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蒼い月の都  作者: 彩夏
32/36

異変

数ヵ月前からぽつぽつと目撃情報のあった怪異の数は、半月ほどの間に数倍に増えていた。

見つける度に祓ってはいるが、海に囲まれ結界もある和国に、これ程の数の怪異が現れるのは異常だ。


(やはり、兄上の言ったとおり、故意に向けられているとしか思えない…………)


寝室と隣接した、半ば執務室となっている(へや)の几には、持ち込んだ書類が山と積まれている。

甘樫はその上に地図を広げ、記された目撃地点を視線でなぞり、小さく息を吐いた。

兄からその仮説を聴かされた時には「まさか」と思ったのだけれど。

視界の端がふっと明るくなり、振り返れば無表情な男が灯台に火をつけていた。

知らぬ間に、日が落ちていたらしい。


(そう)君」


(せい)


青は、父の代から家に仕えている男だ。

甘樫の「師」であり、父亡き後も幼かった甘樫を守り、支え続けてくれている。

見た目は若いが、実年齢は甘樫の「祖父」と言ってもおかしくない。


「出雲近辺に怪異が出たとの報告が」


「まさかっ…………」


和国には結界の「柱」となる場所が幾つかある。

「出雲」はそのひとつで、幾つかある柱の中で守護の力が最も強い。

さすがに結界の中までは入り込んでいないと言うが、他の「柱」となる地では結界の中で怪異が目撃されている。


羅羅(ルゥオルゥオ)ほどの怪異が現れたのは飛鳥(ここ)だけですが、『壱岐(いき)』や『筑紫(つくし)』周辺の海でも、かなりの数の怪異が目撃されています」


「船に被害は?」


「『護符』のお陰で、沈んだ船はありません」


「そうか…………」


陸とは違い、船への被害は人命に直結する。

大きな被害がなかった事に、甘樫はほっと息を吐く。


「引き続き警戒を怠るなと、各地の姓に伝令を。結界が薄い場所には霊玉を与えろ。それと、新しい玉を用意してくれ」


「蒼君、あまり根を詰めてはいけません」


「お前も分かるだろう? 二十年前のあの悲劇を、繰り返すわけにはいかない」


「だからこそです。今無理をして、貴方が倒れればそれこそ、二十年前の悲劇を繰り返すことになります」


「…………」


「翠君に、貴方ほどの力はないのですよ? 全てを兄君に背負わせるおつもりですか?」


甘樫は半眼で青を見つめる。

痛いところを的確に突いてくるのだから、嫌な男だ。

正論だからこそ、言い返せやしない。


「分かった、無理はしないから。兄上にも幾つか渡しておく」


諦めたように言えば、青は玉の入った袋を、甘樫に差し出した。







(相変わらずだな、あの男)


葛城は甘樫の手紙と共に受け取った、袋の重さに心の中で毒づいた。

「青」という男は、甘樫の絶対的守護者だ。対して、葛城にはとことん辛い。

手紙には「三つ」と書かれているが、袋の中には明らかに、数十個の玉が入っている。

しかも、質の良いものばかり。

どう見ても「蔵にあったもの」ではなく、「葛城に渡すため」に準備されていたものだ。

恐らく…………確実に、甘樫には内緒で「青」がすり替えたものだろう。


翡翠(ひすい)か? いいものだな」


突然声をかけられ、葛城はぎょっと振り返る。

ちょうど湯浴みを終えたらしい吉野が、濡れた髪を拭きながら袋の中身を覗き込込んでいた。

弓月を送り届けた後、邸の居間で寛いでいたのだが、誰もいないと完全に気を抜いていた。


(まあ、今さら取り繕ってもな…………)


「霞台」の一件以降、吉野の態度は一変した。

葛城に対して繕うことをしなくなり、柔和な笑みも敬語も消えた。


「おひとつどうです?」


半ば冗談で言ったのだが、吉野は袋の中から無造作に玉を掴み取った。


「えっ…………」


「なんだ?」


「いや…………」


思わず素で答えた葛城を無言で見下ろし、長い沈黙の後、吉野は口を開いた。



「私にもしもの事があれば弓月を守れ、命を懸けて。お前にはその義務がある

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