4 呪い
奈津は自分の心を落ち着かせようと努力しているようだった。
そして、話してくれた。
「2年前、私と喜助があるダストと戦った時だった。そのダストは呪いの能力を持っていて、私の呪いをかけようとした。それを…庇ったのが喜助だったんだ。喜助は私の代わりに呪いをうけ、本気で力を使えば体の細胞が壊れだし、出血は呪いの浸食を助ける。呪いが全身に回った時に喜助は死ぬ。その呪いの能力を持ったダストを殺すしか喜助を助ける方法はないんだ」
嘘だろ…?
喜助の体調不良は、呪いのことだったのか。
「喜助にはあと2年くらいしか時間が残っていない。早くしないといけないのに…こんなことになって」
奈津は唇をかみしめた。
「2年…?」
早すぎないか?
「今みたいな出血でその期間が短くなってしまっているなら、もうすでに2年を切っているだろう」
喜助はきっとそのことを知っている。
だから、自分から心を開くことを拒むんだろう。
「喜助…」
俺たちはただただ、喜助の無事を祈った。
1時間ほどで、安堵した表情の医師が部屋から出てきた。
「何とか命を取り留めました。安静にしていれば治ると思います。ラインの方なら本部に帰られても結構です」
「ありがとうございました」
奈津は深く頭を下げた。
そして、俺たちは喜助の居る部屋に入った。
喜助は上半身裸で、包帯ぐるぐるにされて寝ていた。
「喜助、頑張ったな」
奈津はさらさらした喜助の真っ黒な髪の毛を撫でた。
喜助は本当に幼い顔で寝ていた。
「限。喜助を連れて帰ってやってくれ。喜助の部屋の鍵はこれだ」
奈津は俺に冷たい鍵を渡した。
「私は少ししてからそっちに戻るから、帰ってくれ」
「わかった、気を付けて」
俺は喜助を肩に担ぎ、ゲートでルームの階に出た。
とりあえず人の手伝いが欲しかったので、椿の部屋を訪ねた。
コンコン…
「はーい?」
椿は部屋にいた。
「椿?手伝ってほしいんだけど…」
「うん、いいよ。何すればいい?」
カチャリと位置がしてドアが開き、椿の顔がひょこっと出てきた。
すぐにその視線は喜助に向けられる。
「喜助!?」
「俺、天青の代わりにテーマパークに行ってたんだ。でも、琴音はつかまってしまったし、喜助はこのざまだ。喜助の部屋の鍵は預かってきたから、手伝って」
椿の顔が険しい。
「琴が、捕まったか」
「来週の土曜日、助けに行く」
「…分かった。喜助は俺が運ぶよ。限の方も怪我してるでしょ」
椿の言っているのは、俺の足のことだと思う。
発動を解いてから包帯を巻きつけたけど、出血がひどくて出血は包帯で染まっている。
しかし、俺なんかより喜助の傷の方がひどい。
「俺は全然平気。多分すぐに治る。それより喜助を早く」
結局喜助は椿に任せ、俺たちは喜助の部屋に急いだ。
「ここだな」
すぐに喜助の部屋につき、俺がカギを開けた。
「俺、もう長くここにいるけど、喜助の部屋に入るの初めて」
椿はぼそりと言う。
脚は痛いし出血で気は遠くなってるし、俺は無視してドアを開けた。
喜助は本当に必要なものしか部屋に置いていなかった。
ベッドと机、本棚に冷蔵庫、タンスくらいしかない。
子どもの部屋じゃない。
椿は喜助をベッドに寝かせてから、こちらを向いた。
「限、包帯を変えて病院に行こう。出血多量で死んじゃうよ」
「行かない。心配してくれてありがとう。しばらくの間、フューを発動したままにしといていいかな?出血止める」
「いいけど…」
俺はフューを発動した。
まばゆいエメラルドグリーンの輝き。
「バカが…普通俺みたいな重傷人の前で発動するか?まぶしいっつーの」
不意に聞こえてきた声に驚いて、俺はそちらを見た。
喜助が上半身だけ起こしていた。小学生のくせに色気がある。
「喜助!もう大丈夫?」
椿が言う。
喜助は俺の血に染まった俺の脚を見ていた。
「あぁ。俺がこの程度で死んでたまるか」
喜助は俺を見上げる。
「限、そこに座れ」
「は?」
「椿さん、悪いけど俺の机の上の引き出しから、茶色いボックス出してくれる?」
「あ、うん」
喜助は椿から俺に視線を戻した。
「早く座れよ」
俺はベッドの空いているスペースに座った。
喜助は俺の脚の包帯をとる。
「服、脱いで」
治療してくれようとしてくれることは一目瞭然で。
俺は大人しく穴の開いた服を脱いだ。
「バカだろ?思いっきり撃ち抜かれてる。よく我慢してたな。おい、発動解けよ。治療できない」
今までならあり得ないくらいの言葉を口から出す喜助に驚きながら、言われた通り発動を解いた。
途端に太ももに開いた穴から赤い血が滲み出した。
「うぉ!ちょっと俺、部屋に戻っていい?血は苦手なんだよね」
椿は両手で目を覆う。
「椿さん。あとで何かあったら呼んでもいい?」
「いいよ~」
椿は足早に部屋を出て行った。
喜助はてきぱきと俺の脚の治療を始めた。
数十分もすると、貫通した穴は塞がった。
「やっと終わった。俺が倒れなかったら、限は怪我なんかしなかったからな。その怪我は俺の責任だ」
今思ったけど、なんで俺の名前だけ呼び捨て?…まぁいいけど。
「お前の責任じゃねぇよ!」
俺は思わず声を荒げる。
「いや、俺の所為だ。俺が奈津さんに留められた時、無視して力を使っていれば、こんなことにはならなかった」
「俺はフェニックスと戦えてうれしかったよ?少しでも殺された友達の型機が取れたと思うから。俺自身の怪我なんか大したことないし」
俺は笑顔を作る。
「……。限。しばらくはフュー、発動したままでいた方がいい。傷はその方が塞がりやすいみたいだし」
喜助は答えなかったが、照れ臭そうに顔をそむけた。耳が赤い。
俺は黙ってズボンをはき、またフューを発動した。
喜助はその様子を見つめながら言った。
「限のフュー、触ってみてもいいか?」
「えっ、別にいいけど…」
喜助はそっと俺のブーツに触る。
「やっぱり、俺と波動が同じだ。初めて発動を見た時、そうじゃないかと思ったんだ。エメラルドグリーンに光ってたから」
「波動と色って関係があるのか?」
「フューにはいろんな波動があって、限みたいに眩しいほど光るのはあまりないけど光を発するんだ。俺は今は波動が見えなくなってるけど、呪いを受ける前はエメラルドグリーンの輝きが少しあった。波動が同じだと、良いことがあるんだ。まぁ説明しきれないから、必要な時に教えてもらってくれ。結構何年かGRにいるし、海外のやつのデータも見たことあるけど、同じ波動のやつにあったのは初めてだ」
嬉しそうな顔で喜助は、長々と言った。
こんなに長く話す喜助を見るのは初めてだった。
そうか、と俺は言って立ち上がった。
「ありがとう、喜助。おかげでもう大丈夫だ。じゃあな、また明日」
「あぁ。今まで冷たい態度をとって悪かった。1つだけ教えてやる。同じ波動のフューに触ったら、血液が体を駆け巡るような感覚になるんだ」
俺は喜助の部屋のドアを開けながら、喜助の方を振り返った。
立ち上がった喜助の身体を見て、俺の動きが止まる。
「喜助…なんだそれ…」
布団で隠れていた胸の下のあたりが、立ち上がったことで見えるようになっていた。
病院から戻ってきたときは、そんなところまで見る余裕がなかった。
そこには、体を締め付けるように巻き付いた、黒いタトゥー。
「え?これ?呪いだよ。これは毎日少しずつ伸びてくるんだ。こいつに首を絞められた時、俺は死ぬ」
喜助は少しだけ悲しそうな顔をした。
「ごめん、気軽に聞いていいことじゃなかったな」
「いや、いいよ。お前のおかげで俺は今回助かったんだし」
は?どういう意味だ?
「お前に背負われたとき、俺の身体がブーツに触れたんだと思う。…記憶はないけど。そのおかげであれだけの出欠でも呪いが思ったより進まなかったんだ」
「ほんとに?」
「波動が同じだとそう言うこともある。今回は本当にありがとう。明日からは学校だろ。大変だろうが、頑張れ」
俺は心からの笑顔を喜助に見せて部屋を出た。
心は晴れていた。