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蒼い月の都  作者: 彩夏
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予兆

「霞台」の一件から、一月ほどが経った。

夏至が近づき、日はずい分と長くなっている。

昼間の暑さを払うように、吹き抜ける風がうなじで束ねた髪を揺らした。

王宮では「暑気払い」の準備に忙しいようで、図書寮の弓月達も雑用係として駆り出されている。「あいつら、人使いが荒いんだよ」と邸に戻っては不満を発散させているが、内に溜め込むよりよほど健全だろう。

およそ「腹芸」と言うものが出来ない弓月は、感情豊かで見ていて飽きない。



「どうした、変な顔して?」


「変って…………」


夕刻、王宮の前まで弓月を迎えにきた葛城は、弓月の言葉にがっくりと項垂れた。

吉野といい弓月といい、何故この叔父甥はこう遠慮がないのだろうか?


「失礼な奴だな…………」


「何か疲れてるし、また叔父上とやり合ったのか?」


「お前の叔父上とやり合うほど、命知らずじゃない。手を出せ」


「手?」


わけも分からないまま弓月が右手を差し出すと、葛城は手首を掴み、翠の石を握らせた。


「え、これ翡翠か?」


弓月の親指ほどもある翡翠は、勾玉の形に加工されていた。濃い翠に僅かに雲のような白い筋が入っている。


「持ってろ、俺の霊力が込めてある。出雲のものだから、お前とは相性もいいだろう」



現し世で最も天と黄泉に近く、境界が曖昧な出雲の地は、神気と霊気に満ちている。「出雲」という地そのものが意思を持っているかのように、「招かれざる者」はこの地にたどり着くことすら出来ない。

住まうことを許されるのはこの地で生まれた者だけであり、治める事が出来るのは、「出雲」の一族だけだ。

故に「和国」にありながら他者の干渉を許さず、「柱」の一端を担うことで、それを許されている。


翡翠は和国各地で採れるが、出雲で産出されるものは大きさも純度もずば抜けている。

古くから装飾品としても護符としても馴染みのある石には、もうひとつ特別な使い方があった。


「こんな高価な物、もらえないよ」


「いいから持ってろ」


「けど……」


「持ってろ」


「……じやあ、借りておく。ありがとう」


「ああ」


「葛城も、夏は苦手なのか?」


「も?」


「何か最近、葛城も叔父上も疲れた顔してるから」


「そうか?」


「うん。叔父上は暑さも寒さも平気なはずなんだけどな…………」


弓月は首を傾げる。

その理由に、葛城は心当たりがあった。


自分と同じ危機感を、吉野も感じているのだろう。

大陸から和国に入り込む怪異の数は増え続けている。もしも今、二十年前と同じ規模の怪異に襲われれば、和国は滅ぶ。




「…………っ」


「弓月?」


突然、額を押さえてふらついた弓月の背を、葛城は片手を伸ばして支えた。


「あ……悪い…………」


「どうした?」


「いや、何か一瞬…………」


弓月はそのまま地面に(うずくま)り、きつく目を瞑る。


「痛むのか?」


「ううん、けど何か…………変……」


「おい弓月、弓月っ」


意識を失った身体を抱き止め、葛城はその名を呼び続けた。


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