4:愛の巣を作りたい
「エリーゼ・・・俺とずっと一緒にいてくれないか?」
幼い姿のルーカスは、恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めてそっぽを向いている。
見慣れた大樹の下で、私とルーカスは一緒に本を読んでいた。
突拍子もなく言われたプロポーズのような言葉に、私は迷うこと無く笑顔で応えた。
「うん!私がずっと一緒にいてあげるね!」
私の言葉を聞いたルーカスは、逸らしていた目を私に向け、その瞳を輝かせた。
「本当か?約束だぞ」
「うん!約束しようよ!」
ルーカスは少し照れた様な笑顔を私に向け、私は弾ける様な笑顔を彼に向け、2人は約束の証としてお互いの小指を絡ませた。
――――――――――――――
ハッと目を覚ますと、部屋の中はまだ薄暗かった。
窓のカーテンをつまみ上げ、隙間から外を覗くとまもなく朝日が登ろうとしていた。
昨日、ルーカスに告白されたからなのか、久しぶりに昔の夢を見た。
懐かしい記憶・・・あれは私達が10歳の時に交わした約束だった・・・。
まだ子供だったけど、その言葉の意味が分からないほど幼くはなかった。
あの頃はただ純粋に、お互いが好き合っていると信じていた。私達はこの村で結婚して家庭を築き、ずっと一緒に暮らしていくのだと・・・そう思っていた。
・・・あの出来事が起きるまでは・・・。
私は左手を少し持ち上げ、ルーカスと約束の証を結んだ小指があった場所を見つめた。
私の左手の小指は今はない。
12歳のあの日、私は彼の目の前で左手の小指を失ってしまった。
それと同時に、彼との約束も失ってしまったのだ。
――――――――――――――
いつもより早めの朝食を済ませ、私は村の隣にある森へと向かった。
というのも、昨日の深夜に何やら騒がしい音が森の方から聞こえてきたからだ。
朝、起きた時には何の気配もしなくなっていたけど、なにか胸騒ぎがして、直接確認にしに行くことにした。
この森は小さい頃からよく遊びに来ていたし、今日の夢に出てきた場所でもある。
大人になってからも、悩んだ時や時間がある時にフラッとやって来る、私にとって憩いの場所だ。
森の中は閑散としていて、時折聞こえてくる鳥のさえずりや、揺れる木の葉がこすれ合う音が静かに響き渡っていた。
こうして歩いていると、昨日の出来事がまるで嘘の様に思える。
・・・いや、もしかしたらあれは全部夢だったのかもしれない・・・!?
ロマンス小説の読みすぎで、夢と現実をごちゃ混ぜにしてしまっている可能性もあるかも・・・。
だとしたら、かなり恥ずかしい・・・。
きっとルーカスの事が好きすぎて、あんな都合の良い夢を見てしまったんだ・・・。
次にルーカスと会ったときにどんな顔をすればよいのだろう・・・!!
再びグツグツと沸騰しだした頭の中を落ち着かせるために、私はこの森の中でも特にお気に入りの場所へと向かった。
昔、よくルーカスとユーリと遊んでいた場所。
そこに佇む大樹のおかげで大きな木陰ができて、休憩場所にはちょうど良い。
よくそこで木登りをしたり、木陰で並んでお昼寝をしたり、傍にある大きな石に腰掛けて本を読んだりした・・・
・・・・・・あれ?
その大樹があるはずの場所に辿り着いた筈なのだけど・・・
あるのは不自然なほどスッキリとした空間と、まるで大樹を切り取ったかの様な、大きな切り株・・・?
「え・・・?なんで!!?」
私はその場に膝をつき、まだ新しいと思われるその切り口を手でなぞった。
なんで・・・?あの大樹がなんで切られちゃってるの!?
昨日の深夜の騒がしさは、この大樹を誰かが切り倒して持って行く音だったの!?
長い間、私の心の拠り所になっていたあの木が・・・・・・こんな形で失ってしまうなんて・・・。
「エリーゼ・・・やはりここにいたのか」
後ろから声がして振り返ると、愛馬のコールに跨ったルーカスが、木の茂みから現れ私の方へ近寄って来た。
・・・なんでルーカスがこんな朝早くここに・・・?
私を見つめるルーカスの瞳を、私も見つめ返す。
・・・が、昨日の出来事・・・いや、夢を思い出して顔から火が出る程の熱を発して固まった。
ルーカスは、昨日と同じ様にとろけるような笑顔を浮かべ、私に向かって口を開いた。
「君を迎えに来たよ。エリーゼ、俺と結婚しよう」
ルーカスはまるでロマンス小説に出てくる王子様みたいなセリフを言うと、馬に跨ったまま私に手を差し伸べた。
私はそのシチュエーションに思わずときめいてしまい、しばらく浸っていたが、自力で何とか我に返り、冷静な頭で現状を見つめた。
ルーカスは変わらぬ笑顔で私に手を差し伸べている。
・・・えっと?・・・迎えに来たから馬に乗れと・・・?
でもこれ多分、行き先は私の家じゃないよね・・・?
この手を素直に掴んだら駄目な気がする・・・。
というか、さっき結婚って言ってたよね?
・・・てことは、昨日の出来事はやっぱり現実だったってこと・・・?
しかもこの様子は、惚れ薬の効果も絶賛継続中の様だ。
いや・・・今はそんなことよりもこっちの方が大事!!
「ルーカス!!ここにあったあの木が・・・切られちゃってるの!!なんで!!?盗まれちゃったのかな!!?」
私は差し伸べられた手ではなく、足を掴んで訴えかける様に問いかけた。
しかしルーカスは特に驚く様子も無く、フッと笑い、私が足を掴んでいる手をギュッと優しく握った。
「落ち着けエリーゼ。この大樹を切ったのは、俺だ」
「・・・・・・は?」
私はルーカスが何を言っているのか理解出来ず、頭の中は「?」で埋まっていった。
ルーカスは馬から降りて、手綱を近くの木に括りつけに行った。
その言葉を理解したのは、ルーカスが再び私の目の前にやってきてからだった。
「・・・・・・はああ!!!?切ったですって!?なんでよ!?なんで切っちゃったのよ!?」
私の大事な心の拠り所だったのに!!
ルーカスも私がこの木をどれだけ大事にしていたか分かってたはずなのに!
それに・・・ルーカスにとっても大事な場所であってほしかった・・・それが・・・まさか彼の手によって失ってしまうなんて・・・
この森の所有権はルーカスが大金を払って手にしたと聞いていた。
それでも今まで通り自由にしてくれて構わないと言ってくれていた。
だけど・・・どんな理由であろうと、なんの相談も無しにこの木を切ってしまうのは、いくらなんでも酷すぎる。
私は涙をにじませた目でルーカスを睨みつけた。
「それはもちろん、俺とエリーゼの愛の巣の大黒柱に使うためだ」
優しい笑顔を浮かべながら、ドヤっと意気揚々に答えたルーカスの言葉に私の涙は引っ込み、先ほどまで私の体の中で渦巻いていた怒りは消えていく。
「・・・・・・」
愛の巣ってなに・・・?大黒柱・・・?
一体この男は何を言って・・・って・・・愛の巣って・・・二人の住む家ってこと!?
その大黒柱にこの木を使うために切り取ったって事!!?
「はあああああああ!!!?何勝手に私達の家を建てようとしてんの!?結婚もまだしてないのに、早すぎるでしょうがぁ!!」
「いや、早くない。家の木材にするには、切ってから数ヶ月・・・長ければ1年程乾燥させる必要があるんだ。むしろ遅すぎたぐらいだ・・・くそっ・・・もっと早く準備しておくべきだった・・・!」
「そういう事を言ってんじゃないわよ!!」
本気で悔しがるルーカスに私は呆れるしかない・・・。
・・・が、実は気になってる事はもう一つある。
私は嫌な予感がしながら、それに関する質問をルーカスにした。
「ねえ・・・じゃあ、ここにあった石は・・・?あの大きいやつ・・・」
私がよく腰かけて本を読んでいた石・・・それもここには見当たらない。
「ああ、あれは俺達の将来の墓石用のために、首都にある俺の屋敷の倉庫に厳重に保管している。いずれ生まれるであろう俺達の子供に託さなければいけないからな」
・・・なんですと・・・?
子供・・・?墓石・・・?え、私達のお墓ってこと・・・?
私は走馬灯のように頭の中で結婚からの出産からの子供との楽しい一時が巡っていく。
家の大黒柱に子供の成長の印である身長の高さを刻み・・・成長した子供の結婚、孫の誕生・・・そして老い、家族に見守られながら息を引き取り、あの墓石の元へ・・・そんな映像が頭の中で再生されて我に返った。
・・・え・・・?
いま脳内で一生を終えたわ・・・
「いや、なんでよ・・・?ちょっといろいろ追いつかないんだけど・・・」
「大丈夫だ。俺達の思い出の場所は、これからも俺達の住処としていつまでも共にある。」
何が大丈夫なのだろうか・・・?
あなたの頭が一番大丈夫じゃなくないか?
これはもはや惚れ薬の効果が切れるまでとか悠長な事は言ってられない。
ルーカスの判断力と行動力の速さは尋常じゃない・・・
それはいつもの事なんだけど・・・惚れ薬の影響か、なんだがいつも以上にぶっ飛んだ速さで色々進んでいってしまっている!!
昨日惚れ薬を飲んでまだ1日しか経っていないのに、すでに彼の中では新居から死後の住処までのライフプランがすでに完成されてしまっている。
そのうち転生後の話とか言い出しそうな勢いだ。
私はクラクラする頭を押さえながら深いため息をついた。
なんだか昨日と今日で、一生分のため息をついた様な気になってきた・・・