姓の本分3
「やれやれ、慌ただしいことだ」
吉野は億劫そうに言って、唖然と突っ立ったままの弓月を振り返る。
「とりあえず、朝餉にしよう」
食堂に行くと、吉野はいつもの席に座り、弓月にも座るよう促した。
卓上には粥と茶が用意されている。
ほっとしたせいか空腹を感じて、弓月は二度目の朝餉に口をつけた。
「……本当に、播磨から帰ってきたのですか?」
「ああ、大急ぎでな。お陰でくたくただよ」
いくら急いでも、播磨から一晩で戻れるものだろうか?
疑問しかないが、他にも聴きたいことがあるため、それは一旦棚上げしておく。
「璃寛殿はどういう方なのですか?」
「ああ、弾正台の佑だ。因みに、正は白群だ」
「え…………」
「霞台」は弾正台の統括下にある。
単独で「姓」を告発し裁く権限を持つが、その「霞台」を裁けるのは、王を除けば官吏の不正を摘発する弾正台だけだ。
「何故、弾正台が……」
「動いたか、か? 勿論、『霞台』に不正があったからさ」
吉野は空になった器の横に匙を置き、腕を組む。
「そもそも、今回の事は霞台に都合がよすぎる。『とある筋』から告発があり、『偶々(たまたま)』私が不在で、お前を連れ出したところで、主不在の邸に押し入って証拠を捏造するつもりだったんだろうが……」
だが、邸の庭には結界が張られていた。
主がいなくても、家人の老爺がいれば問題ないが、不在の筈の吉野まで現れた。
更に「霞台」の不正の証拠が見つかり、弾正台が動いて霞台の佑であった樺が更迭された。
因みに、正はぎっくり腰で療養中だ。
寿白と樺に動機は見当たらないから、首謀者は別にいると思われる。
「でも、叔父上はどうやって、霞台の事を知ったの? それに、璃寛殿が持っていた証拠って……」
「霞台で不穏な動きがある事は聴いていたんだ。予め、布石は打っておいた。この家が持つ利権を狙う輩も多い。私は出来る男だからね、敵も少なくない」
「自分で言うかな…………けど、それにしたって、間が良すぎない?」
「それに関しては東雲と葵殿に感謝だ。色々と動いてくれたようだから。因みに、今日は出仕しなくていいと、葵殿からの伝言だ」
東雲が邸を訪れたのは、夕刻だった。
吉野は知っていたらしく、卓には三人分の夕餉が用意されている。
葛城の姿が見えないことを問えば「戻って来たら、本人から聴け」と、実に素っ気なかった。
吉野にこき使われているのだろうと、弓月は予想している。
「今回は世話になった」
「いえ、間に合ったようでよかったです」
いつもは厳しい吉野に誉められ、東雲はむず痒いような顔をしている。
「東雲は、『霞台』が動いていることを知ってたのか?」
「いや。この邸の利権を狙っている輩が多いのは知っていたが、『霞台』が動いているとは思わなかった」
「でも、葵様に知らせてくれたのは東雲だろう?」
「ああ。霞台が動いたと聴いて、昨夜のうちに知らせを送った」
「聴いたって……誰から?」
「それ…は…………まぁ、とある筋から」
「はぁ?」
「とにかく、証拠集めやら何やらで徹夜で走り回ったんだからな、感謝しろよ?」
「ありがとうございます」
そこは素直に頭を下げた。
「まあ、弾正台と直接交渉したのは葵様だけど」
「何で、葵様が?」
図書寮の正ある葵は、弓月と東雲の上司である。
穏やかで飄々とした雰囲気で、歳は吉野と変わらないくらいだろうか?
何かと目立つ東雲とつるんでいるせいで、小言を言われる回数も多いが、それなりに可愛がられている自覚もある。
彼は何より本を愛し、同じく本を愛する弓月を同士と感じているようだ。それでも、ここまで動くには、別の理由がある気がするのだ。
「私が頼んだ」
「え?」
弓月は吉野を見る。
「葵は、官吏時代の同期だ」




