国史覚書 弐巻
『国史覚書 弐巻』
読んだことのある人間は少ないだろう。
理由は現存する冊数が極端に少なく、何より難解であるからだ。
そもそも書物自体が貴重なもので、「国史」は頁も多く写本も少ないが、「国史覚書弐巻」の写本は更に少ない。
王宮と図書寮の書庫にある物を除けば、弓月が所在を知っているのは、今手元にある物だけだ。
神話のような内容を含んでいるせいか、知らない言葉や地名が出てくるし、古い象形文字で書かれた箇所もある。
房間に戻った弓月は、寝台に入り、書物を手に取った。
この写本は、原本ーー王宮に保管されている物がそうならばだがーーを忠実に再現した物だ。持ち出し禁止であるため、葵は王の許しを得て王宮で写本を行ったらしい。
一応「解読のため」という理由付けがされているが、「個人的な欲求が八割だろう」と、弓月と東雲は思っている。
彼の書物に対する愛情……と言うか執着は、弓月より上だ。
ざらりとした表紙を撫で、題簽に書かれた『国史覚書 弐』の文字をなぞる。表紙を捲れば、墨の匂いがつんと香る。
装丁は勿論、紙や挿絵、筆跡まで原本を模して作られたそれは飾り気もなく簡素だ。
最初の頁には、この覚書が『国史』を補足し、『国史』には書かれていない事柄を記したものだと書かれていた。
今は使われていない古い文字で書かかれており、序文を読むだけでも苦労した。
一筆書のような挿絵は抽象的で、ひらひらとした衣を纏った髪の長い人物や、穴を穿たれた大きな岩、天に続くかのような斜めに伸びる階段と、この先にある社のようなものなど、何を表しているのかよく分からない。
ぱらぱらと頁を捲り、弓月はとある挿絵の頁で指を止めた。
大きな丸を背景に、二羽の兎が向かい合う絵……丸は月だろうか? 不思議なのは兎の背に付いているものだ。
「……羽……?」
弓月はそれに覚えがあった。
幼い頃、霧に迷った弓月の衣の袖を咥えて、吉野のいる場所まで連れていってくれた。
背中の小さな羽をぱたぱたと羽ばたかせながら、弓月の目の前にふわふわも浮かんでいた白い兎……
夢かと思っていたのだが、衣の袖には二本の歯形がくっきりと残っていた。
(あれはなんだったんだろう……?)
弓月は挿絵のある隣の頁の文字をなぞる。
序文の古い文字と象形文字を合わせたような文字は、丸みを帯び、点や跳ねが花弁のように見える。
「兎は……使い
出雲の……民……
根元を……だめだ、分からない」
弓月は書物を持ったまま、寝台に仰向けに転がる。瞼を閉じると、じんと目の奥が痛んだ。
とろしとした眠気に襲われ、弓月はそのまま意識を手放した。




