守護
邸に戻ってきた葛城は、弓月の言葉に思うところがあったようで、翌朝「弟に会ってくる」と、再び姿を消した。
その二日後、吉野と葛城は申し合わせたように邸に戻ってきた。
門で顔を合わせた瞬間、揖をする葛城に対し、吉野は一瞥をしただけでそのまま湯殿へ足を向ける。
「ちょっと、叔父上…………」
さすがに声を上げた弓月を、葛城は「いい」と肩を掴んで止めた。
どうやら吉野は葛城に対して腹を立てており、葛城はその理由に心当たりがあるらしい。
「叔父上と何があったんだ?」
「大したことじゃない」
何度聴いても、葛城の答えは同じだった。
湯浴みを終えた吉野が戻って来ると、三人で夕餉を囲む。
吉野の帰りを知った家人達が腕を振い、いつもより贅沢な菜が並んでいるのだが、弓月は箸が進まない。
(空気が重い…………)
吉野の向かいに弓月、弓月の隣に葛城が座っている。
二人は目を合わせようとしないが、間に流れる空気は重い。
「えっと、播磨はどうだった?」
雰囲気を変えようと、弓月は吉野に話し掛けた。
「播磨は変わりない。ただ…………」
「ただ?」
「海が危うい」
「海?」
「お前を襲った羅羅ほどではないが、大陸から流れてきたらしい怪異がうようよいた」
葛城がはっとしたように吉野を見る。
「船は大丈夫なの?」
「護符があるからな。四凶に襲われれば分からないが」
「四凶」とは、大陸で災厄として恐れられる四つの怪異「渾敦」、「窮奇」、「饕餮」、「檮杌」を指す。何れも伝説の域を出ないが、二十年前はそれに匹敵するような怪異が出たと言われている。
外海は「和国」の守護領域から外れるため、航行する船には護符を施すのが決まりで、国船には王の、私船には持ち主である姓の護符が施されている。
吉野の持つ船は便宜上弓月の物だが、ほぼ霊力を持たない弓月に代わり護符を施したのは吉野だ。
これは他家でもよくある事で、理由はこの作業が途轍もなく「手間と時間と霊力」を使うからである。
「吉野殿は、壱岐の船にも守護を施しておいでか?」
「葛城?」
唐突な問いかけに、弓月は隣を見た。
「壱岐? ああ、十年ほど前に何処かの家に頼まれた覚えがある」
「そう…………か…………」
葛城は腑に落ちたという風に呟く。
「船に護符を施すことを義務づけたのは今の王だ、賢明な判断だと思うよ。だが、いくら王が優れていても、全てを一人で補える筈もない。それを支えるべき人間が必要だと、私は思うけれどね」
「…………何の話?」
それに答える者はなく、その後は誰も言葉を発する事なく夕餉を終えた。




