映画狂時代 〜クリエイターに生まれて〜
その女神は普段、聖なる森の奥で静かに過ごしているが、精霊からの連絡で久しぶりに人里へ行ってみようかと思った。
以前この世界を救って欲しいと異世界から招いて転生させた英雄、彼に死期が近づいているのだという。
彼の活躍で世界は救われた。
その後に起こった混乱にもよく指揮を執り、平和へと導いてくれた。
最後に顔を見て話を聞こう、そう思ったのだ。
英雄の住まいは王都から離れた静かな田舎にあった。
大きな邸宅ではあるし、広大な領地を有してもいるが、世界を救った英雄の住まいとしてはささやかだ。
老人は深夜ベッドの上で目を覚ました。枕元には静かに微笑む女神がいる。忘れたことなどない、美しい女神。
「女神様、お久しぶりです」
『わたくしのことを覚えていたのですね』
「はい。あれからいろんな女性や女神に出会いましたが、あなたほど美しい方はおりませんでした」
ふふふ、と女神は笑う。
『ずいぶんと口が上手くなったのですね』
「本当のことです」
『何か、心残りはありませんか?』
「いいえ。身に余るほど多くをいただきました」
穏やかな返事に、女神はさらに訊いてみたくなった。
『この世界へ来て本当に良かったですか?』
本来なら大帝国の始祖となっていてもおかしくない。だが彼は今、生まれ故郷の王国で貴族として死んでいこうとしている。
「たくさんのものを見ました。いろんな場所へ行き、多くの人と会いました。満足です。ここへきて良かった。女神様、本当にありがとうございます」
女神はふと微笑みを消した。
『何か望みはありますか?』
「……叶うなら、もとの世界に。見たい映画がたくさんあったのです」
恥ずかしそうに笑みを浮かべた英雄に、女神は心からの笑みを返した。
『返してあげましょう、あなたがいた世界に。わたくしは今は泉の女神ではなく、世界を渡る導きの女神。偉大なる英雄の願いに祝福を』
男の体を光が包む。
女神は世界を渡る扉を開けた。
今も語り継がれる英雄の行いにより、彼を導いた女神はこの世界で創生神に次ぐ高位の神として信仰を集めている。
以前の彼女には不可能なことでも、今の彼女に不可能なことではない。
その日、世界は英雄が旅立ったことを知った。
吟遊詩人たちは歌い、人々は祈りを捧げる。酒場では酒が酌み交わされた。
そして。
魂は巡る。
経験を重ねて、体験を重ねて。記憶は積もり、埋もれても糧となる。
赤子の泣き声が響く。
地球に、クリエイターの魂が1つ、生まれた。




