和国
飛鳥に都を置く「和国」は、大陸の東にある島国だ。
広大な国土と多くの人口を持つ大陸は、和国より余程進んだの文化を持っており、和国はそれを真似ながら貪欲に吸収し、「国」としての体裁を整えた。
大陸では覇権を争って戦いが繰り返され、幾つも国が建っては滅んだ。資源の乏しい小さな島国に興味を抱く者はおらず、和国は密やかに独自の発展を続けた。
年号が「朱鳥」に改められたこの年、新しい王が立ち、同時に新たな都が「飛鳥」と命名された。
西南から東北に長く伸びる国土の、ほぼ真ん中に位置する場所である。
気候は温暖で水源豊か、清らかな気に満ちた地だ。
「鹿野」
翳した指先に、白い鳥が羽ばたいてとまる。
くくる、と喉を鳴らして首を傾げる様は、主に似て愛らしい。
肩で揃えた黒髪が露台に吹く風にさらりと揺れて、美麗な仕立ての衣に広がった。
「どこまで遊びに行っていたの? なかなか戻って来ないから心配したんだよ」
拗ねたように言えば、鹿野は詫びるように丸い頭をまろい頬に擦りつける。
「もう、ずるいんだから」
くすくすと笑いながら頭を撫でてやる。
小さな両手には余る大きさの鳥は鳩に似た姿で、純白に見える羽は、夜にはその色を変える。
少年は脚に結ばれた金属製の筒を外し、鹿野を鳥籠に入れた。
筒は銀で作った特注品で、特種な『呪』がかけられている。ふっと息を吹きかけると、筒は真ん中でぱかりと割れた。小さく畳まれた紙を取り出し、破かないようにそっと広げる。
「大陸から……?」
文字を追う眼差しが細くなり、幼い顔から表情が消える。頭の中は忙しく回転していた。
「甘樫」
聞き慣れた声に弾かれたように振り向けば、久し振りに見る顔があった。
「兄様っ」
甘樫は藍の瞳を輝かせて、旅装のままの男の腕に飛び込んだ。