羅羅(ルゥオルゥオ)
「生きてるか?」
足音もなく近づいてきた青年は、座り込む弓月の前に膝をついた。
切れ長の涼しげな瞳に淡く色づく唇、項で括った髪が月の光を弾いて風に靡く。
一瞬、見惚れるほどの美貌の青年だった。
「もしかして、思い切り蹴りすぎたか? 咄嗟のことで手加減出来なかった、すまない」
「あ……いや、助かった」と言いつつ、弓月はあの衝撃は蹴られたからだと理解する。乱暴ではあるが、あのままだったら、獣の爪で引き裂かれていただろうから、感謝すべきなのだろう。
青年は弓月の脇や背に触れ、「骨は折れてないな」と呟いて、右手を掴んで弓月を立たせた。
「ありがとう。ところで、あれは何だ?」
痛む脇を撫でながら、弓月は倒れた獣を指して問う。よく見れば、その肢体は青みを帯びている。
「羅羅」
「ルゥオ……何だって?」
「大陸に住む怪異だ。肢体は青く、虎に似た姿をしている。都で起こってる不審死はこいつの仕業だな」
「大陸? 何でそんなところから……」
その理由に思い至り、弓月は口をつぐむ。
「あんた、見えるのか?」
「その虎がか? そりゃ、見えるけど……」
「そうじゃなくてーー」
青年は大路に倒れた獣に左手を翳す。青い炎がその肢体を包み、あっという間に焼き尽くした。
目を見張る弓月を見て、薄く笑う。
「やっぱり『見える』んだな」
「……」
「羅羅は凶魔だ。纏う瘴気で出会う者を殺め、その気を喰らう。普通なら目を合わせた瞬間に気を失うだろうに、あんたは平気だったんだな?」
「平気じゃない、死ぬかと思ったのにっ」
「けど生きてる。霊力があるようには見えないのに……守護がついてるのか?」
「…………」
黙り込む弓月に「まあ、いいや」と呟いて背を伸ばし、青年は肩越しに弓月を振り返る。
「俺は葛城と言う。貴方は?」
「……弓月」
「弓月殿、俺は貴方の命を救った」
「ああ、本当に助かったよ。感謝してる」
「なら、ひとつ頼みがある」
「何だ?私に出来ることなら何でも言ってくれ」
「俺は都に戻ったばかりで、住むところが決まっていない。暫く貴方の邸に泊めて貰えないだろうか?」
丁寧な態度と言葉遣いにわざとらしさを感じ、弓月は怪しげに葛城を見る。とは言え、相手は命の恩人だ、無下に断るのは心苦しい。
華奢にも見える細身の青年は、弓月より幾つか歳下だろう。知らん顔をするには、弓月は人がよすぎた。
「暫くなら」という条件で、弓月は葛城の頼みを受け入れた。