3:既成事実を作りたい
私はルーカスに握られていない方の手で、惚れ薬の入っていた小瓶を掴み取り、ルーカスの目の前に突き付けた。
「っていうか、そもそもなんでこれを飲んだわけ?」
私の問いかけに、ルーカスは一瞬沈黙したが、いつもの無表情な顔で口を開いた。
「・・・エリーゼが捨てるって言ってたから・・・」
「いや、捨てるからって、なんであなたが飲むのよ?」
「・・・もったいなかったから」
もったいなくて惚れ薬を飲む奴がいるかーい・・・
たしかにルーカスは普段から言動が少し変わってるし、何を考えてるのかよく分からないけど・・・まさかここまでとは・・・。
どうせ惚れ薬の効果が気になったとかで、深く考えずにさっさと飲んでしまったのだろう・・・
まあ、それはそれでルーカスっぽいというかなんというか・・・。
「はあ・・・」
私は大きくため息をつき、緩んでいたルーカスの手の中から自分の手を抜くと、頭を押さえながら反対側のソファーに移動し、倒れ込むように横になった。
「エリーゼ・・・大丈夫か・・・?勝手な事をしてすまなかった・・・」
「いいのよ・・・私がこんな所に惚れ薬なんて置きっぱなしにしてたのがいけないんだから・・・」
ルーカスが私を気遣う様に声をかけてくるが、振り返ることなく言葉だけ返した。
なんだかどっと疲れた・・・本当に・・・ユーリはなんて物を送り付けてくれたんだろうか・・・
昔からイタズラ好きな性格だったけど、もしかして今回のこれも彼女の嫌がらせなの・・・?
「それじゃあ、俺と結婚してくれるか?」
ガクッ・・・。
気持ちの切り替えが早すぎるルーカスに、私は顔がソファーにめり込むくらい脱力した。
いくらせっかちな性格だとはいえ、なんでそんなに早く結婚したがるの・・・?
私はゆっくり体を起き上がらせ、ルーカスと向き合う様に座り直した。
「とりあえず待ってちょうだい。今は惚れ薬の効果で好きな気持ちが強いかもしれないけど・・・出来ればその効果が切れるまでは待ってほしいの。それか・・・解毒剤が手に入るまで・・・」
私の言葉に、ルーカスの青い瞳が揺れた。
惚れ薬にはだいたい効果時間とか解毒剤が存在するはず・・・あくまでも小説の知識だけど!
「・・・そのまま効果が切れなかったら・・・?」
そう聞いてくるルーカスは少し切なそうな表情をしていた。
まるで惚れ薬の効果が切れてほしくないと思っているかのようで、私は少しドキリとした。
効果が切れなかったら・・・?そんなことがあるのだろうか・・・?
ルーカスが真っ直ぐに私を好きだと伝えてくれる・・・今のこの状況ですら、本来なら信じ難くて夢の様な出来事なのに・・・この夢から醒めることなく彼が私を好きで居続けてくれるなんて事がありえるのだろうか・・・?
彼がもしも・・・最初から私の事を好きでいてくれたのだとしたら・・・?
確認したいけど、今のルーカスに聞いても事実はどうであれ、好きの一点張りになるだろう。
・・・でも・・・もしかしたら・・・本当に・・・?
そんな疑問は小さな期待となり、私の胸を暖かくした。
「そうね・・・とりあえず1ヶ月・・・1年は待って・・・それでも効果が切れなかったら、その時は・・・考えましょう」
僅かに見え始めた希望に、私は高まる気持ちをどうにか落ち着けている。
しかしルーカスは私の言葉を聞いて、明らかにショックを受けている様だ。
「1ヶ月・・・?それはさすがに待てないな・・・」
・・・いや・・・1ヶ月は待ちなさいよ・・・?
ルーカスは俯き、口を噤んだ。
その表情はよく見えないが、膝に置いている手は強く握りしめられ、肩が小さく震えている?・・・え、なになに?
何を考えてるの・・・?
「ならば・・・仕方ない。これだけはやりたくなかったんだが・・・」
ルーカスは立ち上がると、私が座るソファーへやってきた。
「え・・・何?」
長身のルーカスに上から見つめられ、私はとっさに身構えたが、ルーカスはそのままストンと私の隣に座った。
そして、私の目をジッと見つめ、私の両肩に手を添えた。
「エリーゼ・・・」
私の名前を呼ぶその声は少し低く、いつになく艶っぽく聞こえた。
ま・・・まさか・・・これは・・・!!
ロマンス小説愛読者としてはこの先に何が起こりうるか分かりきっている・・・!
これは「き」から始まって「す」で終わるやつ・・・!
って・・・いやいや、駄目でしょうが!!
このまま流されるのは駄目よ!!・・・え、駄目なの・・・?
反射的にルーカスの唇に視線が行き、私は予想外の急展開にパニックになりながらも、心は正直で期待に胸は膨らんでいった。
「ま・・・待って・・・」
当然ルーカスは待てが出来るはずもなく、その顔はゆっくりと私に近づいてくる。
私は覚悟を決めてギュッと目を固く閉ざした。
・・・が・・・唇は触れることなく、次の瞬間、私の体はそのまま勢いよくソファーに押し倒されていた。
・・・ん?
予想していたのと違う展開になり、私はすぐに目を開けた。
私の目の前には少し陶酔した様子で顔を赤らめ、自分のシャツのボタンを1つ、2つと外し始めたルーカスが・・・ておい。
なに?あなた女性に手を出すのも早いの?
「ちょ・・・ちょっとぉ!何考えてんのよ!!?」
私はルーカスを押し退けようと必死に抵抗するが、全く動かない。
「既成事実を作って結婚するしかないと考えている」
え、なにそのさっさとヤッちゃって結婚しちゃおう発言は。
ゲス過ぎん?ゲスなの・・・?
「はあ!!?なんでそうなるのよ!!」
「こういう事は早い方がいい」
「良くないわ!早すぎるわよ!!」
いくら惚れ薬で好きになったとはいえ、順序ってもんがあるでしょうが!!
さっきの惚れ薬に媚薬でも混じってたの?
・・・そういえば惚れ薬って媚薬のことも言うのよね・・・え、媚薬だったの・・・?
ルーカスはフッと笑い、すでに全てのボタンを外し終えたシャツを脱ぎ始めた。
露わになる筋肉質な分厚い胸板とくっきりと浮き出る鎖骨の美しさに目が奪われる。
なんて・・・エロい体をしてるの・・・?
目の前に晒された肉体美に照らされて私の抵抗する力が弱まっていく。
「そうだな・・・確かに俺は早いかもしれん・・・だが、回数には自信がある。お前を満足させてやれる」
「いや何言ってんの!!!?」
真面目な顔してとんでもないことを言い出したおかげで、さすがに我に返った。
しかしルーカスは止まらず、脱いだシャツを投げ捨て、私に覆いかぶさってきた。
「ちょ・・・あ・・・」
スカートの下から太ももを伝うように伸びてきたその手が、私の下着に触れた。
・・・いやね・・・だからね・・・早いのよ・・・
その瞬間、私の頭の中で何かがプツンと切れる音がした。
「こんのクソエロせっかち早〇野郎があああああ!!!!」
自分でもビックリする様なはしたない罵り言葉が口から飛び出すと同時に、私の右ストレートの拳がルーカスの頬にめり込んだ。ルーカスの体はソファーから投げ出され、床に横たわり動きを止めた。
その後の記憶はハッキリとは覚えていない。
とりあえず薬を少しでも中和させようと、浴びるように水を飲んでもらったが、最後まで結婚か子作りかを譲らないルーカスを見て、私は貞操の危機を感じたので家から閉め出させてもらった。
惚れ薬・・・怖っ・・・。