表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼い月の都  作者: 彩夏
7/34

昔話

弓月が初めて怪異を見たのは、まだ物心もつかない頃だった。

霧が立ち込める草原で、泣いていた弓月の衣を誰かが引っ張った。視線を落とすと、小さな白い生き物が、右手の袖を咥えている。


「うさぎ……?」


弓月は首を傾げた。

兎に羽なんてない。

その生き物は羽をぱたぱたさせて、弓月の目線の高さに、ふわふわと浮かんでいるのだ。

白い獣は弓月の袖を咥えたまま、霧の中を飛んでいく。弓月はそれに引っ張られるまま足を進めた。

どれくらい歩いたのか、いつの間にか霧は淡くなり、遠くに自分を呼ぶ声が聞こえた。


「弓月っ」


「おじうえ……」


駆け出した弓月を、吉野は腕を広げて抱き締めた。

気づけば、いつの間にか白い獣は消えていた。







「虎に似た怪異…………」


帰路での出来事を話すと、吉野は考え込むように目を伏せる。

この叔父に隠し事は出来ない。

こと、弓月と怪異に関しては敏感だ。


「確か、ルゥオ何とかって…………」


羅羅(ルゥオルゥオ)か?」


「あ、うん」


弓月が頷くと、吉野は更に表情を険しくした。


「葛城殿とは今夜初めて会ったのか?」


弓月は「何故、そんなことを聴くのか」と言う顔で頷く。

身につけた衣、立ち居振舞いから見ても、彼は良家の子息だろう。だが、「葛城」という名を吉野は聴いたことがない。

怪異に詳しく、霊力も高い、武芸にも秀でているようだ。「もしかしたら」と思ったが、彼の瞳は琥珀色だった。何より、彼がここに来た理由が分からない。


家人が入ってきたので、話は一旦中断となった。

広間に入ると、浅緋色の衣を纏った葛城がいた。


「よくお似合いだ」


「お心遣いに感謝いたします」


吉野が用意した衣は、葛城によく似合っていた。

飾り気がない分、葛城の美貌を引き立てている。

三人で囲む夕餉は和やかなものだったーーと思っているのは弓月だけで、後の二人は笑顔の裏で互いの腹の内を探り合っていた。


「葛城殿は生まれはどちらですか?」


因幡(いなば)です。幼い頃は母の実家で育ちました。都に来たのは冠礼少し前です」


「お父上が都に?」


「はい。冠礼のすぐ後に亡くなったので、縁は薄かったのですが……」


「辛いことを聴いてしまった」と詫びる吉野に、葛城は微笑んで首を振る。



「弓月殿を育てたのは、吉野殿だと聴きました」


「ああ、臆病なくせに頑固で、面倒な子供だったよ」


「叔父上っ」


「本当のことだろう? 雷の夜は決まって私の寝台に潜り込んで来て……」


更に続けようとする吉野の口に、弓月は芋の煮物を突っ込んだ。吉野は喉を詰まらせ湯飲みの白湯を流し込む。


「お前っ、殺す気か!?」


「それくらいで死ぬなら、苦労しない」


「…………ふっ」


睨み合っていた二人は、揃って葛城を振り返る。

葛城は小刻みに肩を震わせていたが、耐えきれないという風に吹き出した。


「申し訳ありません………あまりに微笑ましかったもので…………」


どうやら葛城は笑い上戸だったらしい。なかなか笑いの止まらない葛城を見て、二人は何事もなかったかのように、菜を口に運んだのだった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ