東雲
「何で、葛城がついて来るんだ?」
「貴方の叔父上に頼まれたからだよ」
王宮に向かう路を歩きながら、弓月は少し離れて歩く葛城を振り返る。
早朝、道行く人はまばらで、春霞の空に名残の月が淡く浮かぶ。
昨夜、弓月を襲った怪異の痕跡はすっかり消えていた。生々しい記憶は一晩経つと現実感が薄れ、「あれは夢だったんじゃないか」とすら思える。
「今日から葛城殿に送り迎えをして貰いなさい」
朝餉の席で、叔父は弓月にそう告げた。
「何故」と問うことを許さない、見慣れた笑みで。
自分が怪異に「好かれやすい」ことを、弓月は知っている。『見える』だけの弓月と違い、吉野は霊力が高い。
幼い頃は怪異とそうでない物の見分けがつかず、仔犬と戯れるように怪異と戯れていた。それに最初に気づいたのは吉野で、弓月のために守りの呪を込めた玉を贈ってくれた。
「いつ叔父上と話したんだ?」
それに対して、葛城は薄く微笑むだけだった。
王宮の前で葛城と別れ、慣れた道筋をたどる。
そこそこに広く、似たような建物が並んでいるため、来たばかりの頃はよく迷っていた。
「おはよう、弓月」
「うおっ」
勢いよく肩に回った腕に押され、弓月は危うく転けそうになる。何とか踏ん張って振り返れば、能天気に笑う男の顔があった。
「危ないだろっ」
「鍛え方が足りんのだよ、弓月」
「お前みたいな筋肉馬鹿と比べるなっ、東雲」
男は人好きのする笑みで詫びながら、弓月の背を叩いた。
弓月と東雲は、同じ頃に王宮に入った。
弓月より二つ歳上で、身長は頭ひとつ分高い。
精悍な顔立ちで、男気があり、頭も舌もよく回る。立ち回りも上手く、童顔で不器用な弓月を放っておけなかったのか、何かと世話を焼いた。今では最も親しい友人と言っていいが、出来すぎる男に嫉妬を感じないと言えば嘘になる。
「昨日は遅かったらしいな」
「何で知ってる?」
「俺は顔が広いからな。最近は怪異だなんだと物騒だから、気をつけろよ?」
内心ぎくりとしながら、弓月は「うん」と頷いた。