もない無意味な力だけれど。
何故なら、人は神に教えられずに、火の扱い方を学び、作物を育て、天候や方角を空で知り、海を渡り川を治める術を身につけたのだから。
人間は知り、学び、そして創りあげる生き物だ。ともすれば多大な力によって大陸を滅ぼすような、神のように万能な力はなくとも、ちゃんと生きていけるんだよ。
人間は、木偶人形ではないからね。自分が生き延びるためには何でもやるし、そうやって長い歴史の中で、あらゆる知識や技術を発展させてきたのだから。
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「陛下、船を出すのは無理です!!」
「もう王都内に、すぐそこまで火が迫っています!!」
「……仕方がないか。姫をここに連れて参れ」
「陛下?! 一体何を……」
「姫は逃がす。姫はまだ8つになったばかりじゃが、強く賢い子じゃ。妾は女王ゆえ、この国と民と共に滅ぶ。しかし、姫は他の大陸に逃がす。月神に祝福された我が王家の血が流れている子じゃ。それに、姫には特に強い加護がある。他の大陸に行っても、姫ならば生き延びよう。そして、この国のことを、ずっと覚えていてくれよう」
「し、しかし、我が国の魔術師はもう、陛下以外におりませぬ!! そのような状態で転移の術を使われれば、陛下のお命が!!」
「よい! 妾の時間がもう少ないことは、妾自身がよくわかっておる!! 妾のことはもうよいのじゃ! 早う姫を連れて参れ!!」
「陛下……」
「……すまぬな。お前たちの命も、お前たちの家族の命も救えぬ女王が、自分の娘だけを逃がそうとして。許せ、とは言わぬ。じゃが、妾の最後の我儘じゃ。どうか聞き入れてくれ。500年もの間、月神に愛され続けた我が王家の血を、どうしても残しておきたいのじゃ。たとえ、妾とこの国を滅ぼすのが、月神そのものであったとしても……」
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神々の名前だけは何故か、昔からどこの大陸にも、子ども向けの歌や物語として伝わっていた。神々の名前は、全て、どこの大陸でも同じだった。
それなのに、神々が一時期降臨し、そして人々と共存していた、今はもう滅んで存在しない北大陸で生まれて、後に他の大陸へ移って行った人々ですら、何一つ神々の容姿などについての具体的な記録や資料を残していないんだ。
これは一体、どういうことなんだろうね?
そもそも、神々の名を伝える歌や物語についても、それらを一体誰が作り、どうやって広めたのだろうか。
広大な大陸の中で、そこにある全ての国において同じ内容の歌や物語が、ずっと変わらずに伝えられ続けることができるのかな?
今はもうこの東大陸しか残っていないけれど、昔はこの【世界】には、北大陸と西大陸も存在していたんだよ? それなのに、その全ての国々において、神々を伝える歌や物語は全く同じものなんだ。
古くからある伝承というものは、よほどきちんと管理して伝えられない限り、どこかで必ず改変されてしまうはずだし、地域によって違いが出てくるものだろうに。
ね、変な話だろう? むしろこの事実こそが、人が行うことができない『神の力』というものの一端なのかな。
ああ、神々の記録……というか、実際に起こった歴史については、例外が1つだけある。その話についてだけは、神々の話がきちんと残っているんだ。
それは、神々が起こした争いについての話だ。これも詳しい内容は分からないけれど、争いの概要は、当時北大陸から戦火を逃れてきた人々によって、他の大陸に伝わっている。この話によって、神々についての具体的なことはわからないけれど、その一端に触れることはできるよ。
何故なら、北大陸は、この話に伝わる内容――神々の争いが原因で滅んだからね。
そうだ。僕があげた神々の中の最後の2柱の神、誕生の女神≪キュルスカニア≫と終焉の神≪ラプリカンス≫について。
この2柱の神が司る『誕生』と『終焉』、これは何を意味するのか?
一般的には、人間や動物たちの生命の『誕生』と『終焉』を意味している、と言われている。
だから、人々は葬儀の際に、あるいは新たな命の誕生の際に、この2柱の神に祈りを捧げるんだよ。
去りゆく命に安寧が訪れるように。生まれてきた命に感謝をこめて。
この【世界】では、生は常に死と共にあり、死は常に生と共にあるものだからね。
ああ、結局、神について、具体的なことは何もわからなかったかな。でも、資料も何もないのだから、しょうがない。
それに、所詮神様なんて、僕ら人間には大して関係のない存在だ。
だって、神がいるのかいないのか、それ自体が不確かであっても、【世界】は今日も続いているのだからね。