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蒼い月の都  作者: 彩夏
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気づかい

東雲は弓月の腕を引き、埃の積もった床に書棚を背にして座らせると、自らも向かい合う位置に胡座をかいた。

文字どおり、「膝を突き合わせる距離」だ。



「何だよ、こんな場所に連れ込んで」


「葵様と話してきたんだろう?」


弓月は瞬きをして、こくりと頷く。


「昔の事を聴いたのか?」


「うん…………」


「そっか…………」


「何だよ、心配してたのか?」


「そういうわけじゃ…………」


東雲は素っ気なく言ってそっぽを向く。

大雑把に見えて、東雲は実はとても気づかいが出来る。

二人でいると「無神経」だと罵られるのは大概、弓月の方だった。


「大丈夫だ」


当時を知る葵から聴かされる話は、書物に書かれた無機質なものとは違い、両親の死を過去に起こった「事実」として、弓月に実感させた。

弓月の心情に配慮して隠したこともあるだろう、それでも過去と向き合うことは、弓月にとって痛みを伴うものだった。

正直、吉野から直接それを聴く覚悟はまだない。

叔父が知るものは、葵が語ったものとは比べ物にならない程、生々しいものだろう。

吉野にそれを語らせる事はふさがりきらない傷を(やいば)で抉るようなものだ。

それを望んでいいのは、弓月が吉野の痛みや慟哭や、それらを全て弓月自身が受け止め、泣かせることが出来る時だと思う。

死んだ両親より生きて側にいる叔父の方が、今のが弓月には大事だった。



それより、気になることがある。


「叔父さんは何で、葵様に嫌われてると思っているんだろう?」


何となく聴きそびれてしまった疑問を口にすれば、東雲も首を傾げる。

弓月が見る限り、葵は吉野を嫌ってるようには思えない。むしろ、気にかけているように見えた。


「二人の間に何かあって、葵様は何とも思っていないのに、吉野殿は『嫌われている』と思い込んでいる…………とか?」


それも吉野のに聴かなければ分からないことだった。





その日は定刻で仕事を終え、邸に戻った。

葛城が戻ってきたのは、すっかり日が暮れた頃だった。


「…………大丈夫か?」


弓月がそう問うくらいには、葛城は憔悴していた。

目の下にクマがあり、いつもは無造作に束ねても美しい髪は、心なしか艶を失って見える。


「吉野殿は?」


「播磨に行った」


強行軍で帰って来たと言うのは本当だったようで、吉野は一日邸で休むと、今日の朝には再び播磨へと向かった。

飛鳥の南にある港には各地からの船が入港し、乗せて来た品々と入れ替えに都周辺の物や人を各地へと運んで行く。

吉野は播磨と行き来する船を持っており、今回はその船を足にして戻って来たようだ。


弓月は、葛城を湯殿に押し込み、家人に夕餉の準備を頼んだ。

湯から上がった葛城は少しだけ落ちついたようで、(ひとえ)の裾を乱して、椅子の背もたれに仰け反った。

葛城はそれなりの家の出らしく、立ち居振舞いは美しく、礼儀も身についている。

こんなにだらしない様子の葛城を見るのは初めてで、弓月は思わず吹き出した。


「なんだよ?」


「だってさ…………」


笑いの止まらない弓月に顔をしかめながら、葛城は弓月に視線を向ける。


「もしかして、叔父上にこき使われた?」


葛城は軽く眉を上げ、複雑な表情でうつ向いた。


「ごめん、俺のせいだな」


「いや、それは…………」


言いかけて、黙り込む。



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