過去
「『姓』は一族の中で最も力のある者が継ぐ。『四姓』は王の守護者であり、『出雲』はその筆頭だった。お前、出雲に行ったことは?」
弓月は首を振る。
「出雲は特別な地だ。神々が集う場所であり、黄泉に最も近い。神気と霊力があふれ、そこに住まう者達は、その子孫であると伝えられる」
「葦原の中つ国」と呼ばれる和国は神々のおわす高天原と黄泉の国の間にあるとされる。
出雲にはそれらに通じる道があり、故に「出雲」の血を引く者は特別な守護を持つと言われている。
「二十年前…………前の王の時だ、大陸から流れ込んできた怪異に、都が襲われた。お前の母は姓の筆頭として戦いに赴いた、お前を吉野に託してな。お前の母は戦神のごとき強さだったそうだ。結界を張って都を守り、襲ってくる怪異を次々と屠った。他の姓らも奮戦して、一度は優勢に立ったんだ」
「……それが、何故?」
葵は躊躇うように目を伏せる。
自分が話すべき事ではないのかもしれない。
けれど、吉野にそれをさせたくないとも思う。
迷いを残したまま視線を上げれば、揺らぎのない澄んだ瞳があった。
「結界に、綻びが生じた」
「綻び?」
「その頃、都は近江に置かれていた。お前の父方の家、『紫苑』の一族は琵琶湖の南を治めていた。綻びが生じたのはその真上で、彼等は自らを盾として民を逃がした」
弓月は息をのむ。
「王宮に近いその場所は王が結界を張っていた。だが、王は老いていたんだ……怪異の攻撃に耐えきれず血を吐き、それに驚いて結界を解いてしまった。そこから雪崩れ込んだ怪異は都を蹂躙し、お前の母は都を守るために残る霊力の全てを使って命を落とした…………」
「……父は?」
「母と共に、都を守って亡くなったと聴いた。琵琶湖の水は黒く濁り、出雲は姓を返上して彼の地の扉を閉ざした。間もなく王が亡くなり、遷都して今の王が後を継いだ」
「叔父上は何故、出雲に戻らなかったんでしょう?」
「吉野は、お前の義兄を尊敬していたからな。『紫苑』の姓を途絶えさせたくなかったんだろう」
「『出雲』は返上したのにですか?」
葵はふっと笑みを浮かべる。
「姓など返上しても、『出雲』の名が消えることはないさ。そもそも、あの地を治めることが出来るのは、その血を継ぐものだけだからな」
葵はそこまで話すと「後は、吉野に聴け」と、弓月を執務室から追い出した。
弓月はやや消化不良のまま、自分の職場へと向かった。
予め葵から話が来ていたらしく、上司は軽く頷いて「書庫へ行け」と命じた。
そこには東雲もいて、弓月に気づくと手招いて持っていた書物を何冊か押しつけてきた。
「おい…………」
「こっち」
片手に書物を抱え、反対の手で弓月の腕を引き、そのまま書庫の奥にある梯子を上る。
そこは殆んど使われる事のない書物を保管する場所で、図書寮の者も滅多に近寄らない。




