悪役令嬢はホントに全く気づいてない
私はドロテア・ディ・ロズマリーノ、5歳。どうやら貴族に転生したらしい。
高熱から目が覚めると、私は前世の記憶を思い出していた。
前世の私はどこにでもいる普通の大学生。死因が思い出せないから、たぶん寝てる間に心臓麻痺かなんかでポックリ逝ってしまったのだとおもう。
今の私は公爵令嬢、しかも王太子の許嫁ときている。
有能な公爵にして優しい父、麗しくも家族思いな兄。ざんねんながら浮名が多すぎる叔父が、どこからか連れてきた義妹。あとなんか当然のようについている鑑定、分析、精製、生成、魔法創造のスキル。
モスドナルドのキッズセットかな? ってくらい使い勝手があるスキルが目白押しすぎて涎垂れそう。
「おねえさま? おねつのおかげんは、」
「ルーチェ!」
そしてこの義妹がめちゃくちゃ可愛い!!! 異世界転生といえば可愛いヒロインといっても過言ではない。
まあ私も女だし、実際のところ顔も可愛いので一人で主人公とヒロインに求められること全てができると言っても過言ではないかもしれない。なんなら今一番人生が薔薇色に見えていると言って差し支えない。
そんなわけで私もまた可愛い幼女なので可愛いルーチェをぎゅうと抱き締める。役得役得。
「お、おねえさま?」
「お見舞いに来てくれてありがとう、ルーチェ」
「えっ? え?」
ルーチェはとても慌てている。かわいい。
慌てる理由はわかる――いままでルーチェをハグなんかしたことなかったからだ。こんなに可愛いのに! 記憶が蘇る前の私はルーチェの母親が庶民で、ルーチェが庶子だからと、ちょっと斜に構えていたようなのだ。
「ど、どうしたの、ドロテアおねえさま。おねつ?」
「ルーチェはわたしのハグ、いや?」
ルーチェは断りにくそうな顔をしている。ごめんね、今まで怖い思いさせたね。もうそんなことしないからね。庶民の大学生が宿ってしまったからもう大丈夫! 庶民万歳!
「いやでは、ないの、ですが……きゅうになので、おどろきました。どうしてですか?」
めちゃくちゃしどろもどろになってるルーチェを、もう一度ぎゅっと抱き締める。
なにか言い訳が必要らしい。仕方ない。
「お熱の間、わたしが死んじゃったらどうしようとおもって……ルーチェに優しくしなかったことを後悔したの」
「……」
「だから、これからはルーチェにいっぱい優しくしたいと思って」
でっち上げだけど、怪訝そうに納得してくれた。よしよしこれで良し、世は全てこともなし。
そういえば鑑定が付いてたなと思い、ぴ、とルーチェを鑑定してみる。
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ルーチェ・ディ・ロズマリーノ
4歳 貴族令嬢 Lv1
HP 18/20 MP 30/30
魅了 解明 先導 読心
負傷
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「……もしかしてルーチェ、どこか怪我してない?」
「!」
びく、とルーチェが怯える。もしかして、
「誰かに何かされた?」
「そ、それ、は」
さらにしどろもどろになるルーチェ。
「傷を見せて、」
そっと背中を向けてくれたので覗き込むと、背中になにかしなるもので叩かれたような跡があった。
《鑑定》で見てみると、御者によって付けられた傷と出てきた。お父様に言ってクビにしてもらわなきゃいけないな、これは。
そっと抱きしめて、患部にくまなく回復魔法たるヒールをかける。魔法創造で即興で作ったやつだけど。
「……痛くない?」
「ええっと、はい、もういたくないです……ありがとうございます」
「よかった」
困惑したまま答えてくれるルーチェが愛おしくて、またぎゅうと抱きしめた。
「困ったら、いつでも頼ってね」
「は、はい……」
うん! 可愛い子供は世界の宝だね! 幼女同士でよかった、嫌がられない限り無限にハグできちゃうからね。
彼女のことを私は守らなくちゃいけない――ヒロインは異世界転生の宝なのだから!
☆☆☆
乙女ゲームの主人公に転生したことがわかって、1年が経った。
ヤリチン騎士爵の兄一家である公爵家に養子としてやってきて、姉ドロテアにいじめられたり、使用人にいじめられたり、兄に庇われたりしながら問題なく1年を送ってきた。
このまま14年間王太子ルートで上手くやれば、王太子の婚約者の座には私が収まり、悪役令嬢である姉ドロテアは追放、ハッピーエンド。
そう信じて1年間やってきた時に、ドロテアが謎の高熱を出して倒れた。そんなテンプレな!
「おねえさま? おねつのおかげんは、」
万が一にも転生前の記憶なんか思い出されては困る。ヒロインはシナリオ通り事が運ばなければ、何が起こるかわからないのだから。
ドロテアが転生悪役令嬢になってはっちゃける事。それが一番恐ろしい事だった。
「ルーチェ!」
私を笑顔で見るドロテア。
そのまま布団から降りて駆け寄り、ぽふと抱きしめられる。
「お、おねえさま?」
「お見舞いに来てくれてありがとう、ルーチェ」
「えっ? え?」
もしかしなくても、嫌な予感が当たってしまった……かもしれない。
しかし転生悪役令嬢が、ヒロインに対してこんなにもオープンにハグなんかするだろうか?
「ど、どうしたの、ドロテアおねえさま。おねつ?」
「ルーチェはわたしのハグ、いや?」
にこ、と笑顔。
どうみても、打算は一切ない。いや、どんなに真意が隠されていても私のスキルは誤魔化せないのだ。読心スキルを使う――
《ルーチェはとても慌てている。かわいい。
慌てる理由はわかる――いままでルーチェをハグなんかしたことなかったからだ。こんなに可愛いのに! 記憶が蘇る前の私はルーチェの母親が庶民で、ルーチェが庶子だからと、ちょっと斜に構えていたようなのだ。ルーチェは断りにくそうな顔をしている。ごめんね、今まで怖い思いさせたね。もうそんなことしないからね。庶民の大学生が宿ってしまったからもう大丈夫! 庶民万歳!》
――悪役令嬢転生は!?
打算どころか、自分が転生したのが悪役令嬢だと言うことすら気づいてない。これはどう考えても、普通に貴族に転生してワクワクしているただのオタクだ。悪役令嬢であることは微塵も考えちゃいない。こんなにも悪役令嬢テンプレが揃っているのに!!
「いやでは、ないの、ですが……きゅうになので、おどろきました。どうしてですか?」
「お熱の間、わたしが死んじゃったらどうしようとおもって……ルーチェに優しくしなかったことを後悔したの。だから、これからはルーチェにいっぱい優しくしたいと思って」
私が読心で読んだのはバレてないんだろう。にこ、と笑って誤魔化された。自分が転生者であることを――自分が普通の貴族転生だと思い込んでいることを。
いっそチート転生なら、チート転生ストーリーの妹系ヒロイン枠なら逆にうまく生き残れるのだろうか?
「……もしかしてルーチェ、どこか怪我してない?」
「!」
なんで鑑定までついてるんだー!!
悪役令嬢無自覚転生に鑑定付きとか、モスドナルドのキッズセットじゃないんだから!!
「誰かに何かされた?」
「そ、それ、は」
「傷を見せて、」
傷を見せるしか無くなった私は、つい先ほど御者につけられたムチ傷がついた背中を差し出す。
見るだけにして。見るだけにして!
「……痛くない?」
「ええっと、」
見るだけにしてくれるわけがなかった。
姉にして悪役令嬢無自覚転生者のドロテアは、私の傷を丁寧に癒してくれた。いや、この世界では回復魔法は本来女神の奇跡なので、そうぽんぽん使われても困るんだけど、もう何も考えたくなくなってきた。
「はい、もういたくないです……ありがとうございます」
「よかった。困ったら、いつでも頼ってね」
「は、はい……」
そしてまたハグ。
《うん! 可愛い子供は世界の宝だね! 幼女同士でよかった、嫌がられない限り無限にハグできちゃうからね》
思考を何度読んでもなんの打算もない。いやあるけど、私の恐れていた打算はない。
もうだめだ。諦めて貴族転生チートの妹ヒロインになーろうっと。
もし好評だったらもう少し続けるかもしれません。