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らいん  作者: 三浦 一葉
2/4

2 2日目の事件



コンコン…


俺はドアのノックの音で目を覚ました。



「私だ、開けろ」



奈津?

寝ぼけ眼でドアを開ける。やはり奈津だった。



「なんだ?もしかして、今の今まで寝ていたのか?」



時計を見ると、7時半。全然早いし。



「昨日も色々あったし、疲れてたんだよ。しょうがないだろ」



奈津の機嫌を損ねるのもあれなので、俺はあえて言わなかった。



「それもそうか、しかし、昨日お前と仁とで話した部屋は分かるな?そこでこれからのことについて話す。その前にこれに着替えろ」



そう言って奈津が俺に渡したのは、白い長そでのブラウスと、黒に近い灰色のネクタイ、ネクタイと同じ色のズボンだった。

今まであったみんなが着ていたものだ。



「制服?」


「ラインの子ども用の制服だ。18以下はこれを着る。私はまぁ例外だけど。…ドアの前で待っているから、着たら出てきてくれ」



奈津は言い終わると、返事も聞かずにくるりと俺に背中を見せた。




「奈津?着替えたけど…」


「サイズはどうだ?」


「あぁ、大丈夫」



少し大きいが、中学生の俺にはいい具合だろう。



「じゃあ行くぞ」



俺たちは、長い廊下を歩いて昨日の部屋に戻った。

仁はまだいないようだ。



「座れ。仁が来るまで、私が話をしておこう」



俺がソファに座ると、奈津は向かいのソファに座った。



「あのさ、ここにきてからずっと思ってたんだけど、GRってなに?」



昨日から何度も話に出てきたけど。



「まだ言ってなかったか?」



奈津が驚いて言う。俺は黙って首を縦に振った。



「そうか。GRはラインが集まるこの集団のことだ。お前も今はGRの一員だ」


「そんなことだったのか。全然わからなかった」



そんな話をしていると、仁が入ってきた。



「あれ、もう来てたんだ?やっぱり夏は朝が早いな」



仁はそう言いながら奈津の隣に座った。



「うるさい。歳よりは早起きなんだ。ほっとけ」



奈津は仁を睨みながら言い、ソファーに深く座りなおして腕組みをした。



「そうだな、今日は限の父母とラインの仕事につての2つの話をしよう。もっと詳しい話はおいおいでいい。その話が終わったら、限にはゲートを覚えてもらう。いいな」


「父さんと母さんの話…」



仁は少しだけ微笑んだ。



「誠司さんはちょうど15年前にGRに入った。ずいぶん前の話だな。ラインだった安奈さんが結婚した相手が偶然フューを加工できる技術者だったんだ。2人はとてもGRに貢献してくれた。お前の両親は、少しずつお金を貯めてサンにマンションを買ったんだ。お前を育てていくために」



誠司は父さん、安奈は母さんの名前だから…母さんが父さんの力を見つけたということか。


それより、

「サンって何?」


「サンは、お前が今まで住んでいた土地のことだ。俺たちが今いるのは、他とは隔離された、一般人は絶対に入れない場所だ。それ以外をサンって言うんだ」


「へぇ…」


「で、2人はサンと本部をいったり来たりしながら暮らしていた。しかし、3年前、ダストに…」


仁は眉を寄せた。


「ここからは当事者の私が話そう」


奈津が落ち着いた声で言った。


「その日、安奈は2人の仲間と共に仕事に行った。しかし、予想では2人だったダストが、15人にまで飢えていた。安奈は助けを求めた。だからラインのほとんどがそこに向かったんだ。でも、ほぼ全滅してしまったことが生き残った安奈によって知らされた。

だから、18歳以下の者たちを本部に残し、私たち本部に残っていたラインは急いでそこに行こうとした。その時、誠司は自分も行くといって聞かなくて、仕方なく連れて行った。

そこに着くと、もちろんかなりの出すのも死んでいたが、ラインは…安奈しか残っていなかった。それからみんなで戦ったが、ダストもラインも含めて、最後に生きていたのは私だけだった」


奈津はそういうと、口を閉ざした。

奈津の目にたまっていた涙が、一筋零れた。


「これがあの日起こったことだ。今ここに残っているラインの中にはこのことをきちんと知らされていない人もいるが、限には知る権利がある」


「ありがとう」


「では、話を切り替えて、次の話をしよう。ラインの仕事についてだ。大体は俺がサンを透視・未来予知し、見つけ次第本部の人間が救助に向かう。状況によってはサンに出ていたり、サンで暮らしているラインに救助に行ってもらったりする。まぁ、今は誰もサンでは暮らしてないけど。ここまでは分かった?」


「多分…」



曖昧な返事をした俺を、奈津が鋭い目で見たが、俺は気付かないふりをした。



「話を続けよう。ラインには、これを支給することになっているんだ」



仁がそう言いながら俺に差し出したのは、携帯電話。



「ダストの情報には、この形態を使って俺がラインへそれぞれ知らせるようになっている。指令が出ていない時は自由に過ごしていいことになってる。指令が出たらその場に急行し、命をかけて一般人を守ってくれ」


「でも、事件が起きてから急行しても、手遅れになる」


「そんなことにならないように、なるべく急ぐ」


「じゃあ俺が襲われたときは?奈津はダストが去ってから俺のところに来た」



俺がそう言うと、仁は驚いた顔をした。

まさかと言いたげな視線を奈津に向ける。



「ダスト側にも俺みたいな能力はいるから、確かに未来の読み合いはよくある。だけど、そこまでのことはないと思うけど…」


「事実だ。だけど、私も努力はした。ダストが1人の予想だったけど、3人いたんだ。それで戦っていたから遅くなった。お前の学校の人間、半分以上は救ったと思うぞ」



そうか…最近また向こうもラインの様子を読んで来てるな…と仁が独り言。

そしてまた口を開く。



「ラインの数には限りがある。どれだけ真剣に戦っても助けられない命もある。俺たちは、その命でも1つでも助けるために仕事をするんだ。ダストの狙いは俺たちだ。失っていい命なんか1つもない」



仁は顔を下に向けた。

能力の特性から、この指令を出す立場になっているものの、仁は明らかに俺より年下だ。

もの凄い重圧に耐えているに違いない。


「…」



俺も釣られて下を向いた。人を助ける、なんて、自覚は未だにない。



「分かったか?お前はもうラインだし、これからいくつもの死に出会うだろう。でも、それでも、その死を乗り越えて1人でも多く助けるしかないんだ」



GRの年長者なだけあって、奈津の言葉には重みがあった。




「とまぁ、これがラインの仕事に話だ。限はこれを使ってくれ」


差し出された形態を受け取った。



「サンキュ」


「よし、それじゃあ、奈津は演習場に言を連れて行ってくれ。俺は天青を向かわせる」



俺は夏の後ろについて部屋を出た。



「演習場は、自分を鍛えるためにラインが使う部屋だ。仁がさっき言っていたように、今からお前には、ゲートを教える。お前も一緒に飛んだことがあるから大体予想はつくと思うが、一種の瞬間移動だ」



すぐに演習場に着き、俺たちは中に入った。

中は驚くほど広く、家一軒どころの広さじゃない。



「天青が来るまで少し待とう。すぐ来る」


「どうして天青?」



わざわざ来てもらうのは悪い気がする。



「天青はゲートがうまい。習うならあいつだ」



そんな話をしていると、天青が現れた。

ゲートを使って来たんだろう。



「話は仁から聞いた。俺なんかでいいなら…」



そう言って天青は俺に笑みを見せる。



「じゃあ私はこれで」


「おう!限のことは任せろ。今日中にゲートが使えるようにしてやる!」



天青が笑顔で奈津に言うと、奈津はフッと口の端を上げ、部屋を出て行った。



「さてと、始めようか。限」



天青がこちらに向き直る。



「ゲートは、自分が頭に創造した場所に行けたり、想像した人が今存在する場所に行くことができるんだ。ラインは、ゲートが必ず使えるから、やってみよう!」



天青は頭の上で手を組んでにこにこと笑っている。



「なぁ…1つ聞いていいか?」


「何?」


「みんな、ゲートは本部から行ったり、本部の中に帰ってきたりしてるけど、初めて奈津とここに来た時には玄関から入ったし、奈津がゲートを本部の中で使うのを見たことが無い。どうしてだ?」



琴音がゲートを使った時も、椿とサンに夕飯に行った時も、ゲートは本部内から使った。



「あ~…。奈津の話だから、俺が言っていいのかな?奈津のお母さんは、出す夫一般人の間にできた子供なんだ。確か、じいちゃんの方がダストだったかなぁ…」




…嘘だろ?

奈津の母親があのダストの血を引いてる?

奈津のおじいちゃんがダスト…?



「まさか…」


「本部はダストは出入りできないようになってる。奈津はラインだけど、ダストの血も引いてるから、1度本部から出ないとゲートが使えない。しかも、誰かに入れてもらわないと中に入れない」


「そのことをダストは…?」


「知らないと思う。でも、ダストの血は引いてるのに、ダストの能力じゃなくて、ラインの力に目覚めるのは可哀想だよな。だって、身内にダストいるんだぞ?まぁ母親もダストの能力には目覚めなかったらしいし、じいさんもかなり前に亡くなってるらしいけど」



奈津はあんな風に普通にふるまっているが、相当自分にダストの血が流れていることが悔しいだろう。

ラインの力に目覚めたら、ラインになるしかない。いかなることがあっても、フューが発動したら、ラインとなってしまう。

目覚めたものに拒否権はないんだ。



「そっか…」


「さて、じゃあゲートの練習を始めよう」



天青の言葉で、場の空気ががらりと変わった。



「ラインなんだからすぐにできるようになる!」


「あぁ」



天青はあぐらをかいて座り、俺にも座るように言った。



「まずは、自分の行きたい場所を頭に浮かべる。浮かばないなら、そこにいる人や、そこにある者でも行ける。そして、そこにいる自分を思い浮かべるんだ。そしたら行ける」



そういうと天青の身体は消え、演習場の端に現れた。



「これがゲートだ。やってみろ」



俺は頷き、集中するために目を閉じ、天青の隣に自分が座っていることを想像した。

すると…


身体が浮いたような感覚になり、目を開けた時にはもう、俺は天青の隣にいた。



「限すごい!一発でできた!しかも『ゲート』って言わなかったろ!俺、教えることなくなったし!」


「サンキュー」


「限、ちょっと待って」



天青がいきなり真顔になる。



「お前、この前フューに目覚めたばかりだけど、フューの使い方は大丈夫か?」


「あー…」



俺は、初めてフューが発動してから、1度も発動させていない。


「やっぱりそうか。ついでにフューを使う練習に付き合ってやるよ。暇だしな!」


「ありがとう」


「フューは俺より、奈津や喜助の方がうまいけど…俺でいい?」


「あぁ、誰だってかまわないし、付き合ってくれるの嬉しい」



教えてくれるのなら…!

喜助は嫌だけど



「じゃあ、とりあえず発動できるかやってみて」



俺は頷いて自分の足元に目を向けた。


どうやったら発動できるんだろう?

スニーカーの色は青。これが、エメラルドグリーンのブーツに?


取り会えず、発動した時のことを思い出そう。

心の中で強く思う。すると、学校でのことが頭に浮かんできた。

誰にでもわかるような濃い血のにおい、倒れている同級生。


ギュッと手のひらを握りしめた瞬間、スニーカーは光を放ち、ブーツに変わった。

エメラルドグリーン輝くブーツは、眩しいくらいの光を放っていた。



「それが、お前のフューか。どんな力?」


「知らない」



平然を装って答える。内心、こんなに早くできるなんて思っていなかった。



「あ、でもこれだけ知ってる」



そう言って俺は、高く飛んで空中で止まった。



「宙で静止できるのか…。ちょっと降りて来い限」



天青が真面目な顔で言うので、俺はすぐに降りた。

砂の敷かれた演習場は、じゃっと少し音を立てた。



「お前のフューは、ブーツの底から、炎のようなものを放出することによって空中で静止している。でも、それだけじゃ無理なんだ。身体がふらついて足だけで立つことはできない。フューは足に装備されているのに、全身が強化されてるんだ」



天青の言うことは、大体理解できた。

天青は言い終わると、ズボンのベルトのところにかかっていた膝までくらいの長さの棒を手に取った。



「こいつは俺のフューだ。限には今から俺と戦ってもらう。今から見せるけど、俺のフューは完全な攻撃型だ自分の体の傷なんて気にせず、相手のすきを狙う。発動!」



天青の声で、フューは真っ黒なオーラをまとってた手に伸び、最後に両端からはモノが出てきた。



「いいか?俺も本気出すから、お前も本気で来い。自分のフューに眠る力を見つけるんだ。俺はチカラは使わないから。じゃあ行くぞ!」



少しと奥に立っていた天青がすごい速さで俺の間の前に来た。


「わっ!」



俺は思わずジャンプする。天井が高くて良かった…。



「ちぇっ。その尋常じゃない瞬発力は、母親譲りだな」



どうしよう、どうしようどうしよう!

俺、まだ死にたくない。


頭の中はパニックの状態だった。

とりあえず空中を移動し、天青から離れた場所におりた。


すぐ、天青はこちらに走ってくる。

迫ってくる天青を冷静に見つめた。


そして、自分が天青の刃をよけて、天青に回し蹴りをお見舞いするところを思い浮かべた。


すると、今の一瞬で動体視力が強化されたようで、天青の走ってくる様子がゆっくに見えた。

俺の心は落ち着いてきて、俺はしっかり前を見据えた。


天青の刃をよけ、一度しゃがんで、立ち上がりながら天青の横腹に回し蹴りをした。

俺の脛はガードした天青にヒット。

ブーツで強化された足で蹴ったせいか、天青は反対の壁まで飛んで、力なく倒れた。

壁は無残にへこみ、威力の大きさを物語っていた。



「天青!」



俺、死にたくなかったけど、そんなに強く蹴ったつもりもなかった。


天青に駆け寄って肩をゆする。



「う…」



とっさに自分のポケットから携帯を取り出し、仁に電話をかけた。


みんなの番号は既に登録されてあったから、すぐにかけることができた。



「もしもし?限?どうした?」



すぐに、仁の落ち着いた声が聞こえてきた。



「仁!おれ、限!」


「知ってる。何かあったか?」


「天青が!」



あまりの俺の慌てぶりに何かあったと分かったのか、仁は優しく言った。


「琴をそっちに向かわせる。すぐに行くから待ってろ」



ゲートを使ったのか、琴音はすぐに現れた。



「大丈夫?」


こちらに駆け寄ってきて、天青に気付く。


「天青!何してたの?骨も何本かいってるね」



何でそんなの分かるんだ?


天青は相変わらず返事をしない。



「仕方ない。発動」



琴音が発動すると、背中に羽が生えた。

真っ白に輝いている。これが琴音のフュー…。



琴音は天青の身体に手をかざし、目を閉じた。

すると、手から光が出て天青の身体を包んだ。



「とりあえず骨はくっつけた。しばらくは多少痛いと思うけど、我慢できるはず!テノの使い手なんだから」


「テノ?」



琴音はこちらを向く。



「天青のフューの名前よ。フューの本来の力を使う為にフューの名前を知る必要があるの。その知り方は様々だけど。天青のフューの名前がテノ。ちなみに私のはハピネス。私はチカラを使うとみんなのけがを治したりできるの。ほら!天青!起きなさい!なにしてあんたこんなことになったの?」


琴音が天青の肩をゆすると、うっすらと天青は目を開けた。



「俺は…限にフューの使い方を…」


「はいはい、教えようとしたわけね。で、あんたより強い潜在能力を秘めてた限くんに負けちゃったわけだ」



琴音がそう言うと、天青は笑った。



「こいつなら、もう十分やっていける。…教えることは何もない」



琴音h軽く息をついて話を進める。



「分かった。そう仁に伝えるよ。だから天青は自分の部屋で寝てなよ。動いていいのは明後日から。負担かかるからゲートも禁止!」



琴音は天青に肩を貸すと、歩いて演習場を出て行った。

俺はどうすればいいのか分からなくて、とりあえずその場に残った。





数分後、


パッと目の前に琴音が現れた。



「限くん。仁のところに行くよ。ついてきて」



これから怒られるのかと、足取りは重い。

仁の居る部屋には、すぐに着いたのだが、扉は一層重く見えた。


ここから追い出される?そういう不安ばかりが募る。




部屋に入ると、仁と喜助と奈津がソファーの傍にいた。


相変わらず喜助は不機嫌そうだ。



「限、琴。座ってくれ」



仁がそう言うので、俺たちはソファーの開いている場所に腰かけた。



「そろったところで話を始めようか。天青のことは聞いただろ?」



話し始めたの予想通り、仁だった。



「明日1日が使ってダストの隠れ家があると予想されてるB‐8にあるテーマパークに天青と奈津、琴、喜助の4人で行ってもらう予定だった。しかし、天青が行けなくなった」


「あーあ、どうしてくれるんだよ」



喜助が俺を見ながら言う。



「そこでだ、限に天青の代わりに行ってもらおうと思ってる」


「正気か?」



笑顔の仁に、そう言った奈津の顔は険しい。



「正気だ。限に戦いを経験してもらうのに、こんないいタイミングはない」


「奈津さんの言う通りだ!こいつには隠れ家に行くなんてこと無理無理。椿さんにお願いして…」


「ダメだ。限を行かせる。限は天青を1発で気絶させたんだ。椿にそんな力はない。持久戦になれば椿の方が上だろうが、明日は力重視」


「でも…」


「俺の言うことが聞けないのか?」



反対を続ける喜助に、仁が目を細めた。


かなり威厳がある。

小さな子供だとは思えない。



「奈津。喜助はどうしてこんなに限に突っかかるんだ?」



奈津は首をすくめる。


「私に聞かないでくれ」


「まあいい。限。今の話で大体分かったな?引き受けてくれるか?」


「ああ」



俺はすぐに答えた。

今はGRから追い出されなかった嬉しさと、ダストと戦えることへの興奮が募っていた。



「よし、この場はこれで解散だ。明日の10時ちょうどに本部玄関に集合しよう。みんなくれぐれも制服で来ないようにな」



仁の話が終わると、すぐに喜助の姿は消えた。

ゲートを使ったんだろう。


奈津は黙って立ち上がり、歩いて部屋を出て行った。

そっか、奈津は本部内でゲートが使えないんだ。


俺は歩くのが面倒だったので、ゲートを使って自分の部屋に戻った。



「明日、ダストと会えるかもしれないのか…」



呟いてベットに横になる。


すると、おじさんの顔がふと浮かんできた。

おじさんは俺がいないことにそろそろ気付いたんじゃないだろうか。

そこまで俺にするとは思えないけど、もしも警察に捜索願を出されていたら…?


不安になって、俺は隣の部屋のドアを叩いた。

椿の部屋だ。



「誰?」


「俺」


「あぁ、限?入って入って」



俺はドアを押し開けた。

椿の部屋はモノトーンで統一されたシンプルな部屋だった。



「どうした?」


「ちょっと聞きたいことあって」


「何?」


「あのさ、俺、おじさんに何も言わずにこっちに来ちゃったけど、大丈夫なのかな?」



一瞬不思議そうな顔をした椿だったが、すぐに何を言っているか分かったようだった。



「大丈夫だよ。国から通知来てるはずだから。限さんには、国のために働いてもらいます。なので、これからそちらとの連絡は取れませんってな」



そっか…良かった。



「気にしてたのか?あ、お前、学校通うだろ?勉強しないわけにもいかないし。俺と同じ学校に行くことになるだろうな」


「学校に行けるのか?」



GRに入ったら、学校には行けないと思ってた。



「当たり前。ラインに融資してくれてる学校の1つに通ってるんだ。これもそこの制服だよ」



椿は制服を指しながら言った。



「ラインは少しだけ特別扱いされてるけどな。授業中でも仁から連絡があれば行っていいことになってる」


それでも、勉強できるだけ幸せだよな。と椿は付け足した。



「仁からの連絡って、仁は学校に行ってないのか?」


「うん。仁は必要ないって。例外だよ。奏も学校は行ってないけど、高卒認定は受けたらしい」



そっか。



「明日日曜日で学校はないけど、仁が転校の手続きはしてくれるはず。そしたら、月曜から一緒に学校行こうな」



俺は、うん。とだけ言って椿の部屋を出た。




みんな…

つい昨日まで言っていた学校のことを思い出し、俺は仁に連絡を入れた。



【ちょっとサンに行ってくる。何かあったら連絡をくれ】



送信の確認をしてから、母校の校庭にゲートで飛んだ。


考えた通り、学校には人っ子一人いなかった。

まぁあんなことがあった次の日に、部活なんてできないよな。


さすがに砂の上の血痕は消されていたが、頭にはその様子が鮮明に思い出せる。



「限…?」



いきなり聞こえてきた声に、反射的に振り返る。



「芽衣?」



そこにいたのは、幼馴染の本田芽衣。女子にしては高い身長に、パッチリした大きな瞳が印象的だ。



「限!あんた、いなくなるから心配したんだよ?家にもいないみたいだし。明後日から学校、戻ってくるんでしょうね?」



芽衣はそう言いながらこちらに駆け寄ってきた。



「あー、ごめん。無理だ。この学校にまた通うのは」



俺は申し訳ない気持ちで行った。


実際もうこの近くには住んでいないし、こちらの学校には、転校の届けが人によって出されているだろう。



「嘘でしょ?限がいないとつまらないよ。私たちの学年で生き残ったのはたった30人。他の学年に死者はいなかったみたいだけど、190人いたのに1クラス分しかいなくなっちゃった」



30人…でも…。



「悪いけど、決まったことなんだ。俺は国のために働くことになったから」


「国のため?限はなにをしたの?私には言えないこと?限…」



芽衣は、目を少し潤ませながら言った。



「限がそれでも来ないっていうなら…」



下を向く様子を見つめる。

長く一緒にいたけど、こんな芽衣、見たことが無い。



「来ないならなんだよ?」



そして、決意したように笑った。



「芽衣…?」


「私ね、みんなを殺してってお願いした人がいるんだ。その人に殺してもらうよ?その人たち、すっごく怖いよ?みんなとはいかなかっらけど、いっぱい殺してくれた」



まさか…



「その人ってこの間の…?」



そう言えば、みんな血だらけでキリ傷だらけだったはずなのに、芽衣には傷跡一つない。



「なんて言ったっけ…?ダ…ストかな?」



やっぱり…。




「あたし、トイレにわざとこもってたから無事だったんだけどね?」



芽衣はは冷たく俺を見た。


俺も背は低くないけど、芽衣の方が俺より少しだけ背が高い。見降ろされている。



「まさか、限が疾走するなんて思ってなくてさ。死体も出ないなんて言うから驚いたよ。死んだら死に顔見ようと思ったんだけど」



俺、芽衣に何かしたっけ?



「本当に悪いんだけど…っ!?」



再度謝ろうとした俺のすぐ横を、飛んできたナイフがかすめていった。投げた相手は壁の蔭で見えない。


同時にポケットの携帯が鳴った。




相手に注意しつつ、電話に出る。


『限!そっちにダストが出る。お前が今いるあたり!』


「今から抗戦するとこ」



そう言いながら、フューを発動した。



青かったスニーカーが、エメラルドぐらーんに輝いてブーツに変わった。


俺は何か言いたげだった人との会話を切り上げて、携帯をポケットに突っ込んだ。



「誰だ?」



細心の注意を払いながら低い声で聴く。


芽衣は、スニーカーの変化や輝きに驚いたようだった。



「久しぶり、会いたかった」



落ち着いた声とともに、俺の前に出てきたのは、長い黒髪に釣り目の女。

昨日のダストだ。



「俺は会いたくなかったよ」



俺はそいつを睨みながら言った。


芽衣は黙ってこちらを見ている。



「前にあってからそんなに時間は経ってないのに、かなり強くなってるみたいだね。オーラが大きくなってるよ」


「だから何だよ」


「別に。芽衣ちゃん!この子、殺していいの?」


「いいですよ!」



ダストが危ないものだということが分かってないようだ。



「だってさ。殺すよ」



ご自由に!まあ本当に殺されそうだからあえて言わないけど。


俺はいつでも攻撃ができるように、そして防御ができるように軽く膝を曲げた。


いきなりシュッという音と共にナイフが飛んできた。動体視力がフューによって強化されている俺にとって、よけることは簡単なことだった。

ナイフは俺の後ろの壁に刺さった。



「よけるのも上手になったね。普通の人間委は絶対に見えないよ」


「だから?俺ももう、普通の人間じゃないし」



ダストはうれしそうに笑った。



「私、強い男の子、好きだよ」


「気持ち悪い」



俺は高く飛びあがって静止する。



「そんな技もあるんだね。まだ力は使ってないみたいだけど」



空中をけってダストにけりを入れた。


ダストはそれを背中をそらしてかわし、ブーツにナイフを突き刺した。



ビックリして飛びのいたが、ブーツは硬かったようで平気だった。



「ナイフ、何本持ってんだ?」



俺の質問に、ダストは首をすくめた。



「何本でも。異空間から取り出してるからいくらでもだせるよ」



そう言いながらナイフを投げてくる。

距離があったから難なくよけた。



「っ!」



同時に体の自由が利かなくなって、俺は小さく息を吸った。


自分の身体を見て、細い糸が自分の手首とブーツの足首に巻き付いていることに気付く。

これは…ワイヤー?




「動けないでしょ?私の技の1つだよ。力はまだ使わない」



動こうともがくと、足はともかく手首から血が垂れてきた。



「動かない方がいいよ。手首からスパッといっちゃうから」


「くそっ」



ダストは更にナイフを取り出してうれしそうに微笑んだ。



「死ぬ前に教えてあげるよ。私の名前は、ルイ。フューはナイフ。まぁラインから奪ったからフューとは言えないけどね」



ナイフ…だからずっと使っていたのか。

と考えたとき、俺はふといいことを思いついた。


俺はさっそく実行に移った。

とにかくブーツに念じてみる。



俺のブーツ…。俺の手首を強化してくれ。ワイヤーで切れないように、皮膚まで強く!

すると、ひじの下あたりから指先にかけて、急に暖かくなってきた。


腕が強化されたのだろうか?

とりあえずやってみるしかない。俺はチカラ任せに宙を蹴って上昇した。


腕が引っ張られ、ワイヤーが皮膚にめり込む感覚。

俺は口をきつく結んでさらに上昇を試みた。

自分のブーツを信じて。

すると、突然身体が自由になった。

ワイヤーが外れた!


下を見ると、ルイが悔しそうにこちらを見上げていた。



「あんたねぇ!せっかく痛みなく殺してあげようと思ったのに、あんた、どうなってんの!?私のワイヤーを抜けたのはあんたが初めて…」



ルイの言葉が途切れた。


その瞬間、俺はルイの頭に何かが当たって、ルイが倒れるのを見た。


ルイの頭に当たった何かは、1人の少年の手に戻った。



「椿…」


「よっ初めての戦いでよく頑張ったな!」



目じりを大きく下げながら、椿はこっちに歩いてきていた。ということは、さっきのルイの頭に当たったのは椿のボールだったのか。


ルイは倒れている。



「にしても、ボールでよく気絶なんかさせることができたな」


「ただのボールじゃないって知ってるでしょ!当たった時の衝撃を強くするなんて簡単」


「またラインが…私、怠慢の方が好きなんだよね。ゲート」



起き上がったルイがゲートで消えた。



「あ、逃げちゃった…」


「まぁいいよ。また会った時に倒せばいい。椿。悪いけど先に帰ってくれないか?」


「限?」


「ちょっと行きたいところがあるんだ。終わり次第すぐ帰るから」



その時、ちょうど俺のお腹が鳴った。

そう言えば、昼過ぎなのに、朝から何も食べてない。



「限お腹は減ってるの?」


「多分…でも、そこらへんで適当に食べるから」



俺は嘘をついた。

そこらへんで食べるためのお金を持っていない。携帯しか持ってこなかったから一文無しだ。



「そっか…じゃあ、気を付けて。ゲート」




椿がいなくなると、俺はその場に立ちすくんでいる芽衣に向き直った。



「芽衣…」


「限は…化け物なの?スニーカーをブーツにするなんて…」



怯え切った顔で、芽衣は俺に言った。

俺からすれば、それよりナイフを投げる人間の方が怖いけど。



「少し違う。俺は悪者じゃないから化け物ではないな。俺みたいな特殊な能力を持つ人間をラインっていうんだけど、そういう人間を殺して、自分の能力にするためにダストは存在するんだ。ラインをおびき寄せるためなら、一般人でも平気で殺す。そんなことが無いように、俺たちは戦っているんだ。分かってくれ」


「国の為ってそのことだったの?ダストって怖い人だったの?限…ごめんなさい」



芽衣はうなだれた。



「もう、いいから。冷たいこと言うみたいだけど、死んだ人は帰ってこないから」


「限…」



泣きそうな顔をされても、困る。



「早く家に帰って、このことは忘れるんだ。ラインのことは口外するなよ」




俺はフューの発動を解いて早足で歩きだした。

芽衣とは小さい頃からの仲だった。あいつが今、どんなにつらいかは分かってる。でも、自分のしたことの重みを分かってほしい…。


それに俺はいつ死ぬかもわからないし、長く芽衣の傍にいることはできないから。



俺は角を曲がると、人が見ていないことを確認してゲートで本部に帰った。


お腹は減ってるし、行きたかった所には結局行けなかったし、散々だった。




ふと、誰かに気持ちをぶつけたくなって部屋を出た。


とりあえず目の前のドアお叩く。確か、奈津の部屋だったはずだ。

薄暗い廊下が俺を見つめていた。



「誰だ?」



奈津の声が中から聞こえてきた。



「俺だ」


「…すぐ開ける」



鍵の開けられる音がして、奈津の顔が見えた。



「どうした?」



小さい子に声をかけるような、優しい声だった。



「…」



何も答えない俺を、奈津は何も言わずに部屋に招きいれた。



奈津の部屋はさすが大人なだけあって統一感のある部屋だった。

でも、生活感のあまりない部屋だった。



「座れ」



顎でソファーを促される。

俺がそこに座ると、奈津も座った。




俺は、洗いざらい奈津に話した。



「化け物か…確かにそうかもな。普通の人間からしてみれば全くおかしなことだ。もとは人間といえど…な…」



奈津は笑っていた。全く気にすることはないよ、と俺に言う。



「あと、単独行動は避けた方がいい。いつダストに会うか分からない」


「はい…」



おれは、ルイとの戦いの時にできた、両手首の傷口を見つめた。



「怪我してたのか?琴の所に行って来い」



そっけない言い方だったが、心配されていることが分かる。




「これくらいすぐに治るからいい」



急いで手を身体の後ろに隠した。



「痛むようなら行けよ。限。あと、そういう悩みは、ラインになれば誰もが持つものだ。慣れるとしか言えないが、ラインならその痛みは誰もが共感してくれると思うよ」




奈津がポンと俺の肩を叩く。


いつもの勝ち気で男勝りな表情は消えて、常に上がっていた眉も下がり、本当に心配してくれる。



「人は間違いを犯す。ラインであっても、なくても。その間違いに気付かない奴も多い。ダストに殺しを頼んでしまう奴も結構いるんだ。仕方ない。お前にはそう言うことももっといろいろ教えておくべきだったな」


「どうして?」


「ダストに襲われたことが原因でラインになったのはお前が初めてだったからだ」



少し眩暈がした、部屋に戻って休むべきだな。



「ありがとう、奈津。元気が出たよ。じゃあ、また、相談があったら来ていいか?」



俺は話を打ち切った。



「もちろん。くるといい。いくらでも聞いてやる」



奈津はまた笑う。




俺は立ち上がった。

いや、結果的には立ち上がれなかった。


前のめりに倒れ、そのまま意識を失った。







目を覚ますと、見慣れ始めた自分の部屋に俺はいた。



「え…」



ゆっくりと身体を起こす。



「あんた、馬鹿じゃないの!?朝から何も食べないままフューやゲートを使って!死ぬよ!」



険しい表情でこちらを見ている琴音。


あぁ、そうか。何も食べないままフューを使ったりしたからこんなことになったのか。



「腹減った」



まず出てきた言葉がそれだった。



「そう言うと思ったよ。広間に料理を準備してるから行こう」



琴音は俺の肩をつかんで『ゲート』と言った。


着いた先は例の仁の部屋。いや、仁の部屋ではないけど。



「待ってたよ。みんなで腕を振るったんだ。食べよう。ピザも買って来た」



でもやっぱり仁もいた。

きっと俺の好物がピザって知ってるということは、心を読んだんだろう。複雑だ。



「ありがとう。いただきます」



山のようにあった食べ物は、育ち盛りが沢山いるからか、瞬く間になくなった。

野菜は嫌いだったが、たくさん準備されていたので食べた。意外とおいしい。



「ラインになると、好みが変わったりすることもあるよ」



と天青が言った。




「じゃあ明日は10時にな。私は部屋に戻るよ」




琴音と話をしようと思ったが、奈津が切り上げたので俺もそうすることにした。


部屋に入ると、強烈な眠気が襲ってきて、俺はそのまま眠りについた。




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