1 始まりの目覚め
血…。血…。見渡す限り血であふれたグラウンドに、俺はいた。
何が起きたのかわからない。
みんながグラウンドに力なく倒れている。
ただ、俺が生きている事だけは分かる。
「あと、生きてるのはあんただけだね」
みんなを血の海に沈め田女は、俺を見ながらそう言った。
少し釣り上がった目に、長くて真っ黒な髪。
そいつはナイフを片手に人間離れした早さで、みんなを切りつけていった。
「なぜこんなことを…?」
俺は、震える唇を動かして、女に問いかけた。
「いいね。あんたも、もうすぐ死ぬんだし。答えてあげる。私は、ラインって呼ばれている特殊能力を持った人間を探してる、ダストという一族の一人なの」
「ラ…イン?」
「あぁ、一般人はラインのこと知らないんだった。ラインは、神に許された特別な力を持つ人のことを指すの。まぁ、フューっていう特別な道具を使いこなせる特殊能力って感じかな」
そこで女は話すのを1度やめ、意味ありげで不敵な笑みを見せた。
「私たちダストの1族は、ラインの脳味噌を食べることによって、ラインの能力を奪うことができるの。そしてラインは、こういう一般人が犠牲になる事件を嗅ぎつけてやってくる。それを狙ってるってわけ」
そんな…。そんなことのために、みんなを…?
俺の中に怒りが湧き起こる。
生きている自分を嘆き、ラインという人たちが来てくれることを祈った。
すると
シュゥン…
という音がして父と母から貰った、お気に入りのスニーカーが変化した。
この靴は3年前、父と母にもらった。これを俺に渡した次の日、父と母は仕事中に死んだ。
このスニーカーは3年間、毎日のように履いているがずっと綺麗なままを保っているし、サイズも小さくならなかった。
…と、そのスニーカーはブーツに変化した。
不思議な光を放っている。エメラルドグリーンだ。
何だ?これ?
と思ったが、次の瞬間には、俺は勢いよく地面を蹴っていた。
蹴ろうと思ったわけじゃない。勝手に足が動いていた。
すると、脚力がおかしくなったのかと思うくらい高くジャンプし、そのまま空中で静止した。
俺自身ももちろん驚いていたが、女はその比ではなかった。
「あんたも、ラインだったの?」
俺は…ラインだったのか?
これが、ラインの力なのか…?
なんとも言えず、ただ黙っていた。
「予定が狂ったわ。今日のところは退きましょう。ゲート!」
女がそういうと、いきなりその女は消えた。
『ゲート』?
まぁいい。よくないけど。この状況、どうしよう。
「私が来る必要は無かったようだな」
新しく声が聞こえてきて、俺はそちらに顔を向けた。
立っていたのはツインテールの小学生くらいの女の子。
真っ白なブラウスに、黒に近い灰色のスカート、同じ色の紐のリボンをしている。
どこかの制服か?でも…見たことがない。
しかも背中には、ゴツい刀を背負っている。
「何だよ?小学生は学校に帰ってろ。俺は今、こんな状態だから、、さっさとどっかに行ってくれ」
「中学生ごときが…。私は、ラインの新田奈津という。お前もラインだな?お前にはGRに入ってもらう。拒否権はない。お前の名前は?年は?」
その子は俺を睨みながら言った。
「俺の名前は堂本限。14歳だ」
ラインという名前を聞き、俺は答えることにした。
「堂本…?まさか、誠司と杏奈の息子か!?」
「父さんと母さんを知っているのか?!」
小学生がなぜ?
「知っている。私がラインとして目覚め、GRに入ってから数年後にGRに入ってきた後輩だ。確かに1人息子がいると聞いていた気もするが、息子もラインだったのか…?」
父さんと母さんが、ラインだった…?
…てか、GRって何?
「この話は後でいい。お前、いま1人暮らしか?」
「あぁ。そうだ。金だけ払う叔父がいる」
叔父は、恩着せがましいのが苦手だ。
「そうか。ならばわざわざ言いに行く必要はないな。今からすぐに本部に向かう」
奈津は身を翻しながら言った。
「本部?」
勝手に決めるなよ。
「あぁ。ライン全員が持っている力を使えば、簡単に向かうことができるよ。ゲート!」
奈津がそう言うと、俺の視界は変わり、ふわふわした不思議な感覚になった。
嘘だろ?
今まで普通に生活してきたのに、それが変わってしまうのか?
すぐにある建物の前についた。
周りは深い森に囲まれ、家や他の建物らしきものは目の前の巨大な建物以外一軒もなかった。
「ここがGRの本部だ」
夏は建物の前で振り返って俺を見た。
「これから仲間になるんだ。私のことも教えておこう。名前はさっき言った通り、新田奈津。見た目はこの通り12歳くらいだが、実は24歳だ。ちょっと理由があって、こんな姿をしているが、まぁいい。入るか」
よくないだろ。若く見えるどころじゃない、小さい。おかしい。
奈津は大きくて重そうな扉に手をかざした。
「何をしてるんだ?」
「うるさい。ちょっと黙ってろ。仁。聞こえているか?誰か使いを出してくれ。詳しいことは後で話す」
奈津は君悪いことに、扉に話しかけていた。
数分後…
ギギギ…
という音とともに扉が開いた。
「おかえり!奈津!あ、この人が新しくGRに入る人?」
中から出てきたのは、奈津と同じ服を着た女の子。
髪の毛を頭の上の方で2つ、お団子にしている。
首からはタトゥーみたいな不思議な模様が少し覗いていた。
「あぁ、堂本夫妻の息子の限だ。年はお前と同じ」
奈津が俺を紹介する。俺は軽く頭を下げた。
「そうなんだ?私は石井琴音です!みんなからは琴って呼ばれてるよ!自由に呼んでね!そっか…堂本さんの…」
琴音はペラペラと一通り話すと、口をつぐんだ。
「琴は、人のところにこいつを連れて行ってやってくれ。私は奏のところに行ってくる」
奈津はそれを待っていたかのように口を挟んだ。
タイミングがとてもいい。きっと、付き合いが長いんだ。
「わかった。じゃあ限君。ついてきて」
俺は軽く頷いて琴音に続く。
「この上の階が、みんながそれぞれ持つ個室がある階だよ。空き部屋だらけだけど…」
琴は階段の前を通り過ぎる時に言った。
「空き部屋だらけ?ラインは今、何人いるんだ…?」
俺はそう聞いた。
「…たった3年前のことなんだけど、ここにいた多くの大人のラインたちは、ダストとの戦いで殺されたの。子どもだった私たちは、ダストに見つからないこの建物に隠れて居たの。で、無事に帰ってきたのは、1番ラインの中で強かった奈津だ↑えだったんだ。だから今は、ほとんどが未成年のライン。そしてダストは…今もラインをこの世から消そうとしているの」
そう言って、悲しそうに笑った。
「嫌なこと聞いて悪かったな」
「いや、いいよ。いつかは話すことだから。薄々感づいてるかもしれないけど、その戦いで堂本夫妻、限の両親は命を落としたんだよ」
「…」
不思議と悲しみは湧いてこなかった。
しばらくして、やっと廊下の端に着いた。
目の前には重そうな扉。
「入ろう」
琴音はそう言って扉を開けた。
一気に広い場所に開け放たれる。
ソファや机などのある、ホテルのロビーのような清潔感のある大きな部屋だった。
「ようこそ。堂本限君」
ソファの影から聞こえてくる声。
そしてゆっくり立ち上がった人影。
こ、子供!?
声の主は、どう見ても小学生の男の子だった。
「仁」
琴音が真面目な顔になる。
「分かってるよ。奈津が連れてきたんだろ?にしても、君のフューは珍しいな。フューは全て攻撃系のはずなのに、君のフューの波動はどちらかというと防御系だ」
仁と呼ばれた男の子は、俺のスニーカーを見ながらいい、子供っぽくニコッと笑った。
「俺の名前は原田仁。よろしくな」
「あぁ」
「仁って呼んでくれ」
俺はジンの右目の眼帯に目が行った。
「あ、これ気になる?俺はこの右目がフューになってるんだ。ちょっと変な右目だから普段は一応隠してるけど」
俺の心を読んだかのように仁が言った。
「仁。詳しい話は明日からでいいんじゃない。限君は、まだこっちに来たばかりだし、仁に一目合わせておこうと奈津が思っただけだと思うの」
ガチャリとドアの開く音がする。
「まだこの部屋にいたのか限。ルームの前の階段で待ってやっていたが、遅すぎる」
奈津が部屋に入ってくるところだった。
後ろには、奈津よりだいぶ年上に見える人も入ってきた。かなりの美人だ。
「悪かったな。話が長引いた。そうだ。奏は限と今初めて会ったんだろ?」
仁がそう言うと、奈津の後ろに立っていた少女がコクリと頷いて、こちらに歩み寄ってきた。
「幸奏、18歳です。奏、と呼んでください。仁とともにGRをまとめています。よろしく」
「堂本限です」
俺は頭を下げた。
「よし。奏はいつもの位置に戻ってくれ。琴は仕事だ。ダストがCー39で暴れてる」
「分かった。ゲート!」
琴音はそう言って一瞬にして消えた。
それより、仁は今まで俺と、琴音と3人で過ごしていた。なのに、いきなりなぜそんなことが分かるんだ?
しかも、仕事って何?Cー39って?
「奈津は限君を…そうだな、椿の隣の部屋に案内してやってくれ。限。荷物は俺が運んでおくよ。今まで住んでいたところにあった物全ておいておく。家具も全部置いておくから、自分の部屋を作ると良い」
え…?なんで俺が住んでいたところを知っているような言い方をするんだ?
しかも家具なんてどうやって運ぶんだ?
「限。仁は瞬間移動やテレパシーの能力を持っているんだ。驚くことじゃない」
ただただ驚いている俺を見かねて、奈津が教えてくれた。
「ほら。限。行くぞ」
続けて部屋を出るように促されて部屋を出た。
歩きながら、奈津が俺に話す。
「さっき仁が言っていた、椿という名前のお前の隣人になる男は、お前と同じ14歳だ。仲良くやれるだろう」
すぐに先程の階段まで戻ってきた。
階段を登る。
木で作られた床が、歩くたびにコツコツと音を立てた。
「うわ…。すっげぇ」
階段を登ると、長い廊下と、それに張り付くように並んだドアが延々と続いていた。
「前はここに、入り切れないほどたくさん人がいた。でも今は、お前を入れても7人しかラインがいない。みんな、死んでしまった」
奈津が眉を潜めて言う。
「そうなのか…」
「みんなはこの個人用の部屋達のことをルームと言う。まずはみんなに挨拶に行く」
「ルーム…」
「1番年上なのは私だ。見た目はアレだが、20代なのは私だけだ」
まぁ…行くぞ。話を打ち切って、奈津は近くのドアを叩いた。
「誰?」
中からは、男の声。
「天青。私だ。新入りだ」
「ちょっと待ってー。今鍵開ける」
すぐにガチャリと音がしてドアが開いた。
出てきたのは茶色の髪を左目の上で分けた、垂れ目の男の子。
身長はそれなりにあり、さわやかを絵に描いたような人だった。
「お?男子か。俺よりでかい。いいねー。俺、佐倉天青15歳。呼び捨てでもいいよ。自由に呼んでくれ」
「堂本限。14歳」
「年下かよ!デカいな。まぁいい。仲良くしようなぁ」
天青はにっこり笑った。
「限。行くぞ。早く残りの奴にも挨拶をしなければ。私もずっと付き合っていられるわけじゃない」
奈津が急かす。
「あぁ、悪い」
「また、暇になったら遊びに来てくれよ」
天青は手をヒラヒラと振りながら言った。
天青とは気が合いそうだ。
少し嬉しくなった。
俺たちは天青と別れ、奈津はその隣の部屋のドアを叩いた。
「誰だよ?」
中からはイラついた幼い声。
「私だ。新入りを連れてきた」
奈津はその声にも特に反応せず、平然と返した。慣れてるのか…?
「奈津さんっ!?今すぐ開けます!少し待ってください!!」
奈津さんって何!?
天青の時よりも早く、そして大きくドアが開かれた。
そこから出てきたのは、黒髪のちょっと柄の悪そうな男の子。
綺麗な顔をしており、俺よりも背は小さい。
「奈津さん!帰ってきてたんですね!」
男の子は顔を綻ばせる。
「今帰った。それよりこいつは新人の堂本限。お前の1つ上だ、喜助。お前も挨拶しろ」
「あひ!いや…でも、何故奈津さんがこいつと一緒にいるんですか!?」
男の子は俺を睨みながら言った。
少し怖いかもしれないと思ったが、俺に嫉妬しているただの小さな少年だった。
「私が見つけたからだ。何か問題あるか?」
奈津は声のトーンを落として言った。
「いえ、ありません」
やべっ、という顔を一瞬してから、喜助はそう言い、俺の方を向いた。
「俺の名前は、真喜助。…よろしく」
…全然よろしくという顔はしてないが、口からはそんな言葉が出た。
「喜助、最近調子はどうだ?」
奈津が聞くと、喜助は嬉しそうな顔をする。
「はい!本気にならなければ苦しくはならないし。では、俺もさっき帰ってきたばかりなので、休ませてもらいますね」
苦しくなる?こいつはどこか悪いのか?
「あぁ、じゃあな」
奈津がそう言うと、喜助は笑顔を見せ、それから俺を睨んだ。
そして、ドアは閉まった。
俺、こいつ、苦手だ!
「悪いな。あいつがGRに入ってから世話したのが私だったんだ。だから、私に懐いてしまって。しかし、私を庇ってあんなことになってしまうし…。心を閉ざしてしまってるんだ」
奈津は少し唇を噛んだ。
「あんなこと…?」
「悪いが今は話したくない。いつか、機会を見て話す。最後の部屋に行くぞ。椿の部屋だ」
奈津は少し早足になった。
「分かった…」
すぐに椿とやらの部屋はあった。
「ここが椿の部屋だ。右側がお前の部屋になる」
奈津はドアを叩く。
「誰?」
「私だ」
「はいはーい」
少しして、ドアが大きく開かれる。中からはキリッとした、幼い感じの男子が出てきた。
「奈津と…えっと?」
「堂本限、14歳だ」
「あー!新入りさんか。俺は一神椿。お前と同い年だ。仲良くやろうな!」
椿はニコニコ笑った。キリッとした精悍な顔立ちが一気に柔らかくなる。
「椿、限は隣の部屋に入ることになったから、何かあればお前が世話してやってくれ」
奈津が右を親指で刺しながら言う。
「え?でもあの部屋は誠司さんの…え、まさか、マジ?」
「そのまさかだ。ほら限。挨拶もこれで終わりだ。部屋に入るぞ」
曖昧なままに話は打ち切られてしまった。
「おぉ。じゃあな、椿。またそっちに行くよ」
「うん!いつでもどうぞ。俺の部屋は、鍵かけてないからいつでも勝手に入って」
とてもとても嬉しそうに笑う椿に釣られて、俺も笑った。
そして、部屋に入った。
「この部屋は、お前の父が使っていた部屋だ。誠司の希望で、他の部屋がいっぱいになってこの部屋を使わなければならなくなるその日まで、この部屋をそのままにしておいた。今までずっと使われていなかった。ずいぶん埃は積もって閉まってはいるが、よければ使え。他の部屋が良ければ私が仁に言って変えてもらう」
「この部屋がいいよ。父さんが残したものは、俺がもらっていいんでしょ?」
俺は、部屋の奥に進みながら言った。
「そうか。部屋にはトイレも風呂もついてる。掃除は各自。部屋自体は1つしかないが、一人暮らしには十分だろう」
「あぁ」
ふと中を見回すと、見慣れた家具があった。
これは、どうやって置いたんだ?俺が今まで一人で住んでいた家で使っていた家具だ。
「何、驚いてんだ?仁が運んでおくと言っていただろ?仁がテレポートで運んだんだ」
「仁は一体何者なんだ…?」
「今から部屋の片付けをするんだろう?手伝おうか?」
「いや。奈津もやることあるだろうし、俺1人でするよ」
思い出のものも、ゆっくり見たい。
俺は笑ってみせた。
「そうか。分かった。私は正面の部屋だから、何かあれば、来ていい」
奈津はそう言って部屋から出て行った。
俺は黙ってもともとこの部屋にあった机の上に置かれていた写真立てを手に取った。
「…」
これは、俺の写真?
写真に笑顔で写っていたのは、小学生の頃の俺だ。隣では父さんと母さんが並んで微笑んでる。
俺は、父さんと母さんが死んでから初めて涙を流した。あふれる涙を止めることができなかった。
泣きながら部屋を片付け、クローゼットの中に入っていた掃除用具で掃除をした。
数時間後、窓から見える外の景色が暗くなってきた頃、ドアが叩かれた。
「誰?」
「俺、椿。入っていい?」
「いいよ」
そういうと、椿は部屋に入ってきた。
「限、鍵はかけておいた方がいいよ。俺が悪意を持った人間だったらどうするの」
ベットに座りながら椿は言った。
「椿も鍵、かけてないって言ってたじゃん」
「あー、俺の部屋は特別。うちの兄貴がもともと使ってた部屋だったの。兄貴は登録した人間しか開けられないようにドアに細工してんの。限もさっき登録しといたから、いつでも入ってきていいからね」
すご、すごいけど…、今兄貴がここにいないということは、
「その兄貴も3年前の戦いで…」
死んだのか?とは言えなかった。
「いや、生きてるよ」
「え?」
「事情は言えないけど、生きてるよ」
椿は苦笑しながら言った。
「そっか」
話ながらも俺は手を進め、掃除もひと段落。
もう少し掃除したい部分もなくはないけど、とりあえずこの部屋で過ごすのに問題はない程度までは掃除できた。
「で?俺に何か用事があった?」
「うん。限さ、お腹減ってないかなって思って」
椿はニッコリ、という表現がぴったりな笑顔。
確かに。
「減った」
「GRは見ての通り人手不足で、今は食堂とかはないんだ。だから、本部にあるキッチンを借りるか、外食に行くんだ。ほとんどみんな食べに出る。俺も今から行こうと思って。だから、限も一緒にどうかなって」
「外食の金はどこから出てくるんだ?俺たちみんな、子どもだろう?」
外食が続くなら、お金はもちろんかからないわけがない。
「あぁ。GRは世界各国にあるんだけど、お金はその国の政府が払ってくれてるんだ。あとは融資してくれる団体や個人もいるかな」
「まじか…」
「その代わり、俺たちはダストから全力で一般人を守るんだ。自分の命をかけてね」
それが、ラインとして生まれてきた俺たちの宿命だよ。予椿は最後に付け足した。
「で、いく?」
「うん、行かせてもらおうかな」
「そっか。あ、そう言えば、限ってどこの出身?俺、関東なんだけど」
「俺も。○○出身」
俺が言うと、椿は顔を輝かせた。
「近い!じゃあ今日の夕飯は限の家の近くに食べに行こう!ゲート!」
椿が言うと、視界はがらりと変わった。
見慣れた風景が目に飛び込んでくる。
着いたのは、とある公園。
「人目につかないところでゲートしなきゃだから。悪いけど、ここから歩いて店を探そう」
「大丈夫。元々俺が住んでた地域だ」
「じゃあさ、このへんの美味しいお店知ってる?」
「いや、知らない」
椿に聞かれて、即答した。
叔父からは、必要最低限のお金しかもらってなかったから、外食なんて絶対にできなかった。
叔父は、俺が住んでいたアパートの家賃だけでも結構な額になるからと言った。そして、俺に我慢ばかりさせていた。
叔母が時々俺の家に来て、生活に必要なものを買ってくれたが、外食したいなどという贅沢は言い出せなかった。そういう中で、育ってきた。
「そっか、お前にもいろいろありそうだねー」
何を読み取ったのか、椿は勝手に解釈した。
確かにいろいろあったことには変わりないんだけど。
「国から金をもらってることは分かったけど、そんなにお金使うのは大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫。毎月給料代わりのお金を、仁が振り分けてくれるんだ。その中でやりくりしてるから。限もそのうちもらうはずだよ」
俺たちは結局、近くのよくある店に入った。
「限はどんなフューを使うの?」
座って注文をし、料理が出てくるのを待ちながら椿が言った。
「俺はこのスニーカー。形が変わるんだ」
俺が返事すると、椿はまじまじと俺のスニーカーをじっと見た。
「そうなんだ…こういう形は見たことないなぁ。珍しいね」
「そうなのか?父さんと母さんに、3年前にもらったんだ」
「じゃあ、それは誠司さんが加工したのか―!なるほど!」
椿は驚いていた。
「加工?フューは作る物なのか?」
「うん。フューはもともと、石みたいなものなんだけど」
これくらい。と椿は言って、指で幅を作った。5cmあるかないかくらいの大きさのようだ。
「それをどうするんだよ」
「それを加工できるのは、世界でも数えられるくらいしかいないんだけど、その人たちの手にかかれば、なんにでもなるんだ。俺のは、これ」
椿は自分の足元にあったサッカーボールを持ち上げる。
「これ…?」
何の変哲もないサッカーボールにしか見えない。
でも確かに、椿はいつも、そのボールを持っている。
「一般人が触っちゃっても、ラインじゃなければこれを使いこなすことはできない。フューはそれを持つラインが一番実色を発揮できるように、技術者さんが加工してくれる。ちなみにこれも、誠司さんが作ったもの」
父さんは、ラインではなくて技術者だったのか。
「椿のフューはどうやって発動したの?」
「あぁ、原石はフューに加工されてないと発動しないからな。俺は、俺の家族みんなラインだったから、俺もラインだろうとは思われてたみたい。俺はおやじにもらった子のボールでサッカーしてたら急に」
「家族がみんなライン…なんてこともあるのか?」
「もちろん!ラインは、人間にまれにみられる細胞がフューと共鳴して発動するから。その細胞は遺伝するものらしいし、こんな生活だからライン同士の結婚もよくあることだからね」
そう言われて見ればそうかも…。
「あ!でも、突然変異でラインになるケースもある!」
そんな話をしながら、俺たちは夕食をとった。
「じゃあ、帰るか」
部屋に戻って来て、シャワーを浴び、ベットに倒れ込む。
今日1日で、俺の世界はがらりと変わってしまった。
これから、ラインとして生きていくことになるなんて。
そう言えば、学校でダストにやられたみんなはどうなっただろう?助けられる様子を見ることなくこちらに来てしまったし、やることあり過ぎて忘れてしまっていた。
みんな…大丈夫かな?
でも考え込む頭は残されてなくて、俺はそのまま眠りについた。